習熟する友
慎重に、慎重に、慎重に風の魔術を足の裏で破裂させる。
暴力的な力の奔流に、姿勢が崩れそうになる。
力の流れに逆らわず、抗わず、受け入れて、体を一気に前へと加速させる。
暴風のような加速で体の軸がブレそうになり、突進が予測していた進路からズレてしまう。
強引に地面を蹴って軌道を修正。
膝蹴りを放とうとしているオークに先んじて、腹部へ拳を叩き込む。
風裂が……成立しない。
魔術ダッシュで踏み込みを強化して、その反動を拳に伝えて、タイミングよく拳の接触面で風の魔術を破裂させると、拳の衝撃が強化されて風裂となる。
けど、風の魔術を破裂させるタイミングがシビアで、少しでもズレるとただのパンチと風魔術の破裂になってしまう、いまのように。
「ブヒィイイイー」
オークが咆哮と共にハンマーを振り回す。
回避。
拳打。
回避。
拳打。
三度、風裂の発動を目指すけど、成功しない。
少し前まで苦労したオークを相手に、安定して格闘戦ができるというのは、成長を感じることができて嬉しいけど、風裂が上手くできないのが少しだけ情けない。
別に、風裂が上手くできないのは、ボクの魔術が急に下手になったわけじゃない。
新しい籠手と脛当て型双魔の杖が原因だ。
双魔の杖は制御特化で作ったのに、魔術を制御できない。
取り付けたマギエメラルドをゴブリンウィザードの物に換えて、図形のような文字を作る素材も変更して、風属性の魔術を使う杖としてのポテンシャルは以前の物よりも格段に向上している。
むしろ、想定よりも性能が向上しているから、出力の強弱のような精密な制御が難しくなっている。
魔力を魔弾に加工して放つだけなら、そこまで難しくない。
だけど、魔術ダッシュや風裂のような発動のタイミングと出力に精密な制御を必要とするものだと、事情が変わってくる。
現状、かなり酷い有様に思えるけど、籠手と脛当てを作り直したばかりの一週間前に比べれば、魔術ダッシュは距離と進行方向が少しだけズレるけどましになっている。
それこそ、装備を交換したばりの一週間前は、魔術ダッシュをすれば、爆発力を推力として活用しきれないで、その場でアクロバッティクに転倒するか、予測不能な方向へとダイブして、ダンジョンの地面がどれくらい硬いのか体感することになった。
その過程で何度か骨折を体験した。
骨折なんてダンジョンに挑むまで、経験したことがないから、貴重な体験をしたと思っておく。
まあ、強がりだけど。
それでも、ボクの骨折はまったくの無駄というわけじゃなかった。
完全な無駄骨だったら、泣いていたかもしれない。
何度もボクを骨折から回復させたことで、スナオの回復魔術のスキル熟練度が上がって、収納のスキルを獲得できるようになったそうだ。
もっとも、スナオに余剰スキルポイントが一〇〇もないので、収納のスキルをすぐに獲得できるわけじゃないけど。
そのスナオとラビは、ボクと同じようにゴブリンウィザードの杖に付いていたマギエメラルドを使った籠手や脛当て型の双魔の杖を装備しているけど、ボクと違って一日以内で習熟している。
もちろん、魔術の制御に失敗して、ボクのように骨折なんていう事態にもなっていない。
……なぜ、だろう。
魔術はともかく、魔力の制御についてボクはそれなりに慣れていると思っていたんだけど。
まあ、スナオは籠手型の双魔の杖を装備していないし、多用するのは魔術ダッシュじゃなくてホバー機動だけど、魔術ダッシュを使って一度も転ばないところを見せられると、センスの違いを感じてしまう。
ラビにいたっては、人型のゴールドラビットに進化するまで拳での攻撃に慣れていないはずなのに、魔術ダッシュと同じように一日以内で、パンチだけじゃなくて裏拳でも風裂を発動できるように習熟している。
ちなみに、ラビはグローブや靴を装備していない。
装備を作るか聞いたら、ジェスチャーで必要ないと断られた。
ボクが作るから嫌なのかと思ったけど、スナオが作ったとしても必要ないとしめしてきた。
ラビは手や足を何かに覆うことで、触感が鈍くなるのが嫌なようです。
まだ、人型でパンチなどの体術のスキルの使い方をよくわからないだろうと、魔術ダッシュと風裂を使用禁止して、ボクとラビでスパーリングもやったりしてみたりもした。
まあ、結果は一方的にボクがボコられて、スナオの回復魔術のスキル熟練度の成長に貢献することになった。
ラビはシルバーラビットの段階で魔術ダッシュを使わなくても速いわけで、ゴールドラビットに進化したら手がつけられないほど速くなる。
しかも、シノビフォックスの革とオークの革を貼り合わせた黒いシノビジャケットを装備していると、かなり凶悪になる。
シノビジャケットは隠行と魔力遮蔽と消音のスキルに中の補正付くから、ラビの体内を循環する魔力が見えなくなり、足音から動作の小さな音まで聞こえなくなる。
もっとも、ラビが魔力遮蔽と消音のスキルを獲得させるために、スナオがスキルポイントを消費したから、収納のスキルを獲得するのが少しだけ遠のいたようだった。
「ブッヒィ」
オークが口から血を吹き出しながら、胸部を革鎧ごとクレーターのように陥没させて、ゆっくりと地に伏せる。
五回、挑戦してようやく風裂が成功した。
装備の質的には向上しているけど、使いこなせていないので、第四層やオーガ、コボルトキングに挑戦するのは危険だと判断して、装備の習熟を優先している。
まだ、ダンジョン産の蜜蝋が手に入っていないので、オーガの革についても硬革へ加工できていない。
蜜蝋を買いに買取所に行ったら、まったく在庫がなかったので、複数確認されている種類の蜜蝋を一種類も購入することができなかった。
ハチ系モンスターが出現するダンジョンの近くにある民間の買取所なら高くなるけど、蜜蝋をすぐに購入できると店員にすすめられた。
まあ、無理だな。
ガラガラの公的な買取所で、あの店員との会話でも精神的にギリギリなのに、エンジョイ勢とガチ勢が入り乱れて人口密度の高い民間の買取所で、人と会話するなんて難易度が高すぎる。
オーガに素手で挑む方が、心理的に楽だ。
ということで、店員には時間とお金がかかってもいいので、なるべく多くの種類のダンジョン産の蜜蝋をそろえてもらうことにした。
店員が言うには一ヶ月ぐらいで、そろえられるそうだ。
ただ、その代わりというわけじゃないけど、スタンピードを起こしたダンジョンへの対応に協力をお願いされた。
スタンピードなら自衛隊の出番なんじゃないかと思うんだけど、他の住宅地に近かったり危険度の高いダンジョンの対策に忙しくて、近くに住人のいない僻地にある危険度の低いダンジョンまでカバーするのは難しいそうです。
一ヶ月で国内に発生するダンジョンの数を店員に教えてもらったら、自衛隊だけで手が回らなくなるのは当然だと言えるかもしれない。
自衛隊も毎日のように、土地所有者などの管理者のいない危険なダンジョンを攻略してダンジョンコアを持ち帰って、ダンジョンを消滅させているけど、けっこう人員的にギリギリらしいです。
実のところ、協力するのは嫌じゃない。
まあ、他の人間との接触は怖いけど、店員の説明だと大人数との接触は最初の顔合わせのときだけで、特に会話をする必要がないそうです。
会話をする必要がない……すばらしい。
この要因がなければ、検討すらしなかった。
他のダンジョンやスタンピードなんかにも興味はあるし、数ある将来的な可能性として、あのダンジョンを追い出される場合も想定して、心理的な負荷が許容可能な範囲で、色々な経験をしておくのも悪くないと思う。
スナオとラビにも、相談したら同行に問題ないそうです。
次回の投稿まで間があきます。




