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ニートはダンジョンに居場所を求める  作者: アーマナイト
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宝箱と友

 オーガの死体をトリオシックルと三魔の剣鉈を回収してからコンテナブレスレットに収納して、首と切断して二つになった巨剣の残骸はズタ袋に入れる。

 疲れた。

 精神的にも、肉体的にも疲れたから、なにもかも投げ出すように倒れこんで休みたいけど、休むわけにはいかない。

 モノクロなのにホラー映画が霞むほど生々しくて猟奇的でグロい光景。

 戦闘で高揚した気分が落ち着いてくると、空気に染み付いた血と肉の臭いが少しずつ心を削るように地味に疲弊させる。

 様々なゴブリン族によって作られた屍山血河を踏み越えていく。

 グニャリとした肉っぽい嫌な感触を伝えてくるから、好んで死体を踏みつけたりしないけど、足の置き場を選べるほど、死体の存在しない地面のスペースが多くない。

 それでも躊躇しないで木製の宝箱まで迅速に進む。


『ゴブリン鋼インゴット』


 宝箱を開けたら金属の塊が入っていたので、鑑定したらこう出た。

 無駄にならないし、使い道もあるからハズレじゃないけど、少しがっかりだ。

 ダンジョンに食われずに残っていた宝箱のうち後の二つをスナオが開けたら、ローの付かないヒールポーションが入っていた。

 これも微妙だ。

 価値もあるし、悪い物じゃないけど、ゴブリン軍団、ゴブリンキング、オーガを狩った報酬と考えるともう少し労力に見合う物が欲しかった。

 そんなボクの心の声に、ダンジョンが応えたわけじゃないだろうけど、いつの間にかオーガの死体があった付近に新しい宝箱が出現していた。

 解体で魔石じゃなくて、ポーションを引き当てるスナオが宝箱を開けたほうがいいと思ったんだけど、


「あの、この宝箱は一番苦労したジャックさんが開けるべきじゃないでしょうか?」


 とスナオが言ってきた。

 苦労したというか、ボクがダメージを負ったのは、攻撃を受けやすい前衛という役割りだっただけで、特別にボクが仲間のなかで重要な役割りをしていたわけじゃない。

 スナオやラビとの援護と連携があったから狩れたにすぎない。

 ただの役割りの違いで、狩りの貢献度に差はないと思う。

 少し話し合いになったけど、不毛な議論になりそうだったので、今回はボクが代表して宝箱を開けることにした。

 ちなみに、ラビは宝箱に興味なさそうに、モフモフの毛並みが汚れるのを気にしないで、地面に寝そべって休憩している。

 羨ましい。


『オリハルコンナイフ』


 宝箱から取り出した短剣を鑑定したこう出た。

 …………マジか?

 喉が渇いて、焦燥を誘うように鼓動が無意識に速くなる。

 透明な無音のなにかに追い詰められるような気分だ。

 深くゆっくりと呼吸を繰り返して、強引に平静な気持ちを構築する。

 常闇な環境のせいで、短剣の金に近いけどオリハルコン特有の落ちつた輝きと正確な色は確認できないけど、形状は三魔の剣鉈よりも一回り小さい両刃のナイフ。

 全体に派手な装飾が施されていて、特に柄などにはゴテゴテと持ちにくそうなほど過剰な装飾がなされている。

 鑑定と鍛冶のスキルで調べると材質はともかく、短剣としての形状というか、性能は凡庸。

 刃の形状というか、厚みというか、角度というか、全般的に悪くないんだけど、派手な装飾や材質の凄さに比べると見劣りする。

 まあ、切れ味が凡庸でも、この短剣の価値はほとんど下がらない。

 なにしろ、この短剣はオリハルコン製。

 オリハルコン。

 ファンタジーでよく出てくるメジャーな架空の金属。

 でも、ダンジョンが出現したことで、現実となった金属。

 オリハルコンの金属としての特長は、現代科学で加工できない強度と耐熱性などもあるけど、なによりも魔力を遮断してしまうことだろう。

 属性、込められた魔力、術の完成度に関係なく、触れればあらゆる魔術を封殺させる。

 魔術どころか、モンスターが使ってくる魔力で発生した火のブレスなども遮断してしまう。

 もっとも、広範囲に放たれるブレスなどの場合は、オリハルコンと接触したところだけをかき消すらしいので、このオリハルコンナイフを持ってブレスに突撃したら、かざしたナイフの後ろの空間だけ安全地帯で、ナイフを持った本人にはブレスが直撃してしまうだろう。

 これがオリハルコン製の楯や鎧だったら、それこそ売れば天文学的な値が付くけど、使いどころの難しい間合いの短いナイフだと、価値はそこまで高くならないと思う。

 それでも、軽く億はいくだろう。

 ……億が高くないか、金銭感覚が壊れてきているな。

 まあ、売らないけど。

 使いどころは難しいけど、モンスターの魔術やブレスなどに対する手札があるのは嬉しい。

 まだ、誰が持つか決めていないけど、前衛のボクや後衛のスナオ、それにゴールドラビットに進化して物をつかめるようになったラビが持っても面白かもしれない。

 とりあえず、このオリハルコンナイフはボクがコンテナブレスレットに収納する。

 これから、どうするか。

 一つ、安全策で行くなら、速やかにこの階層のセーフエリアに帰還する。

 装備、特に防具のボロボロな状況とポーションの残りを考えると、当然かもしれない。

 一つ、ここでゴブリン軍団の死体を解体して、有用な素材を回収する。

 ゴブリンウィザードの杖の宝石などをボクが回収しているうちに、スナオが最上位種や上位種を解体すればそれなりにポーションを補充できるかもしれない。

 ポーションをかなり消費したから、ここで手に入れられるなら悪くない選択だ。

 ただ、この選択肢には不確定要素がある。

 ゴブリンキングの出現条件を確定できていないから可能性は低いと思うけど、ゴブリンキングが再び出現するかもしれない。

 もう一度、いまの状況でゴブリンキングと交戦するのは避けたい。

 ラビがゴールドラビットに進化しているし、ゴブリンキングの戦い方もわかってきたから負けるとは思わないけど、長期戦になって精神がさらに疲弊してしまう。

 ここで入手できる素材やポーションのために、そのリスクが見合うかと言えばかなり微妙だ。

 一つ、さらに奥へ進んで階段を守るオーガを狩ったことで、守り手のいないと思われる階段を進み第四層へ行ってセーフエリアの転送装置に登録してしまう。

 まあ、その前に階段周辺のオークの領域を突破しないといけない。

 そうしたら、一度に複数のオークとの交戦することになる。

 現在のボクらでも五体前後の群れまでなら、問題なく狩れるだろう。

 コボルト系のモンスターと同等以上に嗅覚の優れたオークのいる領域だと、群れ同士の密集具合によっては、一つの群れを狩るのに手間取ると連鎖的に他の群れに囲まれて面倒なことになるかもしれない。

 オークの領域を無事に突破して階段にたどり着いて、第四層に向かってもそこはまったくの未知の領域だ。

 調査員も未踏の場所。

 まあ、調査員の仕事はダンジョンがスタンピードを起こしたときにどれくらい危険かを調べることと、モンスターを狩ってダンジョン内部の魔力を減らすのがどれくらい危険か確認することだから、第四層以降の情報がないのはしょうがない。

 ダンジョンがスタンピードが引き起こしても、よほど放置しなければ第四層どころか、第三層のモンスターですらダンジョンの外には出て行かないから、第三層までしか調査しない調査員の仕事も合理的で怠慢とは言えない。

 第四層の環境に関する情報がない。

 明るいのか、暗いのか、草原、森林、砂漠、あるいは水没している可能性だってある。

 当然、出現するモンスターもわからない。

 ここまでのパターンを考えるとオーガとオーク系のモンスターは出現すると思うけど、アンデッドのようなまったく系統の違うモンスターが出現する可能性もある。

 それどころか、理不尽なほど強いモンスターが出現する可能性すらあるのだ。

 命と安全に気を配ったエンターテイメントじゃなくて、主催者不明、構造不明、原理不明、存在理由不明のダンジョンだから、なんだって十分にありえる。

 なかなかにハイリスクでハイリターンな選択肢だ。

 一切不明な環境に挑戦するというのは、重苦しい不安と暗く冷たい恐怖を羽織るような気分になる。

 だけど、同時に誰の足跡もない未踏の地に踏み込むというのは、過去の彼方に置き去りにした少年のときの冒険心を呼び起こして、どうしょうもなく心を高揚させる。

 どうするか仲間と相談したら意外にもスナオが、第四層へ行くことに乗り気だった。

 従魔なのでラビは棄権というか、スナオの選択に従うと態度で示した。

 ……迷う。

 でも、長々と決断を迷っている時間はない。

 ある程度の時間が経過したら、階段の前に次のオーガが出現してしまうかもしれない。

 まあ、ゴブリンキングに呼ばれるというイレギュラーな状況でオーガが倒されたから、すでに次のオーガが出現してる可能性もあるけど。

 結局、第四層を目指すことにした。

 未知への好奇心が、不安と恐怖を上回った。

 もっとも、極度の疲労で正常な判断ができていなかった可能性は否定できない。

 それでも一応、階段の前に次のオーガが出現していたら、速やかに撤退することを仲間と決めた。

 さすがに、この状況でもう一体のオーガと交戦するのは無理だ。

 慎重かつ迅速に、隠行、索敵、魔力感知、遠見のスキルを鋭敏に起動させながら、仲間の先陣を切って足を進める。

 この階層の階段がどこにあるのか正確にはわからないけど、オーガの来た方向とまだ消えていない足跡をたどれば、ある程度の位置はわかる。

 しばらく走って周辺の地形に変化はないけど、ここがオークの領域だとすぐにわかった。

 なぜなら、屠殺されたブタのように、無残な何体ものオークの死体が地面に横たわっていた。

 殺したのはボクたちじゃない。

 死体に残る傷などから考えると、オークたちを殺したのはゴブリンキングに呼ばれたオーガだ。

 解体して魔石かポーションを取り出そうかと、一瞬だけ思ったけど時間に余裕もないので諦める。

 階段へ向かう途中には、道標のように点々とオークの群れの死体が存在した。

 結局、階段に到着するまでに遭遇したのは、三体のオークの群れ一つだけだった。

 仲良く素早く遅滞なく一人一殺で、時間短縮のために解体はしない。

 階段の周辺にオーガの姿は確認できない。

 不安と興奮の交ざった不思議な思いで、心臓の鼓動が速くなる。

 深呼吸をして気持ちを落ち着けてから、階段に足を踏み出していく。

 階段の終わりには、第二層のように明るい光による出迎えを予想していたのに、儚い赤色の光と薄い暗闇による歓迎だった。

 第四層に踏み出して、上を向けば薄暗い空が広がり、遠くに薄く広がる赤の残滓が確認できる。

 まさしく、黄昏時のような空の色をしている。

 けど、自然の黄昏のような理由もなく寂寥感を感じることもなく、遠くの赤色ものっぺりとしていて深みも情緒も感じられない。

 まあ、ダンジョンの風景に深みや情緒を求めるが間違いなのかもしれない。

 でも、情緒とは別に、現実的な問題として、この階層は厄介だ。

 完全な闇じゃないせいなのか、あるいは中途半端に明るいせいで、暗視のスキルがどうにも利きにくい。

 無意味なわけじゃないけど、他の常闇の階層に比べると視界がぼやけるというか、見通しが利かない。

 これは同時に、遠見のスキルの効果も結果的に減ってしまう。

 現に、草原と森林が混在しているというこの階層の環境はある程度確認できたけど、遠くで交戦してるオークっぽいモンスターとオーガっぽいモンスターのシルエットが見えるだけで、詳細に見えないのでわからない。

 ある程度、周囲を確認したから、わずかに胸をドキドキとさせながら一歩を踏み出そうとしたら、なぜか踏み出せないで視線がどんどんと傾いていく。

 わけもわからないまま地面に倒れて、見慣れた防具を装着した右足の太ももあたりの肉と骨がむき出しになった断面が視界に入った。

 ?

 それが自分の足だと頭が理解して、右足が太ももから切断されたとわかると、痛みが無慈悲に、容赦なく爆発した。


「アグガガガガアーーー!」


 ただただ咆哮のような声が喉で炸裂した。

次回の投稿は九月三日一八時を予定しています。

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