続連携する友
レビューありがとうございます。
「ジャックさん!」
耳に届くスナオの声が、どこか遠い。
巨剣の残骸を投げて無手になったオーガが、ボクに止めを刺さんと迫る。
途切れそうになる意識を痛みを頼りにつなぎ止める。
けど、体の深刻なダメージを大声で告げるような多種多様な激痛が、つらすぎて意識を放棄したくなる。
戦闘のような興奮状態だと、脳内麻薬が分泌されて痛みをあまり感じないと聞いたことがあるんだけど、ボクの脳内では分泌されないのか、全然鎮痛されているとは思えない。
あるいは鎮痛されて、なおこれだけ痛いのかもしれない。
体を一ミリ動かすたびに、痛みが加算されていく。
負債のように肥大化していく痛みに、オーガがもたらす終わりを受け入れてもいいのでは?
なんて、思考が脳裏にチラつく。
でも、オーガがボクへ接近するを阻止しようと、スナオとラビが奮戦している。
安楽な死に身をゆだねて、仲間の頑張りを自分で台無しにするのはダメだろう。
まるで、自分のものじゃないように自在に動いてくれない体を、緩慢だけど最大の速度で酷使してローヒールポーションを口にする。
喉の近くで、生暖かいなにかとぶつかって、なかなか胃まで進めない。
けど、わずかに身を起こして強引に飲み込んだ。
…………?
ローヒールポーションを飲んだのに、ダメージが大きすぎるのか痛みが完全になくならない。
体は動きやすくなったし、痛みも減っているけど、いまだになかなか盛大に自己主張をしている。
もう一本追加でローヒールポーションを飲む。
それでも、小さな痛みが染みのように点在して、胸や腹のあたりに違和感があるけど、無視できるレベルで動くのに支障はない。
足裏?
痛みに抗って、体を動かすことに集中していておろそかになっていた周囲へ意識を戻せば、ボクを虫のように踏み潰そうとするオーガの足の裏が近づいている。
まずい。
気づくのが遅すぎる。
回避も反撃も不可能。
拷問のような痛みから解放されて、これからオーガへの反攻が始まるのだと思ったけど、回復早々にここで終わりそうだ。
「グガアァ」
ボクを踏み抜くはずだったオーガがバランスを崩して転倒している。
軸足に集中して命中したスナオの魔弾と、ボクを踏み抜こうとしたオーガの足に絶妙なタイミングで横から飛び蹴りしたラビの戦果だ。
この貴重な時間を活用すべく、確かめるように、だけど迅速に起き上がり近くに落としていたトリオシックルと三魔の剣鉈を拾い上げる。
ついでにオーガへ巨剣を投げてくれたお礼に、一撃を当ててやろうと思ったけど、オーガはすでに立ち上がっている。
実に、残念だ。
素早く胸当ての状態を確認するために視線を下にやれば、ボロボロに砕けた胸当ての残骸の残りがそこにあった。
……よく生きているなボク。
というか、即死して人生終了していないのが奇跡だ。
アダマントコックローチの胸当てに色々手を加えた成果かもしれない。
巨剣を切られて、その残骸すら失って無手になったオーガは長い間合いと攻撃力を失ったことで厄介でも、トリオシックルや三魔の剣鉈による攻撃を受け止められないオーガなら、もはや脅威じゃないと少しは期待したんだけど見事に裏切られる。
一方的に攻撃して、オーガの再生力を上回るダメージを蓄積していくという展開にならない。
オーガは巨剣という金属の塊を失って、長い間合いと攻撃力を喪失したけど、一方でその武器の重さから解放された。
巨剣を持っていたときでも軽快だった動きがさらに速くなる。
オーガの四肢だけじゃなくて全身を駆使して繰り出される体術も並じゃない。
少なくとも剣術と同レベルに習熟していて、付け焼刃のような稚拙さを感じさせない。
その攻撃力は巨剣の一撃よりも一段劣るけど、ボクらにとっては致死性のもの。
一撃だけなら運が良ければ重傷ですむかもしれないけど、身動きが取れなくなって追撃の一撃で仕留められるだろう。
振り下ろしとなぎ払うの二パターンだけだった巨剣のときと違って、オーガの体術による攻撃は二パターンどころか巧みなフェイントや絶妙な牽制などを織り交ぜて実に多彩だ。
放たれる砲弾ような破壊力に満ちた拳に、トリオシックルの刃をタイミングよく交差させようとするけど、わずかに軌道をずらされてオーガの腕に食い込む。
狙っていたオーガの指は切り飛ばせなかったけど、オーガに対してある程度ダメージを与えたと気分がわき立つように高揚する。
けど、
「ジャックさん!」
焦ったようなスナオの声を空中で聞いている。
オーガは腕に食い込んだトリオシックルを起点に、ボクを空中に投げたようだ。
オーガのボクへの追撃は、スナオとラビに妨害されている。
その間に、地面に足から着地して体勢を整える。
ボクにダメージはない。
単純なダメージなら無理に傷口を広げたオーガの方が大きい。
けど、いまの攻防で攻撃への心理的なブレーキがかかってしまう。
オーガでも切れるからと下手な攻撃をすれば、肉を切らせて骨を断つを実践するような手痛い反撃にあってしまう。
粗暴なオーガの見た目に反した巧みな応手に、ゾクリと恐怖しながらも歓喜する。
無謀と理解しながらも、可能なら単独で全身全霊で挑みたいと思ってしまう。
強靭かつ頑丈な体と受けた攻撃すら反撃の糸口にするその技量を持つオーガに、自分という存在がどこまで通用するのか試したいという欲求はある。
けど、現状だと単独でオーガを狩るなんて無謀でしかない。
仲間を無用な危険にさらすことになるので、今回は単独で挑むことを自重する。
まあ、さっきの攻防から察するとオーガはボクを最大の脅威と見ているようなので、オーガに認められたと思ってとりあえずは我慢しよう。
危険な鬼ごっこ、あるいは命がけの演舞が、ゴブリン軍団の血肉と地面を耕すように巻き上げるオーガを中心として繰り広げられる。
オーガはボクをメインに、ラビに対して反撃のついでに追撃をしてみたり、こちらの動揺を誘い連携を崩すためかスナオを攻撃しようとしたりする。
応じるこちらもボクとラビはオーガにまとわりついて激しく動きながら回避と反撃を実行して、後衛のスナオも一瞬で間合いを詰められないようにホバー移動で距離を保ちながら魔弾を撃ち続ける。
余裕も油断もなく、一瞬の停滞もない。
五〇を超える攻撃を続けて、心に浮かんでくるのは畏敬と焦燥と、かすかな希望。
オーガの四肢にはトリオシックルと三魔の剣鉈を防ぎ、さばいたせいで無数の切り傷があり、流れ出る血で隙間なく染まっている。
それでも、戦闘に支障の出るような傷は一つもない。
早いものだと一分、遅くても五分以内に回復してしまう程度の傷。
そして、再生力に任せて雑に受けたものもない。
むしろ、こちらが精度の低い攻撃をしたら、強引にでも攻撃を受けて武具を奪い投げ飛ばそうという意図が感じられた。
風裂を相殺したり、魔弾に耐えるために体内の魔力を集中してるから、魔力切れの可能性も少しだけ検討したけど、オーガの魔力量はゴブリンキング以上のようなので削りきるのは現実的じゃない。
けど、拮抗というには暴風のように激しすぎるこの状況を変化させる欠片が、繰り返された攻防のなかで見えた気がする。
オーガの魔力循環は滑らかで素早い。
だから、風裂や魔弾に対処するために魔力を体の一点に集中させることも遅滞なく一瞬で行っている。
でも、魔力が体の一点に集中しているとき、全身を流れる魔力は希薄になる。
その証拠にラビの風裂を相殺した瞬間に被弾した魔弾のダメージは、他よりも回復に時間を必要としていた。
他にも、風裂や魔弾に対処しているときオーガの全身の動きが、劇的とか明瞭というレベルじゃないけど、確かに少しだけ鈍くなっている。
隙と呼ぶには、なかなか心許ない代物。
けど、それぐらいしか勝利への道しるべが見えない。
スナオやラビも、ボクが言う前に気づいたようで、動きと攻撃パターンに変化がある。
こちらの意図をオーガに読まれないようにするためか、風裂と魔弾による攻撃が重ならないようにしている。
わずかにスナオとラビに視線を向けて、互いに意図を了解するように小さくうなずく。
一〇の攻撃を繰り返して、タイミングを調整する。
そのときを目指して緊張の糸が張り詰めていく。
けど、駆け出すような高揚感が気持ちをはやらせる。
一回だけ意識して呼吸を深くすることで、自分の心が凪のように静かで、氷のように冷静なのだと言い聞かせて思い込む。
ラビの風裂がオーガの左足で相殺されると、同時にスナオの魔弾がオーガの右足首を蹂躙する。
刺突。
最速で突き出した三魔の剣鉈がオーガの右の二の腕を貫通する。
嫌な感じがしたのでオーガの二の腕に突き刺さった三魔の剣鉈から手を放す。
一瞬後にはオーガの右腕が、刺さった剣鉈をそのままにして捻るように素早く動く。
危ない。
あのまま三魔の剣鉈を持っていたら、最悪投げられるか、最低でも姿勢を崩していた。
ボクを殺そうとオーガの左の拳が迫る。
回避は不可能。
けど、大丈夫。
焦るようなことはなにもない。
生々しい破砕音と共にオーガの左足が壊れ、姿勢を崩していく。
命中寸前のオーガの拳もボクからそれる。
オーガの左足を壊したのはラビの放った二撃目の風裂だ。
二の腕を貫かれたことでボクを注視して、ラビへの注意が散漫になり、風裂を相殺する魔力の集中が間に合わなかった。
一閃。
トリオシックルをゴブリン鋼の鎧の上からオーガの心臓を目がけて、中心部に突き立てた。
四〇センチはあるトリオシックルの刃が深々と突き刺さっている。
明らかに、致命傷。
だけど、
「グガアアァ」
断末魔のような咆哮を上げながら崩れた姿勢のままオーガは、もがくように両腕を振り回す。
岩に突き刺さってしまったようにトリオシックルが抜けないので、ここは素直に柄から手を離して魔術ダッシュでオーガの背後に移動する。
デュオサイズを取り出して、オーガの首を目がけて一閃。
デュオサイズの攻撃力が低いのか、オーガが頑丈すぎるのか、喉を切り裂いて動脈は切断できたけど、首は落とせないでオーガを殺しきることもできない。
首から噴水のように血を撒き散らしながらオーガは、緩慢に、だけど必死に生きるように腕を動かす。
三度、全力で引き切ろうとして、なんとかオーガの首が落ちて、ようやく静かになった。
次回の投稿は八月二七日一八時を予定しています。




