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ニートはダンジョンに居場所を求める  作者: アーマナイト
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巨剣と友

 オーガ。

 三メートルを超える巨体に、丸太のように太い筋肉の塊のような四肢、肉食獣をイメージさせるような凶悪な牙。

 角があって亜人型のモンスターであること以外に共通点を感じられないけど、あれでも一応はゴブリン系のモンスターに分類されるらしい。

 でも、だからこそオーガはゴブリンキングの同族を呼び寄せる能力に引き寄せられたのかもしれない。

 しかし、モンスターの能力と習性による結果なのかもしれないけど、階層を徘徊する通常のモンスターならともかく、階層のボスというか階段のガーディアンのような役割りを担っているモンスターが安易に仕事を忘れないでもらいたい。

 突然、このオーガが勤労精神に目覚めて、元の場所に戻ろうとしてもボクらは止めもしなければ、追いかけもしない。

 勤労精神バンザイの気持ちで見送るだろう。

 ……まあ、一直線にこちらへ迫ってくるオーガを見る限り無理そうだ。

 すでに、呼び寄せていたゴブリンキングは死んでいるから、オーガが正気に戻って階段付近に帰還してくれる可能性はありそうだけど、奴は職務よりもすでにいない存在の命令に従うようだ。

 もっと早くゴブリンキングを狩っていれば、結果は違っていたのかもしれない。

 けど、ボクらはゴブリンキングを狩るのに手間取ってしまったから、オーガの遅参を咎めるわけにいかない。

 それよりも、全身全霊で、オーガをもてなそう。

 左手の三魔の剣鉈を収納して、光属性の双魔の杖に持ちかえる。

 一応、ネットなどの情報によればオーガはゴブリン系のモンスターだから、闇属性で光属性に弱いはず……多分。

 それに同クラスのモンスターであるミノタウロスに比べると、魔術に弱いと書かれていたような気がする。

 肩に担いでいる切先のない片刃の巨剣は三メートルというオーガの身の丈よりもさらに長く、ボクの肩幅よりも幅広で、百科事典よりも分厚い。

 金属としては軽いゴブリン鋼製だとしても、あの大きさだとかなりの重量になる。

 ボクでも持ち上げることは可能だと思うけど、実戦で使えるとは思えないし、使用を検討すらしない。

 三メートル級のトリオソードを納品する武具として作ったけど、あれはもっと常識的な幅と厚みをしていた。

 トリオソードは金属として重いオーク鋼も素材として使用していたけど、オーガの巨剣より軽いと思う。

 だけど、オーガはそんな巨剣を担いでいるのに、走る動きが阻害されているようには見えない。

 さらに、胴体をゴブリン鋼の鎧で守っているのに、オーガの動きは鈍重どころか軽快ですらある。

 魔弾で狙うなら鎧で守られていない四肢。

 特に、機動力低下につながる足だな。

 撤退という選択肢が沼に引きずり込むように脳裏に浮かぶけど、すぐに思考の外に追いやる。

 現在のオーガの速さを見る限り、魔術ダッシュなどを駆使して全力で逃げれば成功するかもしれない。

 でも、あれがオーガの全力の走りじゃなかったら?

 ランスホーンやストライクベアに出会って、交戦することで減速することになって、追いつかれたら?

 背中を見せて脅威から目をそらすよりも、脅威に向かい合って万全の迎撃体制を整えたほうが、生存できる確率が高い気がする。

 まあ、根拠も確信もない、勘による決断だけど。

 従魔のラビはともかく、スナオから撤退の提案がないのが少しだけ意外だ。

 仲間への信頼、勝利への確信など、そういうものをボクよりもしっかりと持っているのかもしれない。

 距離、一〇〇メートル。

 発射。

 発射。

 スナオが左右の手に装備した二本の全属性の双魔の杖から、それぞれ全属性魔弾を放つ。

 けど、直進していたオーガが左右に動いて魔弾を回避した。

 残念だ。

 致命傷は無理でも、少しでもかすれば大ダメージが期待できたのに。

 オーガの反応を見る限り、魔力感知のスキルが高いのかもしれない。

 連射。

 連射。

 連射。

 ボクも攻撃に加わり光属性の魔弾をばら撒くけど、オーガは被弾しない。

 魔弾に被弾することなく、距離を詰めてくる。

 スナオは魔弾の軌道を曲げたりするけど、オーガは動きに絶妙な緩急をつけてこちらの照準をことごとく回避する。

 距離、五〇メートル

 四〇、

 三〇、

 二〇、

 魔弾による攻撃に見切りをつけて、隠行のスキルをオフにして、左手の装備を三魔の剣鉈にする。

 オーガの注意を引くように、正面から距離を詰める。

 いきなり巨剣の間合いに入ろうとは思わないけど、堂々とギリギリまで近づく。

 視線の端でラビが隠行のスキルを全開にして、オーガの背後に回り込もうとしている。


「ガアアアァァァーーー」


 心どころか、魂まで貫通して揺さぶり萎縮させるようなオーガの咆哮。

 ゴブリンキングのものと違って魔力の乗っていない、ただの咆哮。

 だれど、聴覚ごしに肉体へ不定形の恐怖を抱かせる、暴力的な咆哮。

 全身を侵食しようとする恐怖が脈絡もなく動きを停止させようとするけど、止まったら死ぬという直感に従って強引に体を動かす。

 回避。

 直前までいた地点をオーガの巨剣が蹂躙する。

 回避。

 回避。

 回避。

 全力の魔術ダッシュで避けてオーガとの距離を離そうとするけど、純粋な脚力で追いつかれる。

 逃走を選択しなくて正解だ。

 逃走していたら、個別に追いつかれて潰されていた。

 オーガの巨剣は一撃ごとに、轟音を響かせて空間を粉砕して、地面を破壊する。

 魔弾から回避しながら、あるいはボクを追いかけながら、オーガの攻撃は振り下ろして、なぎ払うという二パターンだけ。

 複雑なフェイントや牽制なんてない。

 単純かつ限られた攻撃パターン。

 それなら、すぐに反撃の糸口を見出せそうだけど、きっかけすら見つけられない。

 まあ、攻撃パターンが単純だからといって、明瞭な反撃の隙があるわけじゃない。

 あの巨剣をゴブリンキングを上回る速度で自在に振り回し、攻撃パターンが単純でも剣速と動きにはタイミングを見誤らせるような緩急が交ざっていて、こちらを幻惑してくる。

 攻撃のパターンが二パターンしかないんじゃなくて、二パターンで十分なのかもしれない。

 三メートルの巨体に、三メートルの巨剣。

 この長い間合いも厄介で、一撃を回避して間合いを詰めても、その間に二撃目がくる。

 まるで、侵入者に容赦なく死をもたらす絶殺の結界であるかのように、容易にオーガの間合いに踏み込めない。

 オーガの攻撃は速いけど、目視できないほどじゃない。

 巨剣の軌道に、トリオシックルと三魔の剣鉈を配置するのは難しくない。

 けど、容易でもない。

 主に心理的な理由で。

 トリオシックルならゴブリン鋼の塊のようなオーガの巨剣でも切断できる……と思う。

 けど、根拠のない不安が武器破壊への決断を躊躇させる。

 ゴブリン鋼の武器ならゴブリンキングの大剣を切っているから、ゴブリン鋼の巨剣を切れるという判断も、ただの自意識過剰な思い込みじゃない。

 でも、ゴブリンキングの大剣とオーガの巨剣は大きさがまるで違うから、トリオシックルが通用しない可能性を無意識にイメージしてしまう。

 巨剣の切断に失敗したら、こちらの姿勢を崩されて次の一撃でボクという存在は終了する。

 死への恐怖?

 膨れ上がった後悔はあれど、生に執着するような未練なんてあるとは思えない。

 あるいは痛みへの恐怖?

 まあ、いつでも痛いのは嫌いだ。

 だけど、挑まなければ状況に変化は起きなくて、緩やかに終局に向かうことになる。

 乱れる心を整えるために深く呼吸を繰り返して、不要な雑念を削ぎ落として一撃へと専心する。

 振り下ろされる巨剣に合わせて、踏み込みトリオシックルを交差する軌道に配置する。

 衝撃。

 停滞。

 トリオシックルはオーガの巨剣のなかほどまで切り裂いて、急激に減速する。

 このまま完全にトリオシックルが停止したら、巨剣の勢いに引きずられてしまう。

 トリオシックルを手放すか?

 ……いや、強引にでも振り切って、巨剣を切断してみせる。

 刹那のうちに顔を見せた迷いを破却して、全身の力を使い減速して止まろうとするトリオシックルを無理矢理にでも加速させる。

 巨剣の強い抵抗を打ち破り、トリオシックルが両断する。

 切った巨剣の刀身が地に落ちて、心にわずかな達成感と安堵が広がる。

 回避。

 回避。

 回避。

 心の間隙を突くように、オーガは巨剣を切られても動揺するどころか、短くて軽くなった巨剣の残骸で停滞することなく連続攻撃を仕掛けてきた。

 刀身が半分になってもオーガの一撃は致死性の脅威。

 間合いは短くなったけど、軽くなったことで攻撃の回転数はむしろ上がっているような気がする。

 けど、オーガの間合いが短くなったことで、より近づけるからラビが動きやすくなった。

 そして、ラビが効果的に動けば、オーガの注意も散漫になり、スナオの魔弾にも被弾するようになる。

 それは、朗報なのに、見せられた現実にボクの心がポキリと折れそうになる。

 オーガの注意がボクへ集中したときに、二回ほどラビが仕掛けて後ろ回し蹴りを放った。

 二回ともオーガは左腕で的確に防御した。

 ゴールドラビットに進化したラビの一撃だけど、物理防御力の高いオーガを相手には相性が悪いようで、ノーダメージじゃないみたいだけど、骨を折るほどの大ダメージを与えられていなかった。

 表面的に見れば残念な結果で、オーガの物理防御力に呆れてしまうけど、これだけなら心が折れるようなことじゃない。

 でも、ボクは魔力感知のスキルで、詳細に捉えていた。

 ラビが放ったのはただの後ろ回し蹴りじゃなくて、魔力の流れからして間違いなく風裂だ。

 だけど、不発になっている。

 オーガがタイミングよくラビの蹴りが命中する部分に魔力を集中させることで、発動する風魔術を強引に相殺してただの蹴りにしてしまった。

 魔術を他者の魔力で相殺したりすることは可能だ。

 だけど、効率の悪い足環型とはいえ杖で発動せさた魔術を、素早く感知して単純な魔力の集中で相殺するのは効率が悪いし、タイミングを見極めるのも相当難しい。

 少なくとも、ボクはできないし、危険すぎるから試そうとも思わない。

 この魔力を巧みに扱うオーガの技術を見せられて心が折れそうなのに、オーガの四肢にスナオの魔弾が命中して、その結果によってさらに心へと負荷が加わる。

 オーガが苦手なはずの光属性の魔弾なのに、二の腕や太ももを貫通するどころか、皮膚を突き破ってわずかに血を流させるだけになっている。

 あるいは、クマに拳銃弾を撃ち込んだ程度のダメージは期待できるのかもしれない。

 これも予想以上のオーガの頑丈さに驚くことだけど、小さなダメージを蓄積させるか、被弾時に痛がったときに次への攻撃へ続ければいいから、これだけなら心が折れることじゃない。

 けど、オーガはスナオの魔弾が命中しても、痛覚がないかのようにまったく痛がらず、一分としないうちに魔弾による傷口がなくなっていた。

 傷口に付着する被弾したときの血だけが、被弾が幻じゃなかったと教えてくれる。

 オーガの痛覚への耐性とある程度の再生能力は知っていたけど、再生力で有名なトロールのように傷口が瞬時にふさがるようなものじゃないから、これほど厄介とは思わないで特に注意もしていなかった。

 オーガを相手に小さなダメージを蓄積させるような戦術は不可能じゃないけど、なかなか難しい。

 油断で、慢心だな。

 ああ、嫌になる。

 自分だけじゃなくて、仲間まで巻き込むなんて気持ち悪い。


「クソ、オーガはミノタウロスと違って魔術に弱いんじゃないのか?」


 無意識のうちに愚痴が口から出ていた。


「あの、それって、ミノタウロスよりも魔術に対する抵抗力が低いというだけで、オーガ単体の魔力抵抗力が特別に低いという意味じゃないんじゃないですか?」


 落ちつた口調でスナオが冷静に告げる。


「……ああ、なるほど」


 納得できる嫌な事実だ。

 さらに、オーガが手にする巨剣の残骸の破壊を狙いつつ、四肢への攻撃のタイミングを見極めるけど、決断を下そうとすると拳、蹴り、体当たりなどでこちらの攻撃の起点を絶妙に潰されて回避を強制されてしまう。

 巨剣を切ってから三〇以上も攻防が繰り返されて、この戦いに対する慣れと緊張の弛緩がわずかに生まれてしまった。

 オーガの振るう巨剣の残骸を余裕を持って回避する。

 この短時間で何度も繰り返した行為。

 だけど、結果は違った。

 オーガは巨剣の残骸を振いながら、途中で残骸から手を放した。

 投擲だ。

 迫るゴブリン鋼の塊を認識するけど、回避は不可能。

 ダメージを減らすために、魔術ダッシュは間に合わないけど、足の自力で後方に跳躍する。

 衝突。

 強烈な衝撃が胴体を襲い、不吉で不愉快な複数のなにかが砕ける音と感触を感知する。

 痛みより、体を潰されていく不快感に蹂躙されていく。

 地面に落ちて、痛覚が盛大を仕事を開始する。

 重低音のように深く長く響く痺れるような鈍痛と、砕けたガラスに胴体を駆け巡るような鋭く切り刻まれるような痛みの二重奏に意識が飛びそうになる。

 激痛から逃れるように、意識を手放す誘惑かられる。

 けど、喉の奥からせり上がってこようとする生温かい鉄錆の味のそれが、命の危機と同時に生が継続していることを教えてくれる。

 視界の先にはボクに止めを刺すために、オーガが接近してきている。

 悠長に気絶している余裕はない。

次回の投稿は八月二〇日一八時を予定しています。

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