倒れる王と遅れたものと友
ゴールドラビット。
ゴールドという種族名だけど第三層の色彩の主張を許さない暗闇のせいで、本当に金色をしているのか正確なウサギの毛並みの色はわからない。
体格はコボルト程度の大きさなのに、この場に存在する生物のなかで、大気を圧迫するようなトップクラスの存在感を放っている。
存在感と内包する魔力だけなら、このウサギはゴブリンキングに匹敵する。
強力な未知のモンスターの出現。
状況は危機的でありながら、より不確定的になる。
……まあ、このゴールドラビットは十中八九、さっきまで気絶していたラビの進化した姿なんだろう。
通常、シルバーラビットが進化する上位種族はプラチナラビットのはずなんだけど、なんらかの要因によって正常進化先のプラチナラビットじゃなくて、特殊なゴールドラビットという未知の種族が進化の先として選択されたようだ。
もっとも、ダンジョンに出現するモンスターを従魔にする確率が高くなくて、さらにシルバーラビットを従魔にして進化させているケースはレアになる。
そんな少数の事例しかないのに、正常や特殊を問うのは意味がない気がする。
もしかしたら、知られていないだけシルバーラビットがゴールドラビットに進化するのは特殊でもなんでもない可能性もある。
プラチナラビットはいくつかのダンジョンにモンスターとして出現しているから、ダンジョンに出現したという話を聞いたことのないゴールドラビットが特殊に感じられるのかもしれない。
このゴールドラビットがラビだということには根拠がある。
ゴールドラビットの出現場所がラビの横たわっていた位置と同じで、ラビがいなくなっている。
ゴールドラビットは伸び切ってパツパツの見覚えあるシャドージャケットとマギエメラルドの付いている足環を装備している。
スナオを守るように立ちはだかり構えている。
これで、このゴールドラビットがラビと関係のないモンスターだったら、逆に驚いてしまう。
もう少しじっくりとラビだと思われるゴールドラビットを観察したいけど、ゴブリンキングによって現在進行形で命の危機なので、意識と視線を長時間そちらに向けるわけにもいかない。
まあ、ゴブリンキングもゴールドラビットが気になるのか、こちらに集中できずに大剣の押し込み方が少しだけ単調になっているような気がする。
その恩恵で、片手で保持したトリオシックルでジリジリと迫るゴブリンキングの大剣と拮抗を維持できている。
左の手首を踏まれて、両足にそれぞれホブゴブリンが抱きついている。
しかも、このホブゴブリンたち抱きつかれているだけでも邪魔なのに、脛当てや膝当てで守られていない太ももに噛み付いたり角で頭突きしたりしてくる。
太ももの部分もそれなりに強化されて頑丈なシャドースーツで覆われているから、ホブゴブリンによって簡単に食い破られたり、角が貫通したりしない。
だけど、継続して攻撃を続けられると、シャドースーツがボロボロになって貫通を許してしまうかもしれない。
それに、攻撃が貫通しなくても、痛みはそれなりに発生する。
命の危機的な状況であれば無視できる痛みだけど、平時だったら一秒だって耐えたくない痛みだ。
それでも、蓄積される痛みはストレスとなって、集中力と心の平静をネズミのようにガリガリと浅ましくかじって、少しずつゴブリンキングとの均衡を崩そうとする。
あるいは、一撃による状況の解決を誘惑してくる。
抱きついているホブゴブリンたちを物言わぬ死体に変えるのは簡単だ。
それこそ、この体勢からでも余裕で実行できる。
けど、それをすると重心や反動などの要因によって、ゴブリンキングとの均衡が確実に崩れて、高確率で大剣がボクの体にめり込むことになる。
だから、安易に博打をするような一撃による状況の解決というネットリと暗くて甘い誘惑に、耳を傾けて流されたりしない。
厳しくて、怖くて、痛い、現状維持を選択する。
それに希望がある。
あのゴールドラビットがラビなら状況を打開してくれるかもしれない。
無様な他力本願?
仲間に対する信頼だ。
それに、ここへゴブリンキングを釘付けにするという状況は、仲間に対する援護、あるいは連携と言えるかもしれない。
…………援護や連携は言いすぎだな。
「キュ」
シルバーラビットの頃から変わらない鳴き声がして状況が動く。
残っていたゴブリンジェネラルの最後の二体が吹き飛び、ゴブリン軍団が砕け散っていく。
集団としても、個体としても、崩壊して砕け散る。
ゴールドラビットは蹴りだけじゃなくて、直立二足歩行の体を確かめるように、拳や肘に膝で、ゴブリン軍団を破壊して崩壊させていく。
疾風のように集団を駆け抜けて、ゴブリンと上位ゴブリンを区別なく暴風のように圧倒的な暴力を撒き散らす。
ゴールドラビットはなかなか鮮やかな動きをするので、目視でゆっくりじっくり観察したいところなんだけど、ボクの危機的な状況で悠長に視線を向けるわけにもいかないので、索敵と魔力感知のスキルによる観測で我慢するしかない。
「「グギャ」」
抱きついていたホブゴブリン二体が、短い断末魔と共に頭から血を垂れ流して脱力する。
ゴールドラビットの行動で、動きやすくなったスナオによる援護。
足に絡みつくホブゴブリンの死体をそのままに、真上に足を蹴り上げる。
大剣に体重をかけようとゴブリンキングはボクをのぞき込むように前かがみなっているから、こんな単純な蹴りでも届く範囲に頭がある。
「チッ」
ゴブリンキングは蹴りを後ろに飛び退いて、回避してしまった。
まあ、それでも踏まれていた左腕が自由になって、迫っていた命の危機も去ったから、物理的にも心情的にも色々と軽くなる。
近くに落ちていた光属性の双魔の杖を拾いながら起き上がり、状況を確認する。
スナオがゴブリンキングに魔弾を連射しているけど、上手に避けて、避けきれないものは手にしたゴブリン鋼の大剣で防いでいる。
しかも、回避しながらボクから上手に離れようとしている。
牽制と足止めにはなっているけど、狩るにはいたっていない。
「キュキュ」
ラビと思われるゴールドラビットによって、無限にも思えたゴブリン軍団がたったいま消滅した。
後は残ったゴブリンキング一体を仲間と協力して狩れば終了だ。
敗北への不安はないけど、油断もしない。
さっき根拠もなくゴブリンキングに一対一で勝てると調子に乗って無様をさらしたばかりだから、油断なんていう贅沢な心理状態を堪能するわけにはいかない。
「キュー」
かけ声のように鳴いてゴールドラビットが低い姿勢でゴブリンキングに向かって突進する。
シルバーラビットの四足歩行から二足歩行に変化したのに、ゴールドラビットは戸惑う様子を少しも見せない。
その突進に合わせるように、魔弾を連射しながら走って間合いを詰める。
ボクの連射も加わっているのに、ゴブリンキングは被弾しない。
ゴブリンキングは前後左右へ、不規則に動いて、魔弾の命中を許さない。
スナオは弾道を曲げたり、魔楯やフラッシュバンも攻撃に混ぜるけど、上手に対処されてしまう。
…………普通に強い。
ゴブリン軍団が消滅して、楽勝どころか、単独でも難敵だ。
誰だ、ゴブリン軍団がいなければ、ゴブリンキングを余裕で狩れるなんて考えた奴。
……まあ、ボクだけど。
でも、進化して強くなった推定ラビが、ゴブリンキングとの交戦に加われば状況はこちらに傾く。
……多分。
「キュッキュー」
戸惑うような鳴き声と共にゴールドラビットがこけて、派手に地面へダイブする。
足に抱きついたゴブリンと共に。
「ラビ、ゴブリンキングは数体を声を上げないで、ある程度の距離に眷属召喚できるぞ」
魔弾で推定ラビの足に抱きついたゴブリンを撃ち殺しながら、ゴブリンキングとの交戦のなかでわかったこと告げる。
「キューキュキュ」
推定ラビは起き上がりながら、こちらを向きながら抗議するように鳴く。
鳴き声を翻訳できないけど、おそらく知っているならもっと早く言えといった意味だろう。
残りのゴブリンキングとの距離を魔術ダッシュで一気に距離を詰めようとしたら、直前で右足を突然出現したゴブリンにしがみつかれた。
警戒していたから転倒はしなかったけど、つまずくようにバランスが崩れてしまった。
一閃。
トリオシックルでゴブリンの上半身を縦に切り裂く。
魔術ダッシュでの移動中を狙われたら、警戒していても転倒しそうなので、普通に走る。
双魔の杖を収納して、三魔の剣鉈に装備を変更する。
疾走。
一閃。
一閃。
一閃。
一閃。
一閃。
一閃。
ゴブリンキングはトリオシックルと三魔の剣鉈によるゴブリン鋼の大剣の破壊を狙った連撃を、鮮やかにさばいてみせた。
さらに、三〇合切り結んでも、ゴブリンキングは崩れない。
ゴブリン鋼の大剣が三魔の剣鉈の刃と交差するだけで両断できるのに、剣鉈の側面を叩いたり、上体を反らして回避する。
それもゴールドラビットの高速移動と体術を組み合わせた猛攻に耐えながらだ。
もちろん、ゴブリンキングも無傷じゃない。
ゴブリン鋼の鎧はベコベコで、全身に無数の裂傷と打撲を負っている。
それでも、致命傷となる一撃から逃れている。
実に強い。
それに、嫌なタイミングで嫌な位置に、召喚される眷属が地味に面倒だ。
眷属召喚を発動させる直前に、ゴブリンキングの魔力がわずかに高まるから、発動のタイミングを予見することはできる。
でも、眷属が召喚される位置は予見できないから、発動を予見できても完璧に対処することはできないでいる。
召喚されたゴブリンやホブゴブリンは、スナオが魔弾で即座に処理してくれる。
それでも、視界を覆うようにカボチャに、ゴブリンが抱きついてきたときには驚いて、危うくゴブリンキングの大剣で串刺しにされそうになった。
そうやって、ゴブリンキングが稼ぐのは刹那の猶予。
どれだけゴブリンキングが足掻いても、終焉は訪れる。
一閃。
トリオシックルの柄を大剣で受け止められる。
魔術ダッシュで後方に跳躍。
トリオシックルで引き切ったゴブリン鋼の大剣の刀身が、狩られた稲穂のように宙を舞い地に落ちる。
さすがに、ゴブリン鋼の大剣は頑丈でトリオシックルの刃に抵抗したけど、強引に魔術ダッシュの勢いを乗せて切断した。
トリオシックルで下がりながら大剣を引き切るボクの動きを予想していなかったのか、ゴブリンキングは切られた大剣を手に呆然とするように停滞する。
致命的な停滞。
金属が砕けるような破砕音と、骨肉が潰れる生々しい音を響かせてゴブリンキングが吹っ飛び、うつぶせに地面へ倒れる。
鎧が大きくクレーターのように陥没して、胴体が冗談のように潰れている。
致命傷どころか、即死だ。
ゴールドラビットが蹴りで放った風裂の結果。
風裂が決まればゴブリン鋼の鎧でも、耐え切れないようだ。
まあ、使い手がボクだったら、ここまでの威力は出ないかもしれない。
それよりも風裂を使ったということは、このゴールドラビットが間違いなくラビだということだ。
勝利の余韻に浸るか、あるいは仲間と勝利の喜びをわかち合いたいところだけど、それはできない。
新鮮なゴブリンキングの死体と装備をズタ袋に放り込み、各ポーションを飲んで体力と魔力を急いで回復させる。
スナオも各ポーションを飲んで体力と魔力を回復させている。
ラビは進化したときに、体力や魔力が全快したのか、ポーションは不要なようだ。
悠長に休憩する余裕はない。
なぜなら、急速に近づいている次なる脅威を索敵のスキルが捉えている。
遠見のスキルで強化された視線をそちらに向ければ、角の生えた三メートルくらいの巨体がこちらに接近している。
初見のモンスターだけど、間違いなくあれはオーガだ。
次回の投稿は八月一三日一八時を予定しています。




