倒れる兎と友
順調だった。
順調にゴブリンウィザードとゴブリンスナイパーをゴブリン軍団から脱落させて、ゴブリンと上位ゴブリンを減らして、ゴブリンキングを狩るための道筋も見えていた。
なのに、
「ラビ!」
後ろから聞こえたスナオの緊張と焦燥が交じった声に、立ち込める不吉な暗雲の片鱗を感じてしまう。
「スナオ、ラビがどうした」
「わかりません、でも、ぐったりして動かないんです」
スナオは接近しようとするゴブリン軍団を魔弾で阻止しながらラビに回復魔術を使っているけど、期待した効果は得られないようだ。
索敵と魔力感知のスキルでラビの動きは直前まで捉えていた。
障害物としてのゴブリンと上位ゴブリンを早く減らしてしまったようで、前線を迂回しようとしたゴブリンジェネラル数体がスナオに接近することを許してしまった。
だけど、すぐにラビがカバーのために動く。
ゴブリンジェネラルたちはスナオとラビが連携して、それほど時間をかけることもなく狩っていた。
ここまでは問題なかったのに、ラビが動かなくなってしまった。
大きな負傷はしていないはずだし、魔力もかなり消耗しているけど、魔力切れになるほどじゃない。
魔力感知のスキルで精査するかぎり体内を循環する魔力に異常はなく、ラビに問題はないことになる。
疲れて休憩しているだけ?
……ないな。
ラビの様子はその場で休んでいるよりも、気絶しているというほうがしっくりくる。
ゴブリンウィザードの闇属性の魔術にやられて、状態異常になった?
これもない。
現在進行形で後ろを振り返って仲間の姿を目視で確認する余裕もないけど、だからこそ索敵と魔力感知のスキルで仲間の状態は把握していた。
乱戦になって危うい場面はあったけど、ラビがゴブリンウィザードというか、魔術を被弾する場面はなかった。
原因不明。
詳細不明。
だけど、状況は停滞することなく動き続ける。
「一度、ラビをモンスタークリスタルに収納したらどう」
一つの手段を口にしてみる。
状況の解決にはならないけど、動かないラビをそのまま戦場に放置するよりは安全なはずだ。
「……それが、モンスタークリスタルが機能しないんです」
戸惑うようなスナオの言葉に、首を傾げながら応じる。
「機能しない?」
「はい、いくらやってもモンスタークリスタルがラビを収納してくれません」
スナオの言葉の意味がわからない。
なぜ?
どうして?
店員が不良品をスナオに売った?
いや、モンスタークリスタルが実際に機能するのは確認している。
原因は別にある?
ネットリとした黒い不安の足音が心のなか大きく響いた気がする。
疑問はつきないけど、強引に気持ちを状況の対処に切り換える。
ラビはスナオに守ってもらう。
ラビの状態は仲間として心配だし、戦力ダウンも手痛いけど、ゴブリン軍団を下す道筋が見えなくなるほどじゃない。
「グガアァァァー」
ゴブリンキングが咆哮を上げると、モーゼの奇跡で海を割ったようにゴブリン軍団がわかれて、王の前に道ができる。
さっきのゴブリンキングの咆哮は眷属召喚や眷属強化でもなく、ただの号令?
ゴブリンキングの意図は不明。
けど、ゴブリンキングの前に魔弾の射線を遮る障害物がなくなった。
なら、このチャンスを逃す手はない。
連射。
連射。
連射。
撃ち殺すつもりで、自分でも数え切れないほどの無数の魔弾をばら撒く。
けど、飛び出してきたゴブリン軍団最後のゴブリンジェネラル二体の大楯に、完璧に防がれてしまう。
ゴブリンジェネラル二体は魔弾の猛射に足を止めることなく、大楯を構えて突進してくる。
その動きに合わせるように、ゴブリンキングも前進してくる。
ゴブリンキングは出現してから眷属召喚と眷属強化ばかりしていたから、最後の一体になるまで配下を戦わせるタイプだと思っていたんだけど、どうやら違うようです。
あるいは、王自ら攻め上がらないといけないほど、追いつめられたのかもしれない。
距離、一〇メートル。
ゴブリンジェネラルとゴブリンキングの足は鈍らない。
魔弾だけじゃなくて、魔楯や光の玉を破裂させるフラッシュバンも織り交ぜてみるけど、効果があまりない。
ボクのフラッシュバンはスナオのものよりも眩しくないので、タイミングが少しでもずれるといまのように相手の近くで少し眩しい光が発生しただけになってしまう。
そして、この光の玉を破裂させるタイミングが難しくて、なかなかこつをつかめないでいる。
九、
八、
七、
六、
五、
魔力感知のスキルは相手を直接視認できなくても、体内を循環する魔力の動きで、相手の位置と動きを把握できる。
だから、
「グギャア」
ゴブリンキングが壁となっている二体のゴブリンジェネラルを飛び越えるを、目視する前に認識することができた。
空中を大剣を振りかぶって跳躍するゴブリンキング。
五メートルの間合いなんて、ゴブリンキングにとって一瞬で詰められる。
魔弾とトリオシックル、どちらで迎撃するか。
相手が無属性のオークならトリオシックルだけど、闇属性のゴブリンキングなら光属性の魔弾で大ダメージを期待できる。
光属性の魔弾をゴブリンキングの空中での進路を遮るように放つ。
けど、ゴブリンキングは腰をひねって強引に魔弾の弾道から逃れて、縦に振るわれていた大剣の軌跡を横に変化させた。
大剣の軌跡が縦から横に変わったのは少々驚いたけど、それだけだ。
焦ることなく身をそらして避ける。
ボクの体を捉えなかった大剣は、そのまま双魔の杖と交差しようとする。
双魔の杖がゴブリンキングの一撃で両断されるとは思わないけど、受け止めた衝撃で内部の文字が壊れてしまったら杖として機能しなくなって、ただの鈍器に成り下がってしまう。
簡単に壊れる代物じゃないけど、ゴブリンキングの一撃で絶対に壊れないと言えるほど頑丈な代物でもない。
双魔の杖を持つ左腕を下げて、大剣と交差する軌道を逃れようとする。
けど、
「グギャ」
突然出現したゴブリンが左腕にコアラのようにしがみついて、わずかに動きが阻害される。
ゴブリン一体くらいそれほど重くない。
このままオークとだって戦える。
けど、予想外のゴブリンの出現で、心が乱れて反応が出遅れた。
衝撃。
全属性の双魔の杖がゴブリンキングの一撃で、わずかに曲がる。
直線が一度か二度くらい曲がっただけで、見た目に大きな変化はない。
けど、杖としては致命傷。
マギダイヤモンドがあるから、頑張って時間をかければ魔弾を構築できるかもしれないけど、機関銃のように魔弾を連射することはできない。
曲がってしまった双魔の杖を収納して、左腕にしがみつくゴブリンを膝蹴りで潰す。
一閃。
着地したゴブリンキングが大剣で、トリオシックルの柄を受け止められる。
一閃。
一閃。
一閃。
機会があればゴブリンキングの大剣を両断しようと狙うけど、ことごとくトリオシックルを上手に受けられる。
ゴブリンキングは力がオークより少し強い程度で、コボルトジェネラルよりも少しだけ敏捷に動けるようだ。
大剣の扱いも上手いし、ゴブリンキングは十分に強い。
けど、一対一なら問題なく勝てる強さだ。
ボクとゴブリンキングの戦いに介入しようとする残る二体のゴブリンジェネラルは、スナオがゴブリンと上位ゴブリンを削りながら牽制している。
ラビが原因不明の行動不能に陥ってスナオの負担が増えているけど、現状が維持されている間にゴブリンキングを狩れればボクらの勝ちだ。
けど、二〇合以上斬り結んで、ゴブリンキングの命どころか、大剣の破壊すらなかなかできない。
一閃。
ゴブリンキングにトリオシックルの柄を受け止められるけど、さらに踏み込んで風裂を狙って左の拳を繰り出す。
ゴブリン鋼の鎧を装備したゴブリンキングに風裂が正常に威力を見せるのか、未知のことはあるけど命中すればノーダメージということはないはずだ。
しかし、ゴブリンキングの膝蹴りで、ボクの拳が風裂を発動させる前に弾かれてしまう。
魔力感知による先読みできなかったのか?
このクラスになると魔力の循環と動きのずれが小さくて早いから、魔力感知による先読みは気休めよりもまし程度のものだ。
「クッ」
ゴブリンキングの前蹴りが胸当てに直撃して間合いが三メートルほど広がる。
「ジャックさん!」
「スナオ、ボクは大丈夫」
新造した胸当てはゴブリンキングの前蹴りが直撃しても、壊れることなく耐え切った。
衝撃と鈍く胴体に広がる痛みで膝を突いて、無様に痛がりたくなるけど、そんな余裕はない。
強がりと見栄で、平静を急造して悠然とトリオシックルを構えて見せる。
一対一なら楽勝とは言わないけど、ほぼ確実にゴブリンキングに勝てると思っていた。
だけど、幻想だったかな。
自分が思っているよりも、ボクは強くなっていないのか?
まあ、そうだとしても、やることに変更はない。
どのみち、ゴブリンキングを打倒できなければ活路がない。
できるかぎり自然な動きでトリオシックルを逆手に構えて、ゴブリンキングの大剣と首を一閃できる位置にセットする。
魔術ダッシュで一気に相手の予想以上の速さで間合いを詰めて、反応する時間なんて与えずに仕留める。
疾走。
転倒。
…………なんだ?
ゴブリンキングの目前で、なにかに両足を引きずり下ろされるように転倒させられた。
凄い勢いで地面にダイブすることになって衝撃はあったけど、戦闘に支障がでるようなダメージはない。
両足をそれぞれなにかに、絡みつくようにしがみつかれている。
視線を向けて確かめたいけど、それよりも迫るゴブリンキングの大剣に対処しないといけない。
うつ伏せの状態から素早く寝転がって仰向けになって、トリオシックルで防ぐ。
「ウグッ」
光属性の双魔の杖をコンテナブレスレットから取り出そうとしたら、左の手首をゴブリンキングに踏みつけられて、手から離れてしまう。
視線を素早く下に向ければ無手のホブゴブリン二体が抱きついている。
トリオシックルを押し返すようにジリジリと近づいてくるゴブリンキングの大剣、両足に抱きつくホブゴブリンが二体、左腕はゴブリンキングの左足に踏みつけられて容易には動かせない。
「ジャックさん!」
スナオの心配するような声が聞こえてくる。
でも、横たわって動かないラビを守りながら、スナオはゴブリンジェネラル二体を含んだゴブリン軍団の残り全ての戦力を相手にしていて、こちらを援護する余裕はなさそう。
…………なかなか、まずい状況だ。
心の平静を焼き払う焦燥に飲まれないように、反撃の一手を思考し続けるけど、カラカラと空転して解を見つけられない。
というか、さっきの突然出現して腕に抱きついたり、この両足に抱きつくホブゴブリンはどこから出現したのだろう。
索敵と魔力感知のスキルは切っていないから、すでにゴブリン軍団の一員として出現していたら見逃したりしない。
それらのボクのスキルを逃れるスキルを持っている可能性も薄い。
そんなスキルをこのホブゴブリンたちは保持していたら、現在進行形でボクのスキルに捉えられるとは思えない。
そうなると、ゴブリンキングが一体や二体という小規模かつ、任意の位置に眷属召喚をしたという可能性が濃厚だ。
知っていて警戒していれば、それほどの脅威じゃないけど、奇襲的にやられると、いまのボクのようになってしまう可能性がある。
そういう分析をすることで、自分は冷静なんだって言い聞かせてみる。
まあ、状況に変化はない。
上手くいくかわからないけど、トリオシックルとゴブリンキングの大剣の均衡をわざと崩して、反撃の一撃を狙ってみるしかないか。
深く息をして、意識を集中させて、繰り出すべき一撃へと意識を没入させていく。
けど、
「ラビ!」
スナオの声と同時に発生した強力な魔力を保有するモンスターがその場に出現する。
なんとか、視線をそちらに向ければ、コボルトぐらいの大きさの二足歩行のアンゴラウサギがいた。
『ゴールドラビット』
鑑定のスキルでこのように出た。
ボクの知らないモンスター。
状況はよりカオスになっている。
次回の投稿は八月六日一八時を予定しています。




