軍団に挑む友
二つに切られ、体中穴だらけにされ、内臓と骨を砕かれ、折り重なって所狭しと敷き詰められたゴブリン軍団の物言わぬ屍の絨毯が、草原を覆いつくして広がっている。
可視化できてしまいそうなほど濃い血肉の臭いが、ゴブリン軍団が行動して同族の成れの果てを踏みつけるたびに、新しく立ち込めて断続的に吐き気を刺激する。
足元を見ればモノクロな暗視独特の色調なのに、生々しくておぞましい赤を幻視してしまう気になる。
青々と生命力に満ちた草原の香りと光景は血と死と戦いに蹂躙しつくされて、地獄のように変貌してしまっている。
索敵と魔力感知のスキルで全方位をカバーして、捉えたものに反応してトリオシックルを振り回して、ゴブリン、上位ゴブリン関係なく死体へと変えて、容赦のなく殺戮の暴威を撒き散らす。
視覚を遠見のスキルで強化して、常にゴブリン軍団の後方にいるゴブリンウィザードとゴブリンスナイパーを視野に入れるようにする。
ゴブリンウィザードの魔術は魔弾で潰し、ゴブリンスナイパーには魔楯で矢を迎撃できると祈るような気持ちで牽制をかねて連射する。
けど、このゴブリン軍団のなかでゴブリンウィザードとゴブリンスナイパーは合計で五体いる。
ボクだけじゃなくて、スナオも対処しているけど、牽制、迎撃、排除するのに手数が足りない。
「ウグッ」
不意打ちの衝撃でうめき声が口からもれてしまう。
何重にも強化されたゴブリンスナイパーの一撃。
矢の残像のような軌跡はなんとか視認できたけど、回避や迎撃の最適な反応はできなかった。
左の太ももを鋭い灼熱が抉るように駆け抜ける。
わずかに遅れて音速の壁を破砕する音が、矢の軌道を追跡するように鋭利な風切り音と共にやってくる。
熱狂するシュプレヒコールのように、徐々に大きくなる痛みが不遜にも強烈な自己主張を始める。
爆発するように拡大する痛みの信号に、集中力を阻害されて膝が崩れそうになって姿勢を維持するのが難しい。
奥歯を噛み砕く強さで食いしばり、やせ我慢で姿勢をなんとか誤魔化すように維持する。
素早くポーションベルトからローヒールポーションを引き抜き一気に飲み干す。
報復するように、スナオの放つ複数の魔弾がゴブリンスナイパー二体を包囲するような軌道で迫り、回避を許さず蹂躙していく。
成功だ。
まあ、そのせいでゴブリンスナイパーを狩るために、少しの間だけスナオには魔弾の制御に集中してもらったから、最上位ゴブリンへの牽制が緩くなって、ボクがゴブリンスナイパーの矢を被弾することになってしまった。
でも、運が良かった。
ゴブリンスナイパーの矢が顔面への直撃する軌道をとっていたときは、ほぼ死ぬと思った。
けど、牽制のためにばら撒くように乱射していた魔楯数枚を偶然貫通して、矢の軌道がズレてくれた。
そのまま何もない空間でも飛行してくれればいいのに、不運なことに太ももを貫通していった。
新装備の煉獄のカボチャなら直撃しても無傷の可能性があるけど、自分の命をチップに試す気にはならない。
これまでのゴブリン軍団の攻撃による被弾回数、八。
その内、防具を貫通したのが、五。
ローヒールポーションの使用、三。
残り二回のダメージはスナオの魔術で回復してもらった。
集団戦でゴブリンウィザードもウザイけど、ゴブリンスナイパーはそれ以上にウザくて厄介だ。
ゴブリン軍団のなかのウィザードとスナイパーが現状のように三体以下なら、ある程度の余裕を確保することができる。
四体だと余裕がなくなるけど、対処は可能。
五体以上だと、さっきのように不吉に揺らめく死の影が見え隠れする。
事実、全ての被弾がゴブリンウィザードとゴブリンスナイパーの合計が五体以上のときにだけ発生している。
まあ、この津波のようなゴブリン軍団のなかで一番ウザイのはゴブリンキングだけど。
次々に眷属召喚をして、ときどき思い出したように軍団を強化する。
そこに忌々しいゴブリンジェネラルたちの咆哮による軍団の強化も合唱のように重なるから、なおさら手がつけられなくなる。
複数の強化が合成されたゴブリンスナイパーの一撃は特に凶悪だ。
一応、何度か偶然迎撃できているけど、ほとんど矢を視認できなくて、なんとか勘で反応して誤魔化しているような状態になっている。
しかも、動きが強化されて単調になるというデメリットの影響をゴブリンスナイパーは受けにくい。
強化されたゴブリンスナイパーは回避が直線的になって狙いやすいけど、それ以上に強化された攻撃が危険だ。
多少、ゴブリンスナイパーの照準も雑になっているけど、そのせいでむしろ矢を迎撃しにくくなっている気がする。
あるいは、矢の威力が強すぎて刺さらないで貫通していくから、回復するときに矢を抜くという作業を省略できるとか、体に一センチ前後の穴があいてもローヒールポーションで即座に回復可能だって知ることができたと、ポジティブに考えてみたらどうだろう?
……無理だな。
それでも、ボクもスナオもラビも五体満足で健在だ。
状況は不確定要素があるけど、果てしなく安定していて、絶望的に拮抗していて、幻想のような希望を期待している。
魔力量はラビがすでに風裂を使えないけど、ボクもスナオもまだまだ余裕がある。
ゴブリンキングの魔力量は半分を切っているけど、安心できない。
ちょっとしたきっかけで、この戦場の天秤がゴブリン軍団の方へ傾くことは十分にありえる。
前線で隠行のスキルを切ってゴブリン軍団の注意を一身に集めるボクと、魔弾で減らして魔楯で迎撃して光の玉をフラッシュバンのように使用するスナオと、スナオに迫るゴブリンやボクが対処しにくいゴブリンを狩るラビの誰かが欠けても拮抗は保てない。
そして、なによりゴブリンによって拮抗は保たれている。
ゴブリンキングがいる影響なのか、普通のゴブリンでもある程度秩序だった行動をしている。
統率が取れて強化もされているから、第一層で出現するゴブリンよりも厄介だけど、無秩序な乱戦にならずにすんでいる。
だから、ゴブリンキングに呼び寄せられた最上位ゴブリンたちは、前線で展開しているゴブリンや上位ゴブリンが邪魔で、ボクらに接近することができないでいる。
遠距離攻撃が可能なゴブリンウィザードやゴブリンスナイパーならともかく、基本的に接近戦しかできないゴブリンジェネラルには周囲のゴブリンを強化するか、前方に展開しているゴブリン軍団を大きく迂回して回りこむしかない。
けど、そんな悠長な行動していたら、ボクとスナオの魔弾の猛射で片付けられる。
現状、ボクもスナオも常に忙しいけど、上手に連携すれば迂回しようとする連中を狙い撃つ機会は捻出できる。
それにゴブリンキングが統率している影響なのか、ゴブリン軍団の連中は同士討ちをしない。
当然、ゴブリンジェネラルが前進するために、邪魔なゴブリンや上位ゴブリンを蹴散らすということもしない。
なので、何重にも強化されてホブゴブリン並の身体能力を見せるゴブリンは倒すべき対象だけど、同時にゴブリンジェネラルの接近を防ぐために利用すべき障害物だ。
ゴブリン軍団の総数を削るために適度に殺して、ゴブリンジェネラルの数と位置を確認して障害物として適度に生かす。
どうでもいい感想だけど、どことなくパズルゲームに近いような気もする。
そして悲報がある。
久しぶりに宝箱が出現した。
しかも、複数。
けど、出現したのはゴブリンの軍団の壁を越えた先で、魔弾で死んだゴブリンウィザードやゴブリンジェネラルの近くだ。
容易に回収できるわけもなく、初期に出現した二つの宝箱は時間経過によってダンジョンに食われてしまった。
死体よりも宝箱は早くにダンジョンに食われてしまうようで、一時間ぐらい宝箱を回収できないでいると容赦なく跡形もなく地面に吸収されるように食われた。
どうせ食うなら宝箱よりもゴブリンの死体を先に、ダンジョンには消臭もかねて食ってもらいたい。
宝箱の出現と同時に殺したゴブリンはしっかりとは区別できないけど、まだダンジョンに食われていないように思える。
なかなか理不尽な話だ。
この局面を生き残って、まだ食われていない宝箱があったら喜ぼう。
狩った最上位ゴブリンを解体したらローの付かないポーションをいくつか手に入れられるかもしれないけど、もちろんボクらにそんな余裕なんてあるわけがない。
こちらも残っていればいいけど、後から最上位ゴブリンか見分けがつくのか心配もある。
まあ、装備が他のゴブリンや上位ゴブリンと違うからわかるか。
とりあえずは、ゴブリンキングを含むゴブリン軍団の殲滅に専心する。
方法はシンプル。
こちらが倒れる前に、障害物にもなるゴブリンと上位ゴブリンを残しつつ、新たな最上位ゴブリンの群れが追加される前に、ゴブリンジェネラルを含むこの場の最上位ゴブリンを狩ってから、ゴブリンと上位ゴブリンを片付ける。
最後に残ったゴブリンキングを始末すれば終了する。
けど、これは根拠のない希望じゃない。
絶対の確証なんてないけど、ゴブリン軍団に最上位ゴブリンの群れが合流するタイミングが徐々に長くなっている気がする。
ゴブリンキングが引き寄せられる有効範囲にいる最上位ゴブリンの群れの数が少なくなっているのかもしれない。
事実として、草原なのに序盤以外でブラックホーンに騎乗した最上位ゴブリンの群れは合流していない。
まあ、ブラックホーンに騎乗した最上位ゴブリンの群れはゴブリンキングが出現する前にかなり狩っていたから、それも影響しているのかもしれない。
根拠として不確かだけど、ゴブリンキングを狩るまでの道筋が見えた気がする。
次回の投稿は七月三〇日一八時を予定しています。




