王に拝謁する友
昨日、少し早いけどアンナに今月の離れの代金を支払って、これで不安や心配の種の存在しない快適なダンジョンライフが、これからも続いていく。
…………嘘です。
心の視界を覆うような闇色の不安と、圧倒的な孤立を感じさせる白く凍えるような心配しか、胸中にはありません。
解決の光明を見出すような建設的で合理的な思考をすればいいのに、ボクの頭はオートで失敗と破滅に満ち溢れたネガティブな未来を無駄に想像し続ける。
だから、なのか。
ネガティブな思考が、ネガティブな現実を引き寄せてきたのかもしれない。
まさしく、弱り目に祟り目という奴だ。
ボク、スナオ、ラビのいつものパーティーで、いつものダンジョン探索をしていたんだけど、予想外の事態に遭遇している。
簡単に言えば、眼前に無数のゴブリン族の軍団と向き合っている。
というか、交戦している。
ただのゴブリンなら問題ない。
上位ゴブリンでも、最上位ゴブリンだと少し不安だけど、ボクらは互角以上に戦える。
それだけなら狩るのに手間がかかって面倒だけど、不安に思う要素はない。
そう、このゴブリン軍団が王に…………ゴブリンキングに率いられていなければ、不安になんて思うことはない。
そう、ゴブリンキングだ。
なぜ、ここにいる?
このダンジョンに出現するという調査員の報告はない。
調査員が未調査の第四層以降ならともかく、第三層まではゴブリンキングが出現するという記述はなかったはずだ。
いつの間にか別のダンジョンに転移した?
ありえない。
そんなトラップをボクたちが発動させた記憶はない。
調査員に対して適当な仕事したなと、罵倒と恨み言を口にしたくなる。
まあ、しないけど。
口にしても意味がないし、それに調査員への非難は的外れな責任転嫁でしかない。
調査員の調査はダンジョンの精査じゃなくて、短期間で出現するモンスターを調べてダンジョンの危険度を判定したり、スタンピードが起きたときの危険性を把握することでしかない。
多分、このゴブリンキングは普通に第三層を探索しても出現しないと思う。
今日、ボクらはゴブリンの領域の草原で、最上位ゴブリンが騎乗したブラックホーンを狩っていた。
キラーハウンドよりも速いブラックホーンと、索敵外から攻撃してくるゴブリンスナイパーの組み合わせは、かなりの強敵になるかと警戒したんだけど、簡単に先制できたし、こちらに気づかれる前に遠距離から魔弾で狩れてしまった。
ブラックホーンはスモールブラックホーンよりも一回り大きく速いけど、キラーハウンドほど左右に軽快な動きができず、直線的で動きを先読みしやすかった。
そして、前回のように他の群れの交戦中の音でも聞きつけなければ、ゴブリンスナイパーの索敵能力が高いわけじゃないようで、こちらを索敵外から攻撃するのを実現できないようだった。
それにゴブリンの領域の草原はモンスターの密集率が森よりも低いのか、群れを狩るのに時間をかけなければ同時に複数の群れを相手にすることにならない。
焦ることなく狩った死体を解体する時間の余裕すらあった。
だから、ブラックホーンの角とゴブリンウィザードの杖のような素材収集のために、ゴブリンとブラックホーンを虐殺するように狩りまくった。
一度の狩りで、狩り過ぎの気もするけど、不都合な現実から視線をそらして、現実逃避するために没頭しようとした無様な結果なのかもしれない。
新しい重さの加算されないズタ袋に角と杖を大量に入れたけど、性能通りまったく重くならなかった。
でも、容量があるから、かさ張るゴブリン合金製の武器や防具は諦めた。
一方、スナオに貸した前に使っていたズタ袋には、魔石とポーションと数体分のブラックホーンの皮と肉が収納されている。
いつの間にか、調子に乗って一〇〇を超える最上位ゴブリンとブラックホーンを狩っていた。
あるいは、これが王を出現させるきっかけなのかもしれない。
それなりの時間もかかったし、狩りを終了しようと思ったら、ゴブリンキングがゴブリンジェネラルを一〇体率いて前触れもなく出現した。
身長二メートルのゴブリン鋼の鎧と大剣を装備した尋常じゃない心臓を握られるような威圧感と、意識とは関係なく注視してしまうような存在感を放つゴブリン。
その戦闘能力はオーク以上、オーガ以下と言われている。
確証はないけど、ゴブリンキング単体の戦闘能力は難戦するかもしれないけど、ボク一人でも対処可能だと思う。
だから、このときゴブリンキングの突然の出現にかなり驚いて警戒はしたけど、スナオとラビもいるから焦りなんて微塵もなかった。
長時間の狩りをした後だけど、体力、魔力、ダメージで深刻な問題はない。
相手はゴブリンキングが一体とゴブリンジェネラルが一〇体。
ボクらなら十分に対処可能だと判断してしまった。
事実、出現から一分とたたずに、魔弾の猛射でゴブリンジェネラル四体を狩れた。
だけど、
「グアアアァァァ」
心を畏縮させるような野太い咆哮が響いて空間を駆け抜けると、周囲の様相ががらりと一変した。
一〇〇を超える普通のゴブリンと五〇ぐらいの上位ゴブリンが、ゴブリンキングの周囲にゴブリンキングたちと同じように一瞬で出現した。
咆哮でゴブリンジェネラルを強化する可能性は考えていたけど、眷属召喚をする可能性を考慮していなかった。
キング種が眷属を召喚するのを知識としては知っていたけど、あまり警戒していなかった。
眷属召喚で召喚されるのは通常種と上位種のみで、ジェネラルのような最上位種は召喚されない。
現状のボクらを相手にただのゴブリンやホブゴブリンを召喚しても、障害物と時間稼ぎ以外の用途なんてない。
……けど、そう障害物と時間稼ぎにはなる。
「グアアアァァァ」
二度目のゴブリンキングの咆哮の声をあげると、さっきと同数のゴブリン軍団が追加で出現する。
眷属を召喚する度にゴブリンキングの魔力も減っているけど、それでも魔力は半分以上残っている。
さすがにこれ以上は危険だと思って魔弾をゴブリンキングに集中させるけど、ゴブリンジェネラルの大楯に巧みに防がれる。
しかも、草原の奥の森からこちらに接近する群れや、草原の地平のさきから砂埃を盛大にまき上げて接近する群れが確認できる。
ゴブリンキングは最上位ゴブリンを眷属召喚で召喚できないかもしれないけど、ある程度の範囲にいれば自分の方へ呼び寄せることができるのかもしれない。
冷たい鉛色に心臓を絞られ、鼓動が不整脈のように乱れて、透明な思考を焼き払うように急速に黒い焦燥が燃え広がる。
普通のゴブリンや上位ゴブリンだけならともかく、それらを相手にしながら最上位ゴブリンを相手にするのはリスクが跳ね上がる。
全属性の双魔の杖とデュオサイズに装備を換えて、無数のゴブリン軍団に突進する。
一閃。
片手で振るったデュオサイズが通り過ぎると、範囲内のゴブリンたちは例外なく胴体を両断される。
消えかかっていた生々しくて新鮮な臓物と血の臭いが、急速に自己主張をしてくる。
連射。
無数の光属性の魔楯がゴブリンを圧殺して、ゴブリンメイジの魔術を打ち消して、ゴブリンハンターの矢を弾きながらそのまま頭部をゆさぶって昏倒させる。
魔楯は魔弾に比べて殺傷能力が低いけど、ただのゴブリンや上位ゴブリンが相手に弱点属性で魔楯を構築すれば、これくらいのことはできる。
連射。
連射。
連射。
連射。
少し下がった位置に付いたスナオが光属性の魔弾で、ゴブリンキングやゴブリンジェネラルを牽制しながら、ゴブリン軍団をごっそりと削っていく。
スナオが削り、ボクがなぎ払って、撃ちもらしたゴブリンをラビが仕留めていく。
わずかな間にゴブリンキングが二回の眷属召喚で呼び出したゴブリン軍団を半壊させるだけの損害を与えたのに、ボクの心には欠片も安心できない。
幻覚でも、幻想でもなく、圧殺、射殺、斬殺、殴殺された無残なゴブリンの死体は、実体として確かに存在している。
……なのに。
それなのに、ゴブリン軍団は減るどころか、むしろ総数を増やしている。
なぜか?
ゴブリンキングが眷属召喚で何度もゴブリン軍団を召喚しているからだ。
眷属召喚は魔力のコストパフォーマンスがいいのか、ゴブリンキングは定期的に発動させている。
これだとゴブリンを殺しても、殺しても、きりがない。
「クソ」
ゴブリンを問答無用で両断し続けるデュオサイズの蹂躙が停止する。
デュオサイズで無数のゴブリンと一緒にゴブリンファイター四体を円楯ごと両断して、ホブゴブリンも両断しようとしたら、ホブゴブリンの大剣にめり込んで動かない。
まあ、両手じゃなくて片手だし、トリオじゃなくてデュオだからしょうがない。
デュオサイズでも上位ゴブリンを装備ごと両断できるけど、トリオシックルほど圧倒的じゃなくて、手ごたえや抵抗がどうしてもある。
そう思いながらもイライラがつのる。
こんなことならトリオサイズを作っておけば良かった思うけど、後悔先に立たずだ。
ここで作るわけにもいかないし、手持ちのカードでどうにかするしかない。
それに仮にトリオサイズがあったとしても、かなりの重量になるから片手で適切に振り回せるのかとか、少しだけ疑問符が付く。
デュオサイズをコンテナブレスレットに収納して、トリオシックルを取り出す。
間合いはデュオサイズよりも短くなるけど仕方がない。
無事に帰還できたら、早急にトリオサイズを作ることを決意する。
蹴り。
連射。
飛んでくる二つの矢を蹴り上げたゴブリンと撃ち出した無数の魔楯で防ぐ。
索敵のスキルの外側からの攻撃だけど、目視で捉えていたから対処は難しくない。
ゴブリンジェネラル四体、ゴブリンスナイパー二体がゴブリン軍団に追加された。
重苦しくて冷たい焦燥が拡大して暗澹たる気持ちなる。
次回の投稿は七月二三日一八時を予定しています。




