従える友
「キィイイイ」
スナオに抱えられたシルバーラビットこと、従魔のラビをなでようと手を伸ばしたら、毛を逆立てながら威嚇されて拒絶されました。
人に拒絶されて、家族に拒絶されて、社会に拒絶されて、どこまでも冷たい空虚に安堵する孤独を隣人としたボクだけど、愛らしいウサギのようなモンスターに拒絶されると、心の根幹に深く響いて地味に胸が痛くなる。
浅ましい打算や積み重ねた歴史によって拒絶されるなら心情的に受け入れられるけど、純粋に第一印象だけで拒絶されると、自分の根底のダメな部分を再確認しているようで、暗い重りがのしかかっている気分になってくる。
「あのジャックさん、すみません。ダメだよ、ラビ」
スナオが申し訳なさそうに叱るけど、そのラビは叱られて不貞腐れる子供のように、視線を横に向けて明らかに不満そうだ。
「まあ、相性とかあるだろうし、スナオもラビも気にするな」
ボクは心のダメージを悟らせれないように、余裕の表情を偽造した。
「キィッ」
ラビが横を向いたまま小さく鳴いた。
まるで、人間がする舌打ちのようだった。
…………ボクは、このシルバーラビットになにかしただろうか?
少しモフモフと柔らそうな毛をなでまわそうとした邪念を見透かされた?
あるいは、このダンジョンで大量に狩りまくったシルバーラビットの怨念が、このラビに取り憑いているのだろうか?
……止めよう。
考えても、ろくな結論にならなそうだ。
「それで、どうやってシルバーラビットを従魔に?」
ダンジョンに出現するモンスターはかなり低確率だけど、いくつかの方法で従魔にできる。
モンスターと戦って、殺さない程度にダメージを与えて屈服させる。
他のモンスターと交戦中に助力したり、手負いの傷を治療したり、食事を提供して感謝させる。
などの方法がある。
けど、いずれ方法でもモンスターを従魔にできるのは低確率なので、狙ったモンスターを相手に上記のことを繰り返しても従魔できるものじゃない。
「えっと、新しい魔術の練習をしていたら、従魔になりました」
スナオの説明はまったく説明になっていなかった。
「新しい魔術っていうのは?」
「新しく獲得した回復魔術と、これです」
言いながらスナオは火属性の双魔の杖を装備して、直径一メートルぐらいの二枚の赤くて薄いステンドグラスような半透明の円盤を空中に生み出した。
「これは?」
「開発中の魔楯です」
「魔楯?」
「はい、魔弾みたいに魔力で生み出した楯なので、魔楯です。常時、死角をカバーできないかと、工夫して生み出してみました」
「常時、死角をカバーできるのは凄い。この魔楯の性能はどんなものなの?」
「それは……」
スナオは悔しそうにうつむいて、ゆっくりと説明してくれた。
うーん、スナオは現状の魔楯の性能に納得できていないようだけど、説明を聞く限り現状でも十分に有用だと思う。
魔楯の原理は魔弾とほぼ同じで、属性に変換した魔力を弾じゃなくて、円楯のように円盤状にするというもの。
ただし、一つの魔術として込められた魔力量は魔弾も魔楯も同じなので、薄く引き伸ばされて面積が大きくなる分だけ魔楯の方が魔力の密度が低くなってしまう。
結果として、構築した魔楯には魔弾ほどの強度がなく、使用を想定していたゴブリンスナイパーの狙撃を防ぎきることは難しいらしい。
それでも、奇襲からの不意打ちの一撃を少しでも減速させたり、軌道を反らせられるなら有効だと思うんだけど、この魔楯の性能はスナオにとって不服のようで、説明のときに一際悔しそうな表情を浮かべていた。
「でも、その魔楯をどう使って、シルバーラビットを従魔に?」
「防御力の向上と展開速度の向上のために、魔楯をシルバーラビットに蹴らせて練習していたんです」
シルバーラビットのトータルの戦闘能力はともかく、瞬間的な速度と攻撃力はなかなかのものだから、魔楯の練習相手として選ぶのもわからなくもない。
「ちょっと、やってみますね。ラビ!」
「キュ」
床に下ろされてスナオに声をかけられたラビは、以心伝心という風に嬉しそうに駆けていく。
ラビが位置につくと同時に、スナオは魔楯をさらに二枚構築して、前面に合計で四枚の魔楯を重なるように並べる。
「キュー」
ダンジョンで出てくるシルバーラビットと同じで、ラビは突進を予告するように首を傾げて、魔力が後ろ足に集まっていく。
突進。
蹴撃。
衝突。
衝突。
衝突。
衝突。
一瞬で、スナオの前面に展開されていた四枚の魔楯が砕け散ってしまう。
けど、ラビの突進も止められて、その蹴りはスナオの体に届かず、床でグッタリとしている。
「えっと、スナオ……ラビは大丈夫なのか?」
「ええ、大丈夫です。すぐに、回復します」
全属性の双魔の杖を装備すると、先端をラビに向けると全属性魔弾に酷似した光る魔弾を構築して、躊躇うことなく撃った。
「おい、スナオ!」
いきなりスナオの従魔を撃ったようにしか見えない光景に、口から出てきた声が思わず鋭くなる。
これまでシルバーラビットを含むモンスターをジェノサイドしてきたから、いまさらなら気もするけど、はたから見ていると友人がウサギを射殺しているようにしか見えない。
「え? ああ、あ、あの、どうしました?」
スナオが怯えるように、微かに震えている。
「キュウ」
冷たくじんわりと重くなりかけた雰囲気を打ち破るようにラビの元気な声が響き、スナオの足元に駆け寄り甘えるように体をこすり付けている。
魔弾を撃たれたはずのラビに傷は確認できず、それどころか四枚の魔楯を打ち破ったダメージもなくなっているようだ。
「これは?」
「回復魔術で生み出した回復の魔弾の効果です」
「そうか、回復の魔弾か……勘違いをしたみたいだ。すまない」
スナオに謝罪しながらも、回復魔術の完成度に感心する。
回復魔術は、イメージ力の差によって性能が大きく変わってしまう魔術のなかでも、特に性能というか効果の安定しない魔術になっている。
まあ、回復魔術の効果が安定しない理由は、回復魔術を行使する状況というか、対象の状態が一定じゃないというのも大きいかもしれない。
小さい擦り傷から、打ち身、骨折、内臓損傷、各種状態異常まで、回復魔術はスキル熟練度も関係しているけど、基本的に全てのケースを回復させることが可能らしい。
けど、擦り傷、骨折、状態異常を単一のイメージで回復させるのは難しいらしくて、目視できる傷は回復できるけど、骨折や内臓損傷は無理という人もいるし、状態異常は治せるけど、傷を治すのは苦手という人も普通にいる。
イメージ力で回復できるものに差が出るので、ベテラン探索者ほど回復はポーション任せで、回復魔術は予備というか、保険的な意味合いが強くて、あまり頼りにする探索者は居ない。
まあ、ボクの回復魔術がどの程度になるか知るには、土と水属性がもう少し成長しないと、回復魔術のスキルを獲得できない。
全属性魔弾を狩りで使用すれば、全ての属性に熟練度が一度に入るから効率的なんだけど、最近の狩りだと光属性を多用しているので、土と水属性の成長は少し足踏みしている。
「いえ、気にしないで下さい。さっきみたいに魔楯をシルバーラビットに攻撃させて、ダメージを負ったら回復魔術で回復させていたんです。これなら魔楯の練習をしながら、回復魔術の熟練度を効率的に入手できるので」
「なる……ほど」
確かに、魔楯と回復魔術のスキル熟練度を効率的に入手できるから、一石二鳥の方法ではある。
いくつかある回復魔術のスキルのデメリットのなかでも、スキル熟練度の問題はなかなか大きい。
回復魔術のスキルは、他の属性魔術のスキルと違って、虚空に向かって空撃ちしても、スキル熟練度がまったく成長しない。
回復魔術のスキル熟練度を成長させるには、回復魔術を使用して傷や状態異常から、回復させないといけない。
けど、この熟練度の加算も対象が軽傷や軽度の状態異常の回復だと少量で、対象が重傷や重度の状態異常じゃないと、なかなか成長を期待できない。
黎明期にはわざわざ自傷してスキル熟練度を稼いだ者もいたらしい。
自傷よりも安全な方法として、モンスターを殺さない程度にダメージを与えて、回復するというスナオが取った手段も存在するけど、ゲームと違ってモンスターが相手でも必要以上に痛めつける行為に良心がやられて、回復魔術の成長を諦める者もいるらしい。
まあ、スナオは大丈夫なようだし、ボクも不必要に痛めつける趣味はないけど、モンスターを技の練習台にしても心が痛まない程度に順応している。
「なら、ラビは屈服させて、従魔にしたんだ」
「多分、そうだと思います」
スナオが肯定の言葉を口にするけど、ボクは内心で首を傾げる。
ダメージと回復のループで屈服させて従魔になったというにはラビが、スナオに懐きすぎているような気がする。
それだけラビがスナオを認めたという可能性もあるけど、あるいはあのウサギがドMに目覚めて痛めつけられることを求めるようになった……とか?
まあ……ないか。
でも、それなら、ラビが嬉々としてスナオの魔楯に突進したのも納得できる……気がする。
次回の投稿は六月一八日一八時を予定しています。




