連れてくる友
「ブヒィイイ」
風をまとわせた籠手で、雄叫びと共に突き出されたオークの槍を反らし、踏み込みのタイミングに合わせて風を足裏で破裂させ、拳が革鎧の上からオークの脇腹にめり込むと同時に、魔力で構築して圧縮した風の力を一気に解放する。
「ブッバ」
オークの巨体が五メートルくらい派手に吹っ飛ぶ。けど、見た目ほどダメージがそれほどないのか痛がりもしないで、すぐに遅滞なく起き上がる。
うーん、なんか違う。
数日かけて新しい防具と杖を作って、ようやく完成した籠手型双魔の杖をオークで試しているけど、なかなか簡単じゃない。
脳内イメージでは、新しい魔術ダッシュで踏み込みを強化して、その反動と勢いを拳に乗せて、命中と同時に拳の接触面で、風の力を破裂させて、打撃力の強化か、体内部へダメージを与えられると思っていた。
けど、実際の踏み込みは普段の魔術ダッシュのような移動強化にしかなっていないし、拳の衝撃が伝わりきる前に風を破裂させてしまったから、オークを吹っ飛ばすだけになった。
ちなみに、新しい魔術ダッシュは従来のように風の力を放出するんじゃなくて、圧縮した風の力を足裏で破裂させることで、瞬間的にさらなる加速を得るようにしている。
この新方式、魔術ダッシュの時は、特に気にならないけど、スナオが断続的に風の魔術を破裂させる新しいホバー機動をするとスピードも上がったけど、それ以上になかなか五月蠅い騒音を響かせることになる。隠行のスキルの恩恵も打ち消すような刺激的な騒音だ。どのみちボクはこの新しいホバー機動も、遊び以外で使用することはないと思う。
まあ、やってることは、魔術で構築した風の玉を破裂させることとほぼ同じだ。
だから、風を放出するのと違って、打撃の強化になるような気がしたんだけどね。
それと別に、ボクの魔術を構築するイメージ力が急激に上がったわけじゃない。
装備している籠手と脛当て型の双魔の杖を制御特化型の物にした恩恵だ。
スナオは制御特化型の脛当てを装備しなくても風の魔術を破裂させられるけど、ホバー機動や魔術ダッシュに応用できるという発想がなかったようで、ボクが制御特化型の脛当てを装備して、思いつきで試したらハトが豆鉄砲をくらったような表情をしていた。
一応、籠手と脛当て型双魔の杖は、威力特化型、バランス型なども試したけど、最終的に制御特化型に落ち着いた。
これも予定だと攻撃力の高そうな威力特化型を装備して、モンスターを相手に無双しているはずだったんだけど……装備できなかった。
いや……まあ、一応、威力特化型も装備はできるし、魔術も発動させることはできる。
できるけど、あれは狩りで使えるような代物じゃなかった。
燃費が以前の杖に比べて倍以上と予想外に悪かったけど、魔力量に余裕があるから、これは別に問題なかった。魔力を属性に変換して、魔術を構築する速度も想定以上に遅くなったけど、これもタイミングと運用を工夫すれば克服可能な問題だ。
問題なのは、威力特化型での魔術の制御だ。
威力特化型の脛当てを装備して魔術ダッシュをしようものなら、移動力が強化されるどころか、発動のタイミングがズレたり、見当違いの方へ飛び出して、進行方向をまるで制御できなかった。
慣れの問題だと思って威力特化型の脛当てを装備して魔術ダッシュの試行錯誤をしてみたけど、新型防具の強度を痛みと共に確認して、ローヒールポーションを消費する事態になってしまった。
細かい制御を必要としない零距離でのみ魔術を発動させる籠手なら、威力特化型でもいいんだけど、制御特化型なら拳や手の平だけじゃなくて、裏拳や籠手の部分で魔術を放ったりできるから、気休め程度の防御力だけど風を籠手にまとわせたりと、かなりの応用が利く。
なので、ボクが装備する籠手と脛当て型双魔の杖は威力特化型でも、バランス型でもなく、制御特化型になった。
制御特化型を装備して、魔術を破裂させたり、足の甲から魔術を放ったり、イメージ力が低くて難しかったことを地道に修練すれば、いずれバランス型や威力特化型でも再現できるんじゃないかと、達成できる根拠も目処もまるでないけど思いたい。
手持ちの新しい双魔の杖のなかで威力特化型は射程と命中精度が犠牲になっても、実用性が維持できる闇属性だけで、これで威力特化型の制御に慣れることができないかと、空虚な希望的観測を抱いている。
全属性はバランス型だと現状の強化、制御特化型だと全属性魔弾の構築速度の上昇、威力特化型は魔力が暴れてスナオでも全属性魔弾が構築できないから論外だったけど、最終的にトータル的に優れていた面白みのないバランス型にした。
光属性の双魔の杖は魔術の玉を破裂させると、フラッシュバンのように目潰しになるので、制御特化型にしている。
まあ、破裂させても、スナオのものよりも範囲も明るさもショボイけど、ゴブリンスナイパーへの対抗手段が増えるのはいいことだ。
「ブギィイイイ」
怒り狂ったようにオークが槍を縦横無尽に操り、空間をなぎ払うように振り回す。
オークは適当に大振りしているように見えるけど、スキルの恩恵なのか振りは鋭く意外に動きも全体的にコンパクトだ。
けど、ジェネラルクラスを狩ってレベルアップしたから、オークの動きは現状でも十分に速いけど、すでに余裕を持って対処可能なものだ。
見えた間隙に合わせて新しい魔術ダッシュでオークの懐に飛び込み、踏み込む足元で風を破裂させて、跳び上がるように繰り出した拳が顎を捉える。
わずかに遅れて風の魔術がオークの顎の下で破裂して、再びオークが宙に舞う。
やっぱり、タイミングがズレている。
なかなか難しい。
でも、体術と風魔術のスキルの感覚的にタイミングがシビアだけど、拳と風の玉の破裂による攻撃力の強化は可能な気がする。多分、拳の衝撃が伝わるタイミングに合わせて、風を破裂させる感じだ。
なので、顎への打撃で脳が揺れたのか、足が小刻みに震えているオークには悪いけど生きたサンドバッグとして練習に付き合ってもらう。
それから繰り返すこと二〇回、オークが吹き飛んだ。
弱い者イジメをしているような罪悪感が心をついばむように去来している気がするけど、考えないように意識を練習に集中させる。
体術のスキルを全開で意識して、踏み込みから刹那のタイミングを見極め、体を制御する。
地面を陥没させるような勢いの踏み込みと破裂させる風の魔術を連結させて、発生した力の奔流を殺すことなく、むしろ体内で螺旋状にさらに加速させて、衝突点となる拳へと集束させる。
拳がオークの胸部にめり込み、力が全て相手の体内に伝わる瞬間、融合して加速させるように待機させていた風の魔術を発動と同時に破裂させる。
押し潰すような破砕音と共に、オークの胸部が小規模なクレーターであるかのように陥没する。
明らかに致命傷で、しぶとくて頑丈なオークでも、耐えられるレベルのものじゃない。
これはボクとしても予想外の威力で、
「ブバァアアア」
だから、オークが断末魔と共に口から放出した生暖かくて、鉄錆のような生臭いドロっとした血の噴水を避けることができなかった。
成功の高揚感をヌルヌルとした血液の感触が、盛大に盛り下げてくれる。
肩を落としながら清浄のスキルで、全身を覆うオークの血液を綺麗に消す。
気持ちを切り換えるように深呼吸をしてから、落ちついた心で新技の成功を噛み締める。
まあ、冷静な心で分析すると、高威力のトリオシックルと三魔の剣鉈があれば、この新技の出番はあまりないような気もするけど、非常時の奥の手にはなるかもしれない。
オークの武器をズタ袋に放り込みつつ、三魔の剣鉈でオークを解体すると、さらに気分が沈む。
オークの皮と肉が、ボクの打撃でボロボロになっていて、再利用する手間を考えると持って帰る気にならない。さらに胸部を開いて魔石を取ろうとするけど、そこには粉々になった魔石の残骸しかなかった。
革鎧の上から胸部の奥にあるオークの魔石を粉々にするほどの威力があったと喜べばいいのか、少しだけ微妙な気持ちになってしまう。
とりあえず、拳による打撃と風魔術の破裂は、風裂と命名してみる。
風裂を成立させる力の流れと、魔術を発動させるタイミングはなんとなくわかった。
練習の相手には人型のオークが一番なんだけど、再出現するまでは威力特化型の闇属性の杖で魔力切れにしたランスホーンで、風裂をさらに習熟するしかない。
拳で風裂の発動が完璧になったら、裏拳、肘、膝、回し蹴り、前蹴りと応用を一つ一つ広げていく。
それから一日かけて、オークとランスホーンを練習台にして、あらゆる体術の攻撃で風裂を発動できるようになったから、やり遂げた心でセーフエリアに帰還したら、別行動していたスナオが待っていた。
スナオまでボクの主義に合わせる必要ないんだけど、自力で狩るようになるまではオーガの装備に手を出さないで、新型防具で妥協してくれた。
でも、ボクと違って、籠手は双魔の杖じゃなくて、新型の防具になっている。スナオは体術をあまり使用しないから、籠手型双魔の杖は不要という判断のようです。
最終的にスナオの双魔の杖は、全てバランス型になっている。色々と魔術を試してみたいといって、今日は第二層で狩りをしていたはずなんだけど。
「キュー」
そのスナオが抱えたシルバーラビットがあいさつするかのように、愛らしく鳴いた。
…………シルバーラビット?
シルバーラビットはモンスターである。
そしてモンスターはセーフエリアに侵入できない。
ダンジョンの入口付近の例外はあるけど、これはスタンピードが発生した場合でも、揺らぐことのないルールだ。
なのに、シルバーラビットがセーフエリア内にいる。
あのアンゴラウサギのようなモフモフの毛並みは毎日の就寝でお世話になっているから、見間違えるはずがない。
見間違いじゃないということは…………ダメだ。
軽くパニックって、糸か絡まるように思考が絡まって頭がまったく働かない。
「それは、なに?」
指差し確認するボクに、スナオは抱えたそれを紹介するように応じた。
「シルバーラビットのラビです」
「キュ」
スナオの言葉に反応するように、シルバーラビットのラビが小さく鳴く。
「いや、そうじゃなくて……えっと」
シルバーラビットだからラビって、安直じゃないかとか、優先度の低い思考が脳裏に浮かんでくるけど、状況を把握するための適切な言葉は、混乱して上手く出てこない。
「予定外ですが、魔術の練習をしていたら、従魔になりました」
ボクと違って慌てることなく落ち着いて告げるスナオの言葉に、ボクの迷走する思考は落ち着いてくる。
「従魔?」
「はい、従魔です」
「マジで?」
「マジです」




