ニート、中二モードを見られる
次の日には役所の人間が調査員を連れて、ダンジョンの調査に訪れた。
役所による調査はスムーズに行われて、三日で第三層まで出現するモンスターを調べつくして、あのダンジョンの危険度をC級に認定した。
それと平行して、監視カメラと駅の改札のようなゲートと魔力計が初日に設置された。監視カメラとゲートと魔力計は無資格探索者の挑戦を予防して、探索者とダンジョンの探索状況を国が確認して、的確に管理するためらしい。
出現したダンジョンを探索しないで放置していると、ダンジョン内の魔力濃度が徐々に上昇して、ダンジョンからモンスターが大量に溢れ出るスタンピードが引き起こってしまう。その予防のためにも監視カメラとゲートと魔力計から素早く情報を収集する必要があるらしい。
スタンピード対策でモンスターがダンジョンから出てこれないように、一度入口をコンクリートで封鎖して大惨事になったことがある。封鎖された入口は謎の大爆発で開放されて、低魔力濃度なのに長期間のスタンピードが引き起こされた。
それらの経験から、この国と国民は、監視カメラとゲートと魔力計を設置する費用と作業を国が負担することで、ダンジョンが出現した土地の所有者ともめることが…………あまりない。
四日目には、兄があのダンジョンの管理者になって、ボクが専属の探索者になっていた。
この役所の調査が行われている期間、ボクは万が一にも外部の人間に接触したり目撃されるなと言明されていたので、離れから出ることも事実上禁止されていた。
まあ、役所の調査員の案内なんて任されても、何年も家族以外の他人とほとんど会話をしていないボクにつとまるわけもないので、むしろ助かったと言える。
でも、ボクはただ引きこもっていたわけじゃない。新たに余っていたスキルポイントを消費して、魔力操作と魔力循環を獲得した。
魔力操作は魔術系スキルの習得に必須のスキルで、魔力循環は獲得して起動すると身体能力、体力回復、魔力回復、魔術系スキル全般が、わずかに上昇するらしい。
両方とも、他のスキルと併用は問題ないようで、魔力感知のスキルで感じ取った魔力を魔力操作のスキルで操作して、魔力循環のスキルで魔力を体中に循環させた。最初は牛歩の循環だったけど、すぐに高速でよどみなく魔力を循環させることができるようになった。
魔力の高速循環を維持した状態で、隠行と索敵のスキルを併用して、ギロチンシックルの素振りをひたすらおこなった。
明るい光の下で、改めて見たギロチンシックルは刃も柄も真っ黒で、微細で禍々しいエングレービングの装飾が施されていて、ボクの中二心を充足してくれる一品だった。
ただのスキル訓練と素振りのはずなのに、ギロチンシックルがかつての中二な脳内設定で存在した、闇の処刑人の装備と見事に一致していたので、楽しくてしょうがなかった。
始めは難しかった動きながら複数のスキルを併用して、スムーズに魔力循環を行うことも、闇の処刑人序盤の修行編だと思ったら、まったく苦じゃなかった。
でも、役所の調査が終了したと報告にきてくれたアンナに見つかったときは、死ぬかと思った。
というか、死にたくなった。
中年にもなって、年頃の姪に中二モードの自分を見られた。
アンナはとくにリアクションもせずに、ボクがあのダンジョンの専属の探索者になったことと、以後、生活費は支払われず、むしろ、離れの家賃として月々一〇万円を支払うように告げて、調査員の報告書を置いて行った。
「叔父さん……叔父さんさぁ、いい年なんだから、ごっこ遊びもほどほどにね」
という言葉と絶対零度の眼差しを残して。
もう生活費が支払われず、家賃を支払うことは、自分みたいな無能に可能なのかと戸惑いや不安もあるけど、むしろ、一人の人間として認めてもらえたようで、少し嬉しかった。
そんな感想がボクのなかを駆け巡り、すぐさま圧倒的な茜色の轟音のような羞恥心に塗りつぶされた。
あれから、二四時間で自分をなんとか再構築して、体形が変わったせいでぶかぶかになった私服に着替えて外出する。
ダンジョンに持って行ったリュックサックよりも、小さいリュックサックに魔石とゴブリンの角とコボルトの犬歯を詰め込んで、自転車に乗って出発する。ゴブリンやコボルトの武器はかさばるから、今回は持っていかない。
自動車やスクーター?
運転免許証すら持っていませんが?
まあ、目的の探索物買取所まで自転車で三〇分もかからないし、今の身体能力ならもっと短縮することもできるので、移動手段がなにかは些細な問題だ。
駅近くの都市部に出現したE級ダンジョンのすぐそばにある探索物買取所。予想通り、店周辺はガラガラで人がいない。
でも、近くにあるE級ダンジョンが寂れているというわけじゃない。むしろ、第一層にはゴブリン以下のジャイアントラットクラスのザコしか出現しないので、安全に探索できるとエンタメ感覚でパートタイムの探索者をやるエンジョイ勢には大人気だ。
ただ、近くに民間の買取所があるので、少しでも高く売りたい探索者はみんなそっちを利用している。
役所が管理している買取所は、需要が高くても低くても常に定価での買い取り。物によっては民間だと二倍から三倍の買い取り価格になることも珍しくない。だから、よほど急いでいたり、特別な理由でもないかぎり、公的な買取所を利用する者はいない。
利用するのは、ボクのような人ゴミがダメというか、人がダメな人間なのだろう。
ありがたいことに、店内に利用客はいない。店員が一人いるだけだ。
「いらっしゃいませ」
店員は穏やかな雰囲気の若干地味な印象の青年だった。
内心ガッツポーズをした。
別に、ボクはBL的な感性を持っているわけじゃない。
ただ、店員がもう少しリア充な雰囲気をしたイケメンだったら、すぐに撤退していた。
まあ、店員がヤンキー系や体育会系や頑固な職人系、そして若い女性だった場合でも即座に撤退するだろう。そういった人種とボクのコミュ力で会話が成立するとは思えないからな。
そういう意味でこの店員は威圧されるわけでも、圧倒されたり、しり込みさせられたりするわけでもないので、当たりなのだ。
あれ……どう、話しかければいいんだ?
いやいや、買い取って欲しい物をカウンターに出して、買い取りお願いしますって言うだけだ。
常連じゃないんだから、話しかける必要なんてない。
いや…………でも、あいさつは必要か?
コンビニの店員には普通あいさつしない…………しないはずだ。だから、この場合も不要か?
しかし、買い取ってもらう相手に、あいさつをしないのは失礼なんじゃないか?
けど、アニメやマンガだと店員にあいさつはしていないはずだ。
ここで下手にあいさつなんてしたら、相手の心理的な負担になるんじゃないか?
あるいは、変な奴だと思われてしまうかもしれない。
うーん、とりあえず、買い取りお願いしますだけ言って様子をみよう。
カウンターに物を置いて、買い取りお願いします。
カウンターに物を置いて、買い取りお願いします。
完璧だ。
カウンターに物を置いて、
「か、かか買い取りお願いしまひゅ」
失敗した!
いますぐ消えてしまいたい。
顔が熱くて、表情筋が引きつるがのがわかる。
「探索者証はございますか?」
ナイスな店員だ。
見事にスルーしてくれた。
「は、はい」
財布に入れていた探索者証を店員に渡す。
「ありがとうございます。では、品物を確認させていただきます」
「お願いします」
ダンジョンで手に入れた物は専門店で探索者証を提示しないと、買い取ってもらえないのを完全に忘れていた。
「査定には少しお時間がかかるで、よろしければ店内をごらんになっていてください」
「お願いします」
確かに、店員が査定しているところを観察しても、精神的にしんどいので、軽く頭を下げてカウンターを離れる。