閃光する友
現状で問題なのは、知覚範囲外の遠距離から狙撃してくるゴブリンスナイパーの存在と、ボクの負傷に動揺してスナオが本来の実力を出せていないことだ。接近中のゴブリンジェラルの群れに交じっているゴブリンウィザードの能力が未知数で少し怖いけど、群れ自体はボク一人でも対処可能だと思う。
これなら魔弾が得意なスナオがゴブリンスナイパーの相手をして、ボクがゴブリンジェネラルの群れの相手をした方が良さそうだ。
「スナオ」
見るからに硬い動きで魔弾を連射してゴブリンジェネラルの群れの進行を牽制しているスナオに声をかけると、マスクで表情は見えないけど明らかに慌てた口調で応じてきた。
「え? ジャ、ジャックさん、大丈夫なんですか?」
「籠手に穴が開いてるけど、ポーションを飲んで傷は治したから大丈夫」
なんでもないように、矢の刺さっていた腕を振るって見せる。
「よ、よかった」
「ゴブリンジェネラルたちに、魔弾を曲げて命中させられる?」
ボクの言葉に、スナオはうつむいてしまう。
うん、予想外の出来事に動揺して実力を十分に出せなくて、落ち込んでしまう気持ちはわかるけど、魔弾の連射まで止めないでもらいたい。ボクの魔弾の連射だけだと、ゴブリンジェネラルの群れの進行を遅らせる牽制として心許ない。
「それは……」
別に、動揺するスナオを咎める気はない。
元々、ボクは他人を咎められるような上等な人間でもないし、どのような状況でも動揺しない鋼の心を持っているわけじゃないから、動揺して実力を出せないくらいでスナオを責めるような恥知らずなことはしない。
でも、できることはしてもらう。
「そっか、まあ、魔術の制御は精神状態に影響されやすいからね。なら、現状で三〇〇メートル先の目標を魔弾で撃ち抜ける?」
「…………静止目標なら確実に撃ち抜きます」
スナオがゴブリンジェネラルの大楯を魔弾で猛射しながら、はっきりと断言する。
「なら、あっちのゴブリンスナイパーの相手はスナオに任せた。ボクはこっちのゴブリンジェネラルの群れの相手をしてくる」
「わ、私がゴブリンスナイパーの相手を? で、でで、でも、あれはジャックさんが手傷を負った相手なんですよ」
うーん、スナオのなかでボクはどんなイメージなんだろう。どんな難局でも傷つくことのない無敗の英雄か、なにかだろうか。存在を強く実感できる極限のしのぎ合いを好む、少しだけ戦闘狂の気質があるかもしれない、本質的なところはダメダメだったニートから成長していない、平均以下の人間だと思うんだけど。
むしろ、すでに遠距離なら、スナオの方が実力的に圧倒しているから、そんな凄い自分こそ自信にしてし欲しいものだ。
「手傷ならこれまでにも、コボルトからオークまで色々な相手に負わされている。でも、そいつらをスナオは狩れている。だから、落ち着いてやればゴブリンスナイパーも狩れるよ」
「……わかりました。ジャックさんもゴブリンウィザードに気をつけて」
「了解。隠行をオフにして、魔術ダッシュで飛び出すから上手く活用して」
「了解です」
スナオの返事を聞いて、少し怖くて不安だけど、無様に怯えるダサい姿を友人に見せたくないから、遅滞なく隠行のスキルをオフにして魔術ダッシュで飛び出して木々の間を駆け上がる。
安全のために、木がなるべくゴブリンスナイパーの射線を遮るように動く。
背中や足元の空間を一定のテンポで、暴風をまとったような矢がえぐるように通過する度に、その迫力に心臓が凍てつく白い手で握られたかのようにドキリとしてしまう。
索敵のスキルで飛んでくる矢を警戒しながら、ゴブリンジェネラルの群れに魔弾を上からばら撒いて、注意がスナオに向かないようにする。
大楯に防がれる魔弾は、まるで傘に阻まれる雨のようだ。
群れの側面を狙うように、魔弾で牽制しながら木々を魔術ダッシュで蹴って移動する。
時々、ゴブリンスナイパーの矢が途切れるけど、止まりはしない。
まだ、スナオはゴブリンスナイパーを狩れていないようだ。
……うん?
ゴブリンスナイパーの矢が、ボクから大きく外れるときがある。
ランダム?
いや…………上下の移動か。
どうやら、ゴブリンスナイパーは立体的な三次元の機動をする標的を狙うのが得意じゃないようだ。
意図的に上下の機動を増やす。
けど、ゴブリンスナイパーが慣れないように、タイミングや動きの幅は不規則にする。
中央でゴブリンジェネラルに守られたゴブリンウィザードの魔力が高まる。
魔弾で妨害を試みるけど、ボディガードのようなゴブリンジェネラルの大楯に防がれる。
ゴブリンウィザードはゴブリンメイジより強い魔力を素早く制御している。どんな魔術でも動揺しないで対処できるように緊張感を高めて警戒しながら、少しだけ未知の魔術に好奇心が期待してしまう。
ゴブリンウィザードが魔術を放ってくる。
ゴブリンメイジのものよりも大きくて速い闇の玉が迫ってくる。
相殺。
うーん、光属性の魔弾が闇の玉に一〇発命中しただけで、相殺できてしまった。相殺するのに、魔弾を一〇発必要なのは凄いのかもしれないけど、驚くような意外性がなくて少しガッカリだ。
これなら手間だけど、対処可能だ。
でも、残念だ。
全属性の双魔の杖があれば、魔術ダッシュで時間を稼ぎながら、全属性魔弾を構築してゴブリンジェネラルの大楯を攻略できるのに。
閃光。
突然、強烈な光が、穏やかなヴェールのような第三層の暗闇を蹂躙する。
モノクロな暗闇の世界に慣れた視野が、光で妨害される。
方向的には、ゴブリンスナイパーの方だ。
あの光からは魔力を感じたから、やったのはゴブリンスナイパーじゃなくて、多分だけどスナオだ。
群れの動きを索敵と魔力感知のスキルで警戒しながら、遠見のスキルで強化された視線をゴブリンスナイパーの居た場所に向ける。死んだのか、負傷しただけなのかわからないけど、立っている姿を確認することはできない。
スナオに目を向ければ健在で、猟銃型双魔の杖をゴブリンスナイパーじゃなくて、ゴブリンジェネラルの群れに向けている。
やっぱり、あの閃光はスナオがやったことで、ゴブリンスナイパーをすでに狩ったのか。色々と魔弾は曲げられなくても、閃光は生み出せるのかとか、疑問はあるけど、とりあえずそういうのは後だ。
異なる二つの方向から魔弾を撃たれれば、ゴブリンジェネラルの群れもすぐに狩れる。
隠行をオフにして存在感の増したボクに群れの注目が集まっているから、警戒していない横から飛んできたスナオの魔弾によってゴブリンジェネラルが一体頭を撃ち抜かれて地に沈む。
残りは四体のゴブリンジェネラルと一体のゴブリンウィザード。
ゴブリンウィザードを守るように、二体ずつボクとスナオの射線を遮るように布陣する。
「「「「グギャア」」」」
四体のゴブリンジェネラルが同時に咆哮を上げる。
咆哮による相互強化で、ゴブリンジェネラルだけじゃなくてゴブリンウィザードの魔力も急激に強化される。
警戒はするけど、焦りはしない。
強化されると強くて速くなるけど、動きが直線的になりやすいから、予想外の速度じゃなければ十分に対応できる。
「うおっ」
ゴブリンジェネラルの予想外の動きに驚きの声が自然と口から出てしまった。
ゴブリンジェネラルの一体が大楯で魔弾を防ぎながら、飛び上がってきたのだ。
まあ、身体能力的に近似のコボルトジェネラルができるなら、ゴブリンジェネラルだってきるか。咆哮で強化されているから、大楯を装備していても木々を駆けるくらい容易だろう。
驚きはしても、動揺することなくゴブリンジェネラルの軌道から避けて、トリオシックルの刃を交差するように残す。
「ちっ」
トリオシックルの性能に依存して、振りが雑になってしまった。わずかに引っかかるような手ごたえを伝えるトリオシックルは、それでも火花と血飛沫を撒き散らしながらゴブリンジェネラルを大楯ごと上下に両断する。
ゴブリンウィザードの魔力が急激に高まり、魔術を放ってくる。
ゴブリンジェネラルを両断した直後で体勢が悪いけど、さっきと同じ魔術なら十分に余裕を持って相殺できる。
「クソ」
ゴブリンウィザードは一度に四つの闇の玉を複雑な軌道で減速することなく放ってきた。
さっきは様子見として手加減した?
ゴブリンジェネラルの強化の影響で魔術も強化された?
疑問はあるけど、まずは現状に対応しないといけない。
けど、不安はない。
飛んできたのは火や風じゃなくて闇の玉だから、命中しても魔力を削られるだけで、肉体的なダメージはそれほど大きくないはずだ。魔力量に余裕のあるボクなら、多分、一、二発ぐらい命中しても魔力切れになったりしない……多分。
相殺。
跳躍。
相殺。
跳躍。
残り二つの闇の玉がスナオよりも自在に細かな軌道で制御されて、左右から追尾しながら挟み撃ちにするように迫る。
けど、この速度なら魔術ダッシュで振り切れる。
その後、さらに追尾されても、相殺する余裕は確保できる。
衝撃。
避けたと思った直後に、闇の玉が至近距離で炸裂した。
慢心だ。
ゴブリンメイジが魔術の玉を爆発させられるんだから、ゴブリンウィザードにできないわけがない。
闇の玉は予想以上の威力で、ボクの残った魔力の半分を削られてしまった。
けど、いまはそれよりも、重要なことがある。
全身に鈍く痺れるような熱い痛みが走り、同時に根拠も道理もないのに心を絶対的な恐怖に一瞬で占拠されて、魔術ダッシュによる機動が強制的に中断された。
墜落。
一〇メートル以上の高さから無防備に落ちて全身を衝撃が襲うけど、防具とレベルアップで体が頑丈になったから、ダメージは軽い打ち身以下のものだ。
怖い。
高いところが怖くて、ダンジョンが怖くて、暗闇が怖くて、モンスターが怖くて、魔術が怖い。
探索者としての自分が偽造されたもので、それが剥ぎ取られて惨めで臆病な自分が無防備に露出してしまったような気持ちだ。
全身に走る痛みは命を凍てつかせるような悪寒まで帯び始めている。
動かないといけないのに、分類できないほど多様で複雑な形容しがたい恐怖によって、全身が硬直して動くことができない。
「グギャギャギャ」
言葉の正確な意味はわからないけど、ゆっくりと近づいてくるゴブリンジェネラルがボクを侮蔑するように嘲笑しているのはなんとなくわかる。
一対一で戦えば負けない相手に侮られているのに、尊厳の灯火のごとき悔しさがボクの内からまったくわいてこない。
泣き叫ぼうとする声すら、黒くて冷たく燃え広がる恐怖に締め上げられて出てこない。
「ジャジャ、ジャックさん、キュアって、えっと、ローキュアポーションを飲んで!」
遠くからやけにクリアに聞こえる慌てたスナオの声が、頭のなかで反響する。
恐怖も痛みも消えていないけど、なんとか意志を総動員することで、右腕を動かしてポーションベルトからローキュアポーションを取り出して口に運ぶ。
柑橘系とミントを合わせたような爽やかな酸味が口のなかに広がると同時に、あれだけ心身を蝕んでいた痛みと恐怖が消え失せた。
多分、ゴブリンウィザードの闇魔術に仕込まれた状態異常の毒と精神異常の恐怖になっていた。
無様なことだ。
毒はともかく、架空の薄っぺらい模造品の恐怖に振り回されていたなんて、目を背けるように絶望したくなる。
でも、それはこいつらを狩ってからだ。
落下したときに、双魔の杖とトリオシックルを手放してしまった。
デュオサイズはコンテナブレスレットに収納されているけど、この地形だと使いにくい。
三魔の剣鉈を右手に装備する。
疾走。
一閃。
「グギャアアア」
余裕でこちらを侮蔑して、さっさとボクを攻撃しなかったゴブリンジェネラルの左腕を大楯ごと両断した。
ゴブリンジェネラルは残った右手の剣でオークよりも速いスピードで反撃してくるけど、雑な一撃だったから避けながら肘鉄で問題なく手首を骨ごと粉砕した。
「グギィイイ」
痛がるゴブリンジェネラルの首を三魔の剣鉈で斬り落とす。
噴水のような生臭い血を噴き出すゴブリンジェネラルの死体を倒れる前につかんで、次の魔術の準備をしているゴブリンウィザードに向かって投擲する。
ゴブリンウィザードは魔術をキャンセルしながら飛び退いて、残るゴブリンジェネラル二体も注意をこちらに向ける。
致命的なミスだ。
三つの頭が魔弾で穴だらけになる。
スナオを相手に注意をそらすのは危険な行為だ。
まあ、こいつらにそれを反省して生かす機会は永遠にないけど。
休憩したいけど、次のゴブリンスナイパーとゴブリンウィザードに出会いたくないから、落とした武具を回収しながら死体を解体しないでズタ袋に収納しよう。
なんとも、ダサい狩りになってしまった。
スナオがボクが無様だって、失望していないといいんだけど。
次回の投稿は五月三〇日一八を予定しています。




