動揺する友
痛い。
とても痛い。
激しく痛い。
とにかく痛い。
浮かれて舞い上がった慢心を咎めるように、簡単に左腕を綺麗に射抜かれた。
一日でコボルトジェネラルを大量に狩れたから、次の日にスカスカの軽い気持ちでゴブリンジェネラルを狩るべく第三層のゴブリンの領域に、スナオと二人で挑んでしまった。
最初はゴブリンの領域を一歩進むごとに警戒して緊張感を維持していたけど、ゴブリンジェネラルの全身を隠せそうなゴブリン合金製の大楯と鎧を全属性魔弾が貫通して狩れてから、無意識のうちに緊張の糸を緩めていた気がする。
それでも、狩り自体は順調だった。
ゴブリンジェネラルはコボルトジェネラルと違って、木々を蹴って飛び回ったりしないで、地上を軍隊のように整列して進んできた。
ゴブリンジェネラルの戦法はお互いを咆哮で強化して、頑丈な大楯に隠れて間合いを詰めるというシンプルなもので、魔弾を使えるボクたちと相性がよかった。
確かに、ゴブリンジェネラルの大楯と鎧は全属性魔弾ならともかく、ゴブリンに大ダメージを与える光属性の魔弾だと、スナオが同一の場所に数発を精密に命中させてなんとか貫通させられるぐらい頑丈で、大楯に隠れられると普通に戦えばなかなかダメージを与えにくい。
けど、大楯と鎧を撃ち抜く全属性魔弾と、前面に構えた大楯を迂回するように魔弾の弾道を曲げられるスナオにとっては、練習した魔弾の曲射を確認するために最適な標的だった。
ボクも単体になったゴブリンジェネラルに接近戦を挑んでみたりした。
咆哮で強化されたゴブリンジェネラルはオーク並みの身体能力を見せて、剣や槍のスキル熟練度もオークと同等以上で一対一だと難戦するかと思ったけど、攻撃の起点が大楯での防御か、大楯を構えての突進なので、大楯と鎧を簡単に両断できるトリオシックルを装備しているボクにとっては、初撃で狩れるか、負傷した相手を二撃目で止めを刺すことになる。
ゴブリンジェネラルは魔弾、魔術ダッシュ、武器破壊を封印して、一対一で接近戦をしてようやく少し手間取るというレベルだった。
まあ、身体能力はともかく、ゴブリンジェネラルの肉体の強度はオークに届かないようで、拳、肘、膝を駆使した体術で問題なく狩れた。
だから、三つのゴブリンジェネラルの群れを狩って、四つ目のゴブリンジェネラルの群れを索敵のスキルで捉えても、それほど警戒していなかった。
もっと言えば、愚かしくも油断していた。
確かに、ゴブリンジェネラルの群れは強化された状態でも、ボクとスナオの二人なら余裕を持って狩ることができる。
けど、それはゴブリンジェネラルに対する限定的な評価で、ゴブリンの領域全体に対する広範な評価なんかじゃない。
だから、それが双魔の杖を装備する左腕に迫ったときに反応できなかった。
左腕に衝撃が走ると共に、構築していた全属性魔弾がただの魔力として周囲に拡散していく。
「えっ?」
地面に落ちた双魔の杖に手を伸ばそうとした瞬間、赤黒い痺れるような痛みが自己主張するように左腕で爆発した。
シャドーコート、アダマントコックローチの籠手、シャドースーツを貫いて、存在感のある矢が左腕に刺さっていた。
少し動くだけで、刺さった矢が傷を刺激して、断続的に鐘の音のように痛みが鳴り響く。
痛すぎて、痛いという声すら上手く出せない。
傷口から溢れ出る血が生暖かくて、肌にヌルっとまとわり付いて気持ち悪いけど、そんなことは後だ。
途切れることのない痛みの波が思考をかき乱して妨害する。
冷静に素早い判断が必要だって頭でわかっているのに、一時的にでも痛みを我慢できない。
これまでも探索中に痛みを感じたことはあったけど、ここまで行動を阻害されたことはなかった。
多分、大半が激しい戦闘の最中だから、脳内で分泌されたアドレナリンによって痛みを軽減されていたのかもしれない。
今回も狩りの途中だけど、アドレナリンが分泌されるような激しい動きをしていなかったから、痛みが軽減されることなく傷口から脳の深部へダイレクトに伝わってしまったのかもしれない。
「クソ!」
痛みで体が硬直して、膝が崩れて姿勢が低くなる。
着弾。
それが空気を押しのけながら頭上を駆け抜け、地面を割るように突き刺さった。
半分以上が地面に突き刺さった矢だ。
姿勢が崩れていなかったら、カボチャごと頭を撃ち抜かれて即死していた。
黒い焦燥が鼓動を加速させて、口のなかが急速に渇いていく。
確かに、痛みで思考と行動は停滞していた。
けど、索敵や魔力感知のスキルは起動したままだった。
なのに、射手の存在をスキルで捉えられない。
行動を縛ろうとする鎖のような痛みを振り切って、矢の飛んできた方向を見る。
居た。
大きな弓を構えたゴブリン……ゴブリンスナイパーか。熟練度も上がってかなり広範囲を感知できるようになった索敵のスキルのさらに外側、遠見のスキルでようやく視認できる三〇〇メートルぐらいのところに立っていた。
「ジャジャ、ジャ、ジャック!」
焦り含んだスナオの声に、痛みで鈍く停滞していた体が反応する。
身を反らした直後に、体の存在していた空間を矢が轟音を立てて貫いていく。
わずかな動きに反応して騒ぎ出す痛みをこらえて、危険なゴブリンスナイパーの射線から逃れるように木に隠れる。
どうする?
ゴブリンジェネラルの群れは順調に接近している。
一応、ゴブリンスナイパーの射線を木で遮りながら、スナオが魔弾を連射することで群れを牽制しているけど、ボクの負傷に動揺しているのか一体も狩れていない。魔弾の制御が乱れて、弾道を曲げたり、静止させても、目標を盛大に外している。
コボルトの群れにボコられたり、ホブゴブリンに斬られたり、ウサギに蹴られたり、オークに殴られたりしても、ボクはここまで動揺しなかった。
是非、スナオにもボクの手傷くらいで動揺しないようになってもらいたい。
このゴブリンスナイパーはコボルトスナイパーと違って、連射せずにより遠距離から矢を放つスタイルのようで、索敵の知覚範囲まで近づいてこない。
とりあえず、左腕に生えるように突き刺さる矢をどうにかしないと、思考を妨害するノイズのような痛みに邪魔されて効率的に動けない。
「ウグ」
思わず痛みでうめいてしまった。
さっそく抜こうと矢に触れた瞬間、脳内が痛みで塗り潰さる。
頑張れば一瞬で矢を引っこ抜けるかもしれないけど、発生した痛みに恐怖して決断できない。
…………ちょっとした考えが思い浮かんだ。
上手くすれば矢を強引に抜かなくても、どうにかできる……多分。
トリオシックルをコンテナブレスレットに収納して、フリーになった右手でゆっくりと刺さったままの矢に触れる。
収納。
なんとか、コンテナブレスレットの空いてる枠に、腕に刺さった矢を収納できた。
体に刺さった物でも、コンテナブレスレットに収納できるようだ。
傷口を塞ぐ矢がなくなったせいで、焦るくらい出血量が一気に増える。
少しもたついてしまったけど、ポーションベルトからローヒールポーションを取って一気に飲み干す。
口に広がる薄い甘さと共に、自己主張を続けた痛みと溢れるような出血がなくなっていく。
ついでに、清浄のスキルで腕を覆う不快な血を除去する。
痛みが消えたから落ち着いた心で、地面に落とした全属性の双魔の杖を探そうとするけど、草むらに隠れてしまったのか簡単に見つからない。
ゆっくり探せば見つかると思うけど、現状でそんな余裕はない。
ゴブリンジェネラルとゴブリンスナイパーを狩ってから改めて探そう。
というか、これで全属性の双魔の杖が見つからなくて、ダンジョンに食われたら泣ける。
光属性の双魔の杖をコンテナブレスレットから取り出して左手に、そしてトリオシックルを右手に装備する。
視線をスナオに向ければ、まだ動揺から立ち直っていないようで、群れのゴブリンジェネラルを一体も狩れていない……というか、よく見ればゴブリンウィザードが群れに交じっている。
余裕はなさそうけど、少しの時間は持ちそうだ。
木から身を乗り出して、ゴブリンスナイパーを遠見で視認して、三〇〇メートル先へ魔弾を連射する。
距離があるせいなのか、魔弾は簡単に避けられる。
ゴブリンスナイパーからの返礼で飛んでくる矢をトリオシックルで叩き落して、悠然とした動きで木の陰へ身を隠す。
慌てるのはダサいから、悠然とした動作を偽造したけど、内心ではかなり焦った。ゴブリンスナイパーの矢を叩き落せたのは、ほぼまぐれだ。距離があるから索敵で位置を事前に把握できないし、魔力感知で先読みできないから、矢の飛んでくるタイミングがわかりにくくて、体感的に実際の速度以上に矢を速く感じた。
なかなか厳しい。
ゴブリンスナイパーがこの一体だけなら、なんとかなるかもしれないけど、ここでさらにゴブリンスナイパーが追加されたらかなり危険だ。
索敵の知覚範囲外の死角から奇襲されたら、高確率で死ねる。
一応、飛んでくる矢を索敵で捉えることは可能だけど、あの速度だと反応するのも難しい。交戦中だと多分対応できない。
ゴブリンスナイパーの援軍が遠見のスキルで視認できない死角からこないことを祈るしかない。
次回の投稿は五月二六日一八時を予定しています。




