料理を食べる友
第三層のセーフエリアにて、今回の狩りで入手したコボルトジェネラル、コボルトスナイパーの犬歯と、すでに持っているアサルトハウンドの犬歯を並べて丹念に比べていく。
うーん、残念ながら素材として性能に大きな差はなさそうだ。
多分、これだとゴブリンジェネラルの角も、素材の質としてスモールブラックホーンの角と同程度にしか期待できないかな。
双魔の杖を強化するためにも、キラーハウンドの犬歯とブラックホーンの角に期待するしかない。
まあ、ゴブリンウィザードとコボルトウィザードの杖を入手したほうが、簡単かつ確実に双魔の杖を強化できるかもしれない。
ウィザードクラスの杖はメイジクラスの杖よりも長くて、取り付けられている宝石も少し大きいらしいので、新しい効果の図形のような文字と強力な宝石を入手できる……と思う。
視線を横にやると、スナオが凄いことをやっている。
セーフエリアの外に向かって、一本の双魔の杖から撃った二発の魔弾を左右に弾道を曲げて、一〇メートル以上先で衝突させて相殺している。
それ以外にも、撃った魔弾を空中で一度静止させて、再度、別の方向に加速させたりしている。
これだけでも十分に凄いと思うんだけど、本人としては最大で一度に四発までしか魔弾を曲げたり、静止させたりする制御ができないことが不満らしい。狩りを終えてセーフエリアに帰還してから休憩しないで、魔弾の試行錯誤に熱中している。
ペストマスクで表情はわからないけど、スナオのなんとなく楽しそうな雰囲気は伝わってくる。
でも、双魔の杖が強化されると、このスナオがさらに凶悪になるのか……凄いな。
狩りの戦利品の確認を終えて、食事の準備をするために、第二層のセーフエリアに移動する。
普段、なにを食べたいとか言わないんだけど、スナオが珍しく使う食材を希望してきた。
ちなみに、インスタントはともかく、基本的に料理はボクが担当している。
スナオはマウザー時代に実践したジャイアントラットのウェルダンなステーキや焼肉以外に料理のレパートリーがない。
だから、ステーキと焼肉以外の料理を食べたければボクが料理をするしかない。
まあ、あの美少女のようなスナオの容姿で手料理を作られたら、脳が危険なエラーを引き起こしていたかもしれないから、結果としてよかったのかもしれない。
一度、ゆっくりと深呼吸してから、スナオが希望した食材を手にする。
少量だからそこまで強烈じゃないけど、不快な血生臭い獣臭が精神をガリガリと削ってくる。
やっぱり、この独特なストライクベアの肝の臭いには慣れない。
別に、食べたいと言ったスナオもストライクベアの肝の臭いや味がクセになったわけじゃない。
ストライクベアの肝を食べて身体能力が強化された状態で、魔弾の精密な制御に影響が出るのか?
出るとしたら、どの程度の影響なのか、知りたいらしい。
以前、ストライクベアの肝を食べたときは、ボクも身体能力の強化性能と効果時間に注意して、魔力の制御とかは気にしていなかった。
まあ、生産活動に支障がなかったから、魔力の制御に極端な影響はないと思う。
今回は前回の刺身と違って、ストライクベアの肝をちゃんと料理するから味も多少はよくなると思いたい。
それに、少しもったいない気がしないでもないけど、回復魔術と収納のスキルを獲得するために貯めていたスキルポイントを消費して料理のスキルを獲得したから、有用であって欲しい。
料理のスキルは能力強化のようなバフが付く料理が、簡単に作れるんじゃないかと黎明期には一時的に人気があったけど、高価な素材で作っても効果が微妙なので、現在、料理人を目指す探索者以外にはあまり人気がない。
まあ、ボクが料理のスキルに求めるのは、食事による強化のバフじゃなくて、ストライクベアの肝の味を少しでも改善することだ。
料理と鑑定のスキルを起動して、ストライクベアの肝を使ってある程度強化の効能を維持しながら、味を改善できる料理のレシピを問いかける。
すぐに、いくつか候補となる料理のイメージが脳裏に浮かぶ。
うーん、最適じゃないけど、スキルの補正があっても、作りなれない料理だと失敗する可能性があるので、ここは安全に作りなれたハンバーグにしよう。
肝とか内臓系の肉を使ったハンバーグなんてあまり聞いたことないけど、料理と鑑定のスキルが告げるんだからそこまで変な物にはならない……と思いたい。
使う肉はストライクベアの肝、オーク、シルバーラビットの合い挽き肉になる。部位と割合をかなりスキルに細かく指定された。
というか、料理のスキルがかなり面倒だ。
部位が違うとか、量が多すぎる少なすぎると、イメージによる補正がやたらとくる。サポートはありがたいんだけど、嫁に小言を告げる姑のように途切れることなくると、むしろ集中できない。
衝動的にスキルをオフにしたくなるけど、不味くないストライクベアの肝を食べるためだと、なんとかこらえる。
パン粉やタマネギみたいな普通の食材以外にも、ハンバーグのタネにローヒールポーションとローキュアポーションを入れろとスキルが告げてきたときには、さすがに躊躇した。
別に、ポーションの五〇万円を超える費用はいいんだけど、味や香りに強い個性がないから、調味料として意味があるのか心配になる。
結局、タネとソースにローヒールポーションとローキュアポーションを半分ずつ使用した。
火加減まで細かくダメ出しのように補正してくるので、心が折れかけたけど、なんとか完成させることができた。
見た目は普通のハンバーグだ。
気づけばストライクベアの肝の凶悪な臭いも消えている。
「「いただきます」」
スナオが先に切り分けたハンバーグを口に運んだ。
意図的に毒味をさせるつもりはなかったけど、こうなるとスナオが感想を口にするまで動けない。
「……えっと、美味しいです?」
困ったような表情で、スナオが首を傾げながら言った。
これだと本当に美味しいのかどうかわからない。
実際に食べてみるしかないか。
ゆっくりとハンバーグを口にする。
うーん…………なんか、微妙で不毛な味だ。
一応、食べれる味で不味くはない。
でも、美味しいとも言えない。
まず、食感が柔らかいというより、口のなかでドロっと崩れてしまい食べ応えがない。
臭みはないけど、肉の旨味とかもほとんどしない。
ソースもぼやけた薄味ではっきりしない。
聞いたことのないメーカーの安い冷凍ハンバーグを調理してお湯で洗ったら、こんな感じになりそう。
八〇万円以上の素材を使った料理としてお店でこれが出されたら、キレても許される味だ。
でも、ストライクベアの肝を使った料理としての評価なら、成功と言える……かな。
元の食材の味を考えれば苦もなく食べれる時点で破格の味と言えるけど、ハンバーグと考えるなら美味しくはない。
なかなか評価の難しい料理だ。
スナオが微妙になるのも仕方がない。
料理のスキルのおかげなのか、付け合せのフライドポテトやニンジンのグラッセの方がメインのハンバーグよりも美味しかった。
会話が弾むこともなく、淡々と食事は終了した。
不味い料理はともかく、微妙な料理も場の雰囲気を沈ませるようだ。
スナオはペストマスクのような感知のクチバシを装備して、魔弾の修練に戻る。
ちなみに、スナオの感知のクチバシもボクのさまようカボチャのように食事はダメだけど、装備したままポーションや飲料を飲むことは可能で、クチバシを大きく開けて飲む姿はなかなかユニークだった。
食後、一〇分くらい変化がなかったので、ストライクベアの肝の効能はなくなって、料理として失敗してしまったのかと思ったけど、徐々にじんわりと全身がほのかに温かくなってきた。
ストライクベアの肝は以前の刺身と違って料理にすると、効果が出てくるまでタイムラグがあるのかもしれない。
軽く動いて強化の具合を調べてみる。
実際に全力で動いてみないと詳細はわからないけど、このハンバーグは低く見積もっても刺身の半分以上の効果はありそうだ。
後は持続時間とスナオも気にしていた魔力の制御を調べてみる。
第三層のセーフエリアに戻ったらスナオが魔弾を撃っているので、邪魔をしないように移動してコボルトジェネラルとコボルトスナイパーの装備を手にする。
次々にコボルト合金をコボルト鋼とダンジョン鉄に分離していく。ダンジョン鉄の含有量は二割以下で、上位コボルトの装備よりも強化されているからなのか、オーク鋼程じゃないけど自己主張するようにコボルト鋼のインゴットへ簡単には変化してくれない。
インゴットへ変える作業に違和感はないけど、自分の体内を流れる魔力を観測していると、所々で少し激しくなっている。
静止した状態での魔力の制御に影響はなさそうだけど、魔術ダッシュやホバー機動のような体を動かしながら魔術を使うと影響が出るかもしれない。
全力でやると天井や壁に激突するので、出力を抑えながらやってみる。
うーん、なんか微妙にズレる。
使えなくはないけど、慣れないと細部が雑になってしまうかもしれない。
色々と検証していると、ストライクベアの肝の効果が出てから一時間ぐらいで、徐々に効果が切れてしまった。
八〇万円くらいの素材でこの効果と持続時間は割高な気がするけど、ストライクベアの肝の破滅的な不味さを考えると、あの味を相殺できるなら相応な気がするから不思議だ。
次回の投稿は五月二二日一八時を予定しています。




