犬に挑む友
「ブギィイイ」
全属性の双魔の杖から放った全属性魔弾が、オークの左の二の腕を貫通する。間違いなくボクが使える魔弾のなかで一番威力があるけど、スナオの全属性魔弾なら貫通じゃなくて腕を吹き飛ばしていた。
ここでも魔術に対するイメージ力の差なのか、魔術のスキル熟練度にそれほど差はないのに、威力が明らかに違う。
オーク、ランスホーン、ストライクベアをスナオなら全属性魔弾の一撃で狩れるけど、ボクだと頭に命中しても半分くらいの確率で殺しきれない。
まあ、今回はトリオシックルと三魔の剣鉈を試すために、あえてオークを殺さずに手負いにしたんだけど。
両手のときよりも少し遅くなった片手で振るうオークの大剣の軌道に、身を反らしながらトリオシックルの刃を重ねる。柄を握る手に抵抗も手応えも伝えることなく、無音で大剣の刀身を両断する。
刃鉄はデュオシックルと同じコボルト鋼なのに、トリオシックルは異常なくらいの切れ味をボクに妖しく見せつける。
「ブビィー」
大剣を両断されたことに戸惑うような咆哮を上げながら、オークは半分以下の長さになった大剣を投げつけてきた。
トリオシックルの柄で大剣の残骸を打ち払いながら、突進してくるオークに備える。
迫るオークが残った右腕で繰り出す拳の軌道に、わずかに身を沈めながら三魔の剣鉈を配置する。
そのオークの一撃はボクにとって致死性の暴力。
だけど、心のうちには一欠けらの燃えるような焦燥も、凍てつくような恐怖もない。
「ブギャアア」
オークはのけ反って悲鳴を上げながら一歩だけ後ろに下がる。
拳から肘まで切り裂かれた右腕を無意味に振り回して、周囲へ無様に血を撒き散らす。
双魔の剣鉈だったらオークの拳にめり込むだけで終了して、ボクは無残に殴られていた。
三魔の剣鉈だからできる強引な戦法だ。
目の前にいるボクへの注意が消失している。
魔術ダッシュで疾走。
トリオシックルを一閃。
「ブガァアアア」
転倒したことで右足を切り落とされたことに気づいたのか、打ち上げられた魚のようにバタバタとのたうち回る。
油断なく慎重に近づきトリオシックルで介錯するようにオークの首を切り落とす。
オークを手早く三魔の剣鉈で解体して、必要な素材だけズタ袋に収納していく。
ただ、注意していないと解体や短剣のスキルの補助があっても、三魔の剣鉈の過剰な切れ味によって、オークの皮や魔石を切り刻むことになる。皮は切れても後から錬金術で修正が可能だけど、余計な手間にはなってしまう。
まあ、新しくオークの革で作ったタクティカルグローブの性能なのか、以前よりも手にした武具を精密かつ繊細に扱えるようになった気がするから、ノーミスで三魔の剣鉈をコントロールできる。
一緒にオークの革で作り直した安全靴も足裏からの様々な衝撃をより吸収して、自由自在な踏み込みなどが可能になったし、シャドーコートもゴワつかないで、体への追従性と滑らかさが向上している。
ついでにポーションベルトもオークの革で新調したけど、これは刀を差せるようになったぐらいの違いしかない。
強度的には、それなりに以前の装備もダンジョンの探索で強化されていたから大きな違いはないけど、伸縮性や柔軟性は第二の皮膚であるかのように錯覚してしまうオークの革の方が優れている。
使用しているオークの革にはシャドーバットの飛膜を貼り合わせてあるけど、残念ながら隠行のスキルへの補正効果はなかった。一つの装備に使用するシャドーバットの飛膜の量が少ないと、スキルへの補正効果が発生しないのかもしれない。それでも一応、各装備は存在感が希薄になっている。
けど、スキルへの補正効果を発生させようと、無理にシャドーバットの飛膜を分厚くして、伸縮性や柔軟性を悪化させる気にはなれない。
全属性魔弾と一通り新装備のオークや第三層での使用感は理解できた。
ちなみに、スナオも新調したシャドーマント、タクティカルグローブ、ブーツ、ポーションベルトの使用感をランスホーンやストライクベアを相手に確かめている。
問題がなければ休憩をした後に、いよいよ第三層をさらに深く探索することにしている。
第二層でゴブリン系のモンスターよりもコボルト系のモンスターが狩りやすかったから、スナオと相談して第三層ではコボルトの領域に挑むことにした。
なにも、第三層でコボルトに挑む根拠はそれだけじゃない。
調査員の報告書によれば、ここに出現するゴブリンジェネラルは大楯を装備していて、コボルトジェネラルは楯を装備していないらしい。
魔弾を狩りの主軸にしているスナオにとって、魔弾を遮る楯を装備するゴブリンジェネラルより、速くても楯を装備しないコボルトジェネラルの方が狩りの相性はいいはずだ。
ボクの後ろを歩くスナオはシャドーマント、シャドースーツ、感知のクチバシのスキルへの補正効果なのか、以前よりも隠行、索敵、魔力感知のスキルを同時に安定して起動させている。まだ、複数を相手にした魔力感知による先読みは苦手らしいけど、慣れればすぐに身につきそうな気がする。
しかし、鎌を持ったカボチャと猟銃のような杖を持ったクチバシが特長的なペストマスクが暗闇で行軍するのは、冷静に考えるとなかなかシュールだ。
コボルトの領域へ足を進めると、木の密度が濃い森とセーフエリア付近のようなほぼ草原のような地形にわかれる。
事前にスナオと決めた森へ向かう。
草原にはアサルトハウンドの上位種であるキラーハウンドに騎乗したコボルトジェネラル、コボルトウィザード、コボルトスナイパーが出現する。
森だと木々に魔弾の射線が遮られる危険があるけど、それよりも草原を高速で移動しながら遠距離から攻撃されるのを避けたかった。
森の奥へ足を進めるごとに、冷たい鎖でゆっくりと心臓を締め付けられて、鼓動が徐々に速くなるような気がする。
深呼吸を静かに繰り返すことで、鉛色の雑音を無視して索敵と魔力感知と遠見のスキルへより深く集中していく。
索敵に三つの反応。
遠見で確認。
剣を装備したコボルトジェネラルが三体、こちらへ向かってる。身長はハイコボルトよりも大きくて、スナオと同じくらいか。
コボルトジェネラルは革じゃなくて、多分、コボルト合金製の鎧を装備している。まあ、装備しているのは全身じゃなくて、胴体を守る胸当てだけなんだけど。
右手にトリオシックル、左手に全属性の双魔の杖。
急いで、全属性魔弾を構築する。
後ろで、スナオも全属性魔弾を構築しているのを魔力感知で確認する。
全属性魔弾は連射できないけど、一発の威力は他の魔弾よりもあるから、接触まで時間があるときの最初の一発目は全属性魔弾にすると事前に決めていた。
距離が五〇メートルを切った時点で、待機状態で維持していた全属性魔弾を撃つ。
ほぼ同じタイミングでスナオも全属性魔弾を撃つ。
二体仕留めるか、最低でも一体は重傷になると予想していた。
けど、
「ガウ」
駆けていた三体のコボルトジェネラルは魔弾を跳躍で避けて、散開しながらまるでサルのように木々を蹴って一〇メートルぐらいの高さで距離を詰めてくる。
魔弾が回避されたことと、軽いとはいえ金属製の鎧を装備しているのに、コボルトジェネラルの予想外の機動に驚かされて、思考が一瞬だけ停止するけど、すぐに再起動して対応する。
「スナオ!」
光属性の魔弾を機関銃のように連射しながら、ボクよりも再起動に時間のかかっているスナオに声をかける。
すぐにスナオも呼応するように光属性の魔弾を連射する。
距離、三〇メートル。
なかなか命中しない。
コボルトジェネラルは空を自由自在に飛ぶわけじゃないけど、前後左右だけじゃなくて高低差のある三次元的機動に翻弄させられる。スピードはシルバーラビットよりも少し速い程度だけど、横の動きだけじゃなくて相手として慣れない上下の機動もするから、容易に照準がつけられない。
魔力感知でコボルトジェネラルの動きを先読みしても、金属製の鎧を装備しているのに速すぎて、もっと先を読まないと照準が追いつかない。
なんとなくだけど、コボルトジェネラルたちは魔弾の射線を木々を上手く利用して遮りながら、こちらに迫ってくる。
距離、二〇メートル。
コボルトジェネラルに命中なし。
ミスったかもしれない。
コボルトよりもゴブリン、あるいは草原を選んでいれば、こうならなかったかもしれない。
そうやって響く粘りつくドブ色の幻聴を無視して、三体を同時に捕捉し続けながら、一体の体内を流れる魔力の動きに集中する。
未来位置を予想して、投網のように広範囲へ光属性の魔弾をばら撒く。
「キャウン」
一〇発以上撃って一発だけなんとかコボルトジェネラルの左足にかする。
わずかにコボルトジェネラルの機動が減速したのを見逃さず連続で魔弾を撃ち込む。
木々の間を飛ぶように駆けていたコボルトジェネラルが地面に墜落していく。
後を追うように、もう一体のコボルトジェネラルが地に落ちる。
視線をスナオの方に向ければ全属性と火属性それぞれの猟銃型双魔の杖を両手に構えていた。火属性の魔弾の連射で追い立てて、光属性の魔弾を命中させたようだ。
残る一体のコボルトジェネラルは止まらない。
距離、一〇メートル。
「「ガウ!」」
地に落ちた二体の満身創痍のコボルトジェネラルが同時に叫ぶと、残ったコボルトジェネラルの体内を流れる魔力が急激に高まる。
コボルトジェネラルはハイコボルト、コボルトファイター、コボルトライダー、コボルトコマンダーの上位種であり、当然、下位種のできることは全部できる。武器を自在に使って、キラーハウンドに騎乗して、咆哮で同族を強化する。
この強化は重複するから、元気なコボルトジェネラルは二重に強化されていることになる。
「スナオ、地面」
時間がないので少ない言葉でスナオに二体のコボルトジェネラルの止めを頼んで、ボクは強化されたコボルトジェネラルに向かう。
連射。
連射。
連射。
相手の動きが速すぎて、まったく照準を追従させられない。
双魔の杖を収納。
トリオシックルを逆手に構える。
索敵、魔力感知、暗視に集中して、一瞬のタイミングを計る。
赤黒い不安色のささやきが焦燥を燃え広がらせようとするけど、透明な凪の心で揺らぐことなく、一撃に専心して没入する。
トリオシックルの刃の位置と角度を修正して、頭上から剣を振りかぶりながら高速で向かってくるコボルトジェネラルに、こちらも魔術ダッシュで突進する。
交差。
トリオシックルを握る手に手応えはない。
振り返れば、飛び出た内臓を引きずりながら地面を転がる鎧ごと輪切りになったコボルトジェネラルの下半身と、木に頭を激突させた上半身を確認できた。
元から速いのに、強化されてコボルトジェネラルはさらに速くなっていたけど、動きはむしろ直線的で単調になっていた。強化されることに慣れていなくて、速さを持て余しているようにすら感じた。
強化されずに接近戦を挑まれた方が、対応に苦労したかもしれない。
落ちている両断したコボルト合金製の剣を拾いながら、コボルトジェネラルの上半身に近づいて急いで解体していく。
犬歯と魔石を取り出して、剣と鎧を一緒にズタ袋にしまっていると、スナオに声をかけられた。
「ジャックさん」
残りのスナオが止めを刺した二体のコボルトジェネラルの戦利品を受け取ってズタ袋に収納する。
勝利のハイタッチをしたいところだけど、まだ早い。
索敵に近づいてくる新しい群れを捉えた。
スナオも察知したのか、警戒を解いていない。
「どうする?」
「なにかをつかめそうなんで、続けたいです」
「了解、狩りを続行しよう」
ボクにとってもスナオの言葉は悪いものじゃなかった。
三次元をトリッキーでスピーディーに動くコボルトジェネラルを狩るのは、なかなか刺激的で気分が高揚してきそうになる。
次回の投稿は五月一四日一八時を予定しています。




