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ニートはダンジョンに居場所を求める  作者: アーマナイト
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別行動する友

 忙しい。

 緊張を緩められる一瞬がまるでない。

 常に上位ゴブリンと上位コボルトの大群に包囲されて、周囲の相手に集中すると遠距離から矢と魔術が飛んでくる。

 ゴブリンライダーやコボルトライダーの騎兵隊が津波のように押し寄せ、ゴブリンコマンダーやコボルトコマンダーが率いる歩兵が圧殺するように密集して、時々騎兵と歩兵がお互いに連携してくる。

 さすがに、ゴブリンとコボルトが連携することはないけど、お互いの無秩序な介入が不規則で予測しずらいから、かえって対処が難しい。

 ただ、ボク一人への趣向を凝らした殺しの多重奏。

 スナオを連れてこなくてよかった。

 光属性の魔弾を機関銃のように連射すれば通用するかもしれないけど、全方位から迫る無数の上位ゴブリンや上位コボルトを相手にしながらハンターやメイジの遠距離攻撃にも対処しようとすると、いまのスナオの実力でも万に一がありえる。

 現在、スナオは全属性魔弾の実戦テストのために、第三層で狩りをしている。

 それに、ボクだって余裕があるわけじゃない。

 新装備のトリオシックルと余ったオーク鋼で作れた三魔の剣鉈を習熟するために、魔弾の使用を控えているから、矢や魔術を相殺や迎撃ができなくて、なんとか近くの上位ゴブリンや上位コボルトを蹴り上げて射線を遮って誤射させて防いだりしている。

 まあ、さすがに魔弾の使用を控えていると言っても魔術ダッシュは使っている。

 現状で魔術ダッシュの使用まで控えると、かなり厳しくなる。

 

「「「グギャア」」」


 ゴブリンコマンダーに強化された三体のゴブリンファイターが円楯を構えて突っ込んでくるけど、トリオシックルの刃が引っかかって減速することもなく横に駆け抜けると、それぞれの円楯と胴体が滑らかな切れ目があらわになって地面に落下する。

 血が溢れるけど、すでにボクの周囲で生者以外で血に染まっていないものはない。

 すでにボクの嗅覚は麻痺して、濃密なねっとりと生臭い鉄錆のような血の臭いを感じなくなっている。

 デュオシックルで両断できなかった上位ゴブリンや上位コボルトの装備でも、トリオシックルと三魔の剣鉈は抵抗なく両断する。ダンジョンの力なのか刃鉄はデュオシックルもトリオシックルも同じコボルト鋼なのに、理不尽なくらい攻撃力が違う。

 このトリオシックルも三魔の剣鉈も威力は破格だけど、デュオシックルや双魔の剣鉈に比べると重い。

 ボクの身体能力は片手で一〇〇キロの物を簡単に振り回せるぐらいになっているから、重量的にはトリオシックルや三魔の剣鉈も自在に問題なく扱える。

 けど、鉄よりも軽いデュオシックルや双魔の剣鉈を長く使っていたから、どうしても動きに違和感を覚えてしまう。

 感覚として、動くごとに一拍ずつ遅れて、しだいに大きなズレになる感じだ。

 まあ、その感覚の修正をするのには、第二層の中央にある上位ゴブリンと上位コボルトが入り乱れる戦場の難易度と忙しさは調度いい。

 ちなみに、今回はストライクベアの肝を食べていない。

 ストライクベアの肝を食べて身体能力を強化すれば、もっと楽にトリオシックルと三魔の剣鉈を振り回せるかもしれないけど、それぞれ威力と重さをじっくりと体に馴染ませて自分の両手の延長とするには、かえって感覚のノイズになる。

 それにやっぱり不味すぎて、気軽に食する覚悟を持てない。

 一応、ストライクベアの肝の強烈な味と臭いをある程度だけど誤魔化すレシピは存在している。

 けど、それらの調理されたストライクベアの肝は刺身に比べて、身体能力を強化する効果が大きく下がってしまう。

 それなのに、味と臭いは多少マイルドになるだけで、やっぱりそれなりに不味いらしい。

 残念ながら、しばらくはストライクベアの肝の調理を試してみる気にはならない。

 ハイコボルトの胸に抵抗の感触もなく三魔の剣鉈を突き立てれば、絶命まで静かになるどころか、剣鉈どころかボクの手首まで胴体にめり込むのを気にせず、前進して噛み殺そうとしてくる。慌てず騒がず淡々とハイコボルトの噛みつきを避けながら、手首と剣鉈を外すように膝蹴りを放つ。

 これは中央の戦場にいる上位ゴブリンと上位コボルトとしては特別珍しい行動じゃなくて、どの個体も部位の欠損どころか上半身だけになっても気にせず、命の炎が消えるその一瞬まで全力で頭突き、噛みつき、体当たりで反撃してくる。

 もちろん、第一層の戦場と同じように、地面に落ちている土や石を投げる、死体のふりでこちらの油断を誘い、死体を楯にしたりもしてくる。

 さらに発展させて、落ちてる武器を拾って投げたり、死体を投げたり、わざと絶殺の攻撃を受けて味方を援護したり、実に創意工夫に溢れて格下だと油断することを許してくれない。

 まあ、魔力感知のスキルを鋭敏にしていれば、死んだふりや死体に隠れたりするのは容易に見破れる。

 初めて対峙したときはホブゴブリンやゴブリンファイターの戦闘センスに驚いたけど、オークを狩れる身体能力と技量になったから容易に対処できると思っていた。

 事実、魔力感知で簡単に露見するフェイントは別にしても、ささいな足の動きや視線を見れば次の動作や攻撃のタイミグが手に取るようにわかった。

 けれど、あるときは味方を、あるときは自分を命がけの囮にして、白い極寒の手で心臓をつかまれたような冷やりとする一瞬を演出してみせる。

 だから、格下とあなどって、一瞬でも気を緩めることなんてできない。

 悪くない。

 スナオから援護のある安全で安定した狩りも悪くないけど、この死が迫ってくるような張り詰めた緊張感が生存と存在を浮き彫りにしてくれるようで、なかなか心地いい。

 それに、無数の相手に死力をつくして挑まれると、まるで自分に価値があるように思えるから楽しくなる。

 第二層の中央で、停滞することなく、何度も、何度も、斬殺して、刺殺して、殴殺して、撲殺する。

 屍が折り重なって、積み重なる。

 足の踏み場がない?

 否だ。

 そこにはグニャリと不安定で、ポキリと砕けて、ヌルリと滑る足場が広がっている。

 スモールブラックホーンの蹄が踏み砕き、アサルトハウンドの爪が切り裂いて迫り、それらも絶命と共にその死体を後続の連中が躊躇も容赦もなく踏み固める。

 そのなかにはゴブリン、コボルト、双方のメイジも含まれる。

 何本もの杖を回収できないでいる。

 まあ、それを言うなら、今日の狩りで一度も解体や回収をしていない。

 この戦場の領域で、そんな悠長な作業をしていられるわけもなく、すべて打ち捨てている。

 これだけの数の死体を解体すれば魔石じゃなくてポーションが何本か出てくるんじゃないかとか、素材としてスモールブラックホーンの角やアサルトハウンドの犬歯は少し欲しいと思わないでもないけど、ズタ袋はスナオに貸しているから無意味だと、雑念となって動きのノイズになる前に意識して、周囲の相手を殺すことに集中して没入する。


「グギィガァ」


 ホブゴブリンを前蹴りで吹き飛ばすことで、火属性の魔術の準備をしていたゴブリンメイジにぶつけて妨害する。

 ボクの前蹴りでホブゴブリンを殺すことは前から可能だったけど、以前はあそこまで遠くに吹き飛ばなかった。

 乱戦のなかで偶然、蹴るように魔術ダッシュをしたら、相手が冗談のように遠くへと吹き飛んだ。

 そこから前蹴りを放つときには、風魔術を発動させてみた。

 けど、これがなかなか難しい。

 わずかに早すぎても、遅すぎても、相手は吹き飛ばない。

 蹴りが相手にわずかにめり込んだくらいの絶妙なタイミングで風魔術を発動できると、ただの蹴りよりも遠くに吹き飛ばせる。

 威力も、蹴り単体よりも少しだけ強力になっているようだ。

 前蹴りができるようになったら、普通の回し蹴りでもできるように、足裏だけじゃなくて足の甲で風魔術を放てるようにやってみたけど、イメージが弱いのか上手く発動しなかった。

 まあ、蹴り自体は問題なく放てたから、致命的なすきにはならなかったけど。

 面白いくらい吹き飛ぶから、常用の装備にするかわからないけど、籠手型双魔の杖を用意して拳を魔術で補強したらどうなるのか試したくなる。

 徐々に、徐々に、違和感が消えていく。

 脳裏にイメージする動きと、実際の動きが一致してくる。

 ただ、それだけなんだけど。

 ヒヤリとする場面がなくなっていく。

 突然、トリオシックルと三魔の剣鉈が急に軽くなったり、強くなったわけじゃない。

 自然とデュオシックルと双魔の剣鉈でイメージしてしまっていた体の動きが、ちゃんと手にしているトリオシックルと三魔の剣鉈の動きに更新される。

 トリオシックルと三魔の剣鉈は重くて使いにくいかと思ったけど、体に馴染んでくると微妙な間合いとタイミングの調整で対応可能な程度だった。

 それ以上に、上位ゴブリンや上位コボルトに迎撃や防御など回避以外で生存を許さない攻撃力が、圧倒的に凶悪だ。

 首をはねたコボルトコマンダーに隠れて、ハイコボルトが槍を死体ごと突き出してくるけど、滑るように避けてトリオシックルでコボルト合金製の槍ごと切り伏せる。

 ボクの動きに違和感がなくなったことで、その分の意識を周囲にさけるから、相手の命がけの策で不意打ちを受ける場面もなくなった。

 すでに、狩りが索敵と魔力感知で位置と動きを把握して、魔術ダッシュで駆け抜けながら両手の絶殺で効率良く対象をなぞるだけの作業になっている。

 残念ながら、もう、ここでの狩りに意味はない。

 淡々と迫り来る上位ゴブリンと上位コボルトを処理しながら、セーフエリアへ向けて足を進める。

次回の投稿は五月二日一八を予定しています。

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