ニート、首狩りと出会う
新鮮なはずなのに、鉄錆交じりの腐った生肉のようなまとわりつく死臭に吐きそうになる。
蓄積された疲労と痛みもあわさって、倒れこみたくなる。けど、そんな肉体の主張を、噴き出る灼熱の自己嫌悪が拒絶する。
油断した。
油断なんていう贅沢が許される天才でもないゴミクズが、調子に乗って追いつめられた。自分の分際なんてわきまえていると思っていたのに、少し順調だっただけで調子に乗って油断した自分の浅ましさが気持ち悪い。
溢れ出る自己嫌悪と怒りで、どうにかなってしまいそうだ。
それらの心身の主張を振り切るように動く。
解体のスキルに身をゆだねて無心で剣鉈を振るい、コボルトから魔石と犬歯を取り出して、リュックサックにしまう。
回収した超硬合金製の槍は切先が大きく欠けて、刃の部分に亀裂が入ってしまっている。これだと、再利用は不可能。
四眼の暗視装置も完全に壊れていて修理不可。
両方とも潔くダンジョンの肥やしにする。
合計二〇万円以上の肥やし…………なんとも豪勢なことだ。
暗視のスキルは解像度で装置にやや及ばないものの、裸眼でいられるから視野が広くなった。熟練度が上がれば解像度も上がるだろうし、暗視装置を買いなおす必要はない。
乱戦で落としたから壊れたかと思ったけど、エアガンは問題なく稼動した。
メインウェポンの槍を喪失。
これからの戦闘スタイルをどうするか、頭の痛い問題だけど、それよりも今は、いつの間にか目の前に存在している木製の箱が重要だ。
おそらくこれは通称宝箱と呼ばれている箱だ。
事前の情報によればトラップやミミックはないらしいけど、ここは慎重に拾ったコボルト合金製の槍で開けてみる。
鎌が入っていた。
『ギロチンシックル 特殊技:ギロチンストライク』
鑑定のスキルで見てみたら、こう出た。
「ギロチンシックル……首狩り鎌とは物騒な名前だ。これ、呪われていないだろうな。それに、特殊技ってなんだ? 技名を発声したら発動するのか?」
『ギロチンストライク:刃が首に命中したとき、通常の数倍の攻撃力が出る』
試しに、鑑定で表示された特殊技の部分を鑑定したいと意識してみたら出た。
鑑定のスキルは意外に応用がきくのかもしれない。
鑑定の結果を信じるなら、このギロチンストライクという特殊技は、取得したら常時発動するゲームでいうところのパッシブスキルになる。
試しにギロチンシックルを手にしてみる。
約六〇センチの金属製の柄は、先端から四分の一が緩やかに外側に曲がっていて、約四〇センチの刃が伸びている。シルエットだけなら草刈鎌にも見えるけど、出刃包丁みたいな片刃じゃなくて刀のような両刃であることや、柄に対して刃が傾いて取り付けられる草刈鎌と違って、まっすぐ垂直に取り付けられた肉厚な刃が草を刈る日用品なんかじゃなくて、殺傷を目的とした武器であると主張している。
「悪くない」
柄まで金属だからもっと重いのかと思ったけど、身体能力が上がった影響で苦にならず、むしろ手にしっくりとくる。
『スキルポイントを五消費して、鎌のスキルを獲得しました』
早計のような気もするけど、後悔はない。
ギロチンシックルという物騒な名前と、鎌という特殊な武器は、ボクのなかの中二心を刺激するには十分だった。
命がけのダンジョン探索で、安全マージンよりも中二趣味を優先させるなんて愚行かもしれないけど、命がけだからこそ、ただ強い武器よりも、気に入った武器を装備していたい。強いだけの武器よりも、気に入った武器のほうが、十全に命を預けられる気がする。
まあ、趣味全開の中二装備に走る男の言いわけだな。
あれからギロチンシックルの試し斬りと夕食のために、ジャイアントラットを狩った。
特殊技ギロチンストライクはやばい。
切先が首にかすっただけなのに、首を綺麗に切り飛ばしていた。
首に命中しないと極端な攻撃力はないから、そこまでチートな武器だとは思わないけど、首を鮮やかに切り飛ばす威力は癖になりそうだ。
リュックサックに入らないゴブリン合金製の武器なんかは離れの隣に建っている土蔵に放り込んで、血抜きして解体したジャイアントラットの肉を冷蔵庫に入れて、戦塵を風呂で洗い流してから着替えて、いざ、アンナに報告したら「ごくろうさん」で終わった。
ボクは本当に愚かだ。
いったいどれだけ、ボクが彼らを失望させ続けた?
彼らの慈悲で作られた希望の光に、背を向けて視線をそらして、無残に打ち砕き続けた?
長年の臆病が積み上げたヘドロのような愚行は、天に迫って汚染してしまうほどだ。
世界が変革してしまったような一日だった。
危険に満ちた、けれど充実した一日だった。
だから、どうした?
いまさら、彼らが時間をボクのために割いて、耳をかたむけて、感動を共感してくれるとでも思っていたのか?
笑止千万、傲慢の極みだ。
頼まれて、ダンジョンの調査をした。
だから、どうした?
いまさら、彼らが感謝してくれるとでも思っていたのか?
謝罪もなく、金色の傷だらけの変革よりも、安易な鉛色の平穏を享受してきたのに?
どこまでも恩知らずで、恥知らずで、果て無き厚顔無恥だ。
醜い自身を再確認させられた抜け殻の心のままで、機械のようにジャイアントラットの肉でヒレカツを作った。
ジャイアントラットのヒレカツは弾けるような弾力と、破裂するように溢れ出る濃縮されたうまみが溶け込んだ肉汁が口の中に広がった。
議論の余地なく、ボクの人生で一番美味しい肉料理だった。
人生で一番美味しい夕食のはずなのに、人生で一番虚しい夕食だ。
共有されない感動ほど空虚なものはないのだと、思い知らされた。
すぐ近くに、感動を共有してくれたかもしれない人たちがいるのに、致命的なまでに心の距離が隔絶してしまっている。
いまさら無責任に涙を流して、後悔している自分が忌まわしい。