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ニートはダンジョンに居場所を求める  作者: アーマナイト


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角を狩る友

「ジャックさん、やりました」


 スナオが花の咲くような笑顔を浮かべながらこちらに手を振っている。

 小柄な美少女のような見た目だけど、長柄の大斧デュオアックスを肩にかついでランスホーンの返り血で全身を染めているその姿はなんともシュールだ。

 第三層の常闇のベールにつつまれて暗視のスキルでモノクロに見えるからまだいいけど、これが明るい第二層だったらもう少しグロテスクで猟奇的に見えたかもしれない。

 まあ、スナオの中身はボクと同い年の中年のオッサンなんだけど。


「これ、預かってください」


 そう言ってスナオから生暖かい血で濡れたランスホーンの魔石を手渡される。


「ああ」


「じゃあ、次のランスホーンを狩ってきます」


 スナオはデュオアックスを収納して全属性の猟銃型双魔の杖を装備して、軽やかな足取りで本日、四体目のランスホーンを目指して駆けていく。

 うーん、予想外の展開だ。

 でも、悪いことじゃない……多分。

 オークを狩った後、狩りの連携について話し合おうと思ったら、スナオに謝罪されてしまった。

 オークの迫力にビビってしまい、上手く動けなくなったとスナオは鉛のような重苦しい雰囲気を漂わせて落ち込んでいた。

 一般的な探索者のなかでも狩れるのが少数派のオークにダメージを負わせて、生き残れただけで初回としては十分に及第点で、次回から少しずつ課題を克服していけばいいと思うんだけど、軽くパニックになって魔弾を適当に撃つことしかできなかったことがスナオとしては許せないらしい。

 このまま放置すると、本格的に落ち込んで自信喪失にスナオが陥ってしまいそうだったから、単独で第三層のランスホーンを狩ることで、成功体験を積み重ねて確かな自信をもってもらおうと考えた。

 ただ、ランスホーンとスナオは狩りのスタイル的に必ずしも相性が良いとは言えない。

 ランスホーンの魔力抵抗力はそこまで高くないけど、単純な肉体の強度と体の大きさから、スナオの魔弾は頑丈な皮を貫けても急所まで到達できない。

 それでもランスホーンの魔力抵抗力を突破できれば、闇属性の魔弾なら魔力切れは狙えると思って、悲壮感漂う恨めしそうな表情をして渋るスナオを少しだけ強引に挑ませた。

 もちろん、いざとなればカバーに入るつもりだったけど、結局その必要はなかった。

 ランスホーンの地響きを奏でながら土煙を従えて突進する姿は、ゾウに匹敵する巨体とスモールブラックホーンを上回る速度と相まって、暴走した生体装甲車のようでなかなか迫力がある。

 けど、スナオは泣くような叫び声を上げながら、ホバー機動でランスホーンを中心に旋回しながら、黒い闇属性の魔弾を撃ち続けて、一〇秒とかからずに魔力切れにしてランスホーンの巨体を地面に沈めた。

 長柄のデュオアックスでランスホーンの首を落として魔石をかき出したころには、スナオの表情に重苦しいものはなく吹っ切れたような笑顔を浮かべて、オーク狩りで失いかけたスナオの自信は持ち直したようだ。


「ジャックさん、次はデュオアックスだけで狩ってきます」


 四つ目のランスホーンの魔石を受け取りながら応じた。


「了解、無理はしないで」


 少し心配だけど、スナオの実力的に時間はかかるかもしれないけど、闇属性の魔弾なしでも多分ランスホーンを狩ることができる。

 スナオの狩りを見ててランスホーンの直進する速度はなかなかのものだけど、その巨体と重量のせいで小回りがあまり上手くできない。

 ボクと違って素早いホバー機動のできるスナオにとって、ランスホーンは小回りで翻弄できる相手だ。

 長柄のデュオアックスでも一撃でランスホーンを狩ることはできないだろうけど、四肢を潰してからじっくりと首を落とすことはできる。

 予想通り、スナオにデュオアックスでランスホーンは右の前足と後足をボロボロにされて横倒しになっていた。

 スナオは陸に打ち上げられた魚のように暴れるランスホーンの動きを冷静によく観察して、反撃を受けないように絶命の一撃を振り下ろしていく。


「もう少し続ける?」


「いえ、今日はもう大丈夫です。でも、おかげでモンスターへの恐怖心に負けないで一歩、深い間合いに踏み込めるようになりました」


「そう、なら、明日もう一度二人でオークに挑戦してみる?」


 ボクの言葉に、スナオの表情がわずかに引きつる。


「えっ……だ、大丈夫ですよ。問題が全然です」


「言葉が変だよ」


 スナオとしてはランスホーンを単独で狩ることである程度の自信を持てたようだけど、心理的にオークに挑むのはまだ不安があるようだ。


「うぅ……」


「ところで、あれはどうする?」


 遠見のスキルで遠くにいるクマが確認できる。

 まだ、こちらを捉えていないようなので、交戦を回避することは十分に可能だ。


「あれ?」


「あのクマ」


「あれって、ストライクベアですか」


「そう、オークよりは格下で、ランスホーンと同クラスのモンスターのストライクベア」


「…………二人で狩りましょう」


 スナオの言葉は少し意外だった。

 ランスホーンを狩って気分が高揚しているから、スナオは冷静さを欠いた勢いでストライクベアを単独で狩ると言い出すと思っていた。

 ボクだったら気分が高揚すると気が大きくなって、不必要な失敗でイヌに噛まれたりしてしまう。


「了解」


 調査員の報告書とネットの情報を参照するならストライクベアは大きさ、パワー、頑丈さなどでランスホーンを下回っている。

 これだけならストライクベアはランスホーンよりも格下という扱いになる。

 けど、ストライクベアはランスホーンと同格という評価を他の探索者たちからされている。

 その理由はストライクベアが全方位に衝撃波を放てるからだ。

 衝撃波といってもシャドーバットのものとは桁違いの威力で、直撃すると防具と肉体の強度が貧弱なルーキーの探索者なら全身打撲で即死か、あるいは全身複雑骨折になってしまうらしい。

 しかも、ストライクベアを中心に半径五メートルを一気に吹き飛ばす衝撃波だから、間合いのなかに居たら左右への回避は無理で、発動前に狩るか、射程外に後退するしかない。

 まあ、衝撃波を放つ前にわずかなタメがあって、しかも足を止めないと放てないらしくて、一度放ったら数秒は間が空くらしいから、ストライクベアを接近戦で狩るのも不可能というわけじゃない。

 一般的に、強力な魔術が使えるなら衝撃波の射程外から攻撃して狩るか、わざと衝撃波を放たせて次の衝撃波までに接近戦で狩るらしい。

 スナオがいるから、多分、どちらの手段でもストライクベアを狩れる。

 それに、できることならストライクベアの内臓はあまり傷つけたくない。

 ストライクベアの肝は食べるだけで、身体能力を一時的に強化してくれるらしいのだ。

 まあ、味はランスホーンの肉ほどじゃないけど、血抜きしないで古くなった野生動物のレバーのようでかなり不味いらしいけど。

 調理すればそれなりの味になるけど、身体強化の効果も落ちるらしい。

 どうするか。

 …………いや、こうやって一人で考えて、スナオと相談しないから、連携がダメなのか。


「スナオ……」


 スナオに話しかけてボクの知っている情報を共有して、ストライクベアの肝を傷つけたくないことを説明していく。


「……あの、少し思いついたことがあって、一つ試してみていいですか?」


「試す?」


「はい、上手くいくかは全然わからないんですけど」


 不安そうに告げたスナオの試みは実に面白そうだった。

 安全にいくならちゃんと実験してからのほうがいいんだけど、迫るスケジュールに怯えて皆で皆を追い立て合う責任ある仕事じゃないんだから、気楽な探索者なんだから、これぐらいのリスクある戯れはあっていい。

 それからスナオと成功、失敗、いくつかの狩りのパターンと対処を話し合う。

 距離、五〇メートル。

 スナオの射線を遮らないように注意しながら、ストライクベアにゆっくりと近づいていく。

 後方でスナオが魔力を動かすのを感知できる。

 けど、いつも魔弾を生み出すときよりも何倍もの魔力を杖に流し込んでいる。

 それこそ、複数の魔術を強引に束ねて起動させようとしているようだ。

 どうにもなかなか難しいようで、スナオの持つ杖に付いているマギダイヤモンドに到達した魔力が詰まって渋滞というか、暴れるように迷走している感じがする。

 距離、三〇メートル。

 ストライクベアがこちらに気づいたようで、凶暴な眼光を向けて突進してくる。

 ランスホーンほどじゃないけど、シロクマよりも一回り大きいストライクベアの巨体はなかなか威圧感がある。

 まだ、スナオの魔術は完成しない。

 陽動と時間稼ぎをかねて、闇属性の双魔の杖を装備して闇属性の黒い魔弾を連射する。

 魔弾が命中したストライクベアはオークよりも明確に嫌がって、足を止める。

 さらに、魔弾を撃ち込もうとしたら、急激にストライクベアの内部の魔力が高まった。

 ストライクベアの不可解な行動に首を傾げる。

 まだ、ストライクベアまで二〇メートルは距離がある。

 全方位に放つストライクベアの衝撃波の射程外のはずだ。


「ガアアアァァァーーー」


 咆哮と共にストライクベアを中心とした空間が地面を引き剥がしながら爆発した。

 そして、ボクの撃ったいくつもの魔弾も衝撃波で相殺されてしまった。

 …………まあ、モンスターの衝撃波や魔術を探索者が魔術で相殺できるなら、モンスターも同じことができる理屈は理解できる、内心では結構焦ったけど。

 でも、ストライクベアの次の衝撃波までは数秒の時間がある。

 その間に闇属性の魔弾を撃ち込んで一気に魔力を削る。


「ガッ」


 短いストライクベアの咆哮と共に、放たれた衝撃波でまたもボクの魔弾が相殺される。

 まだ、次の衝撃波まで余裕があるはずなのにと、あっけなく動揺しそうになる心を押さえ込んで、しっかりとストライクベアを観察したら、いまの衝撃波の射程が一メートルぐらいでさっきよりも短かった。

 まったく、臨機応変に射程距離を削って、衝撃波の連射速度を上げるなんて、なんとも器用なクマだ。

 タイミングを見て一気に距離を魔術ダッシュで詰めてデュオサイズを振るえば狩れそうだけど、あえて意地で魔力の削りあいでこのクマを打倒してやる。


「ガッ」


 ストライクベアは短い咆哮で空気を震わせながらボクの魔弾を相殺するために、衝撃波を放った。

 けど、クマの頭が突然、爆ぜた。


「ジャックさん、できました」


 後方でスナオが嬉しそうに飛び跳ねながら、猟銃型双魔の杖を振っている。

 …………ああ、うん、思いつきで挑んだ六属性の魔術を同時に起動して一つの魔弾として成立させるスナオの試みが成功したのか。

 なんだろう、前衛が注意を引いて、後衛が大魔術を行使して狩る連携が成功したのに、頭を失って首なしのストライクベアの死体を見てると不完全燃焼の気持ちが心の内側でわずかに滞留する。

 まあ、クマはいずれ別の機会にボクの魔弾だけで狩ってやる。

 いまはただ、スナオの新魔術の成功を祝福しよう。

次回の投稿は四月二四日一八時を予定しています。

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