豚に挑む友
この一週間、自分用の脛当て型の双魔の杖を作るために必要なマギエメラルドを二つ入手するためにゴブリンメイジを狩りまくったり、その過程でまだ獲得していない魔術スキルの土属性のマギアンバーと水属性のマギサファイアを入手したり、スナオと二人でホバー機動や魔術ダッシュの練習をしていた。
ホバー機動の浮遊感と魔術ダッシュの圧倒的な加速力が思いのほか面白かったので、時間を忘れて練習に没頭していた。
ボクもスナオもある程度自在に扱えるようになってきたけど、ボクのホバー機動はスナオに比べて魔術としての完成度が低いのか足で走ったほうが速いレベルで、実用的なのは風魔術で踏み込みを強化する魔術ダッシュぐらいだ。
スナオはホバー機動と魔術ダッシュを練習しながら、同時に隠行と索敵のスキルを起動する練習もしていたから、動きながらある程度隠行、索敵、魔力感知のスキルを同時に起動できるようになってきた。
だから、少し早い気もするけど、成長の確認もかねて二人で第二層の最奥まで進出している。
そして今、眼前にオークが微動だにせず立っている。
やっぱり他の第二層のモンスターと比べて、その視界に入ったら嫌でも注視してしまう存在感と踏み出す一歩を躊躇させるような威圧感は段違いだ。
前回のギリギリの狩りと違って、今回はスナオと二人でのオーク狩りだから、もう少し余裕のある狩りにしたい。
まあ、今回、スナオにはひたすら後方から魔弾を撃ってもらうつもりだけど。
遠距離でのスナオの狩りの実力はボクよりも上だけど、接近戦だとオークを狩るのはまだ難しい。
ボクもオークとの接近戦には少しだけ不安がある。
両足の脛当てが、アダマントコックローチの甲殻じゃなくて脛当て型の双魔の杖になって、少しだけ重くなっている。
上位ゴブリンや上位コボルトが相手の狩りなら問題なかったけど、オークが相手だと紙一重で回避が間に合わない可能性がある。
安全策でいくなら軽いアダマントコックローチの脛当てを装備してくるべきなんだろうけど、脛当て型の双魔の杖にも装備することで、魔術ダッシュによる驚異的な加速を得られるというメリットがある。
久しぶりに強いモンスターとの狩りだから、灰色をした不安のうねりが静かに全身へと広がる。
ゆっくりと深く呼吸を繰り返して、乱れそうになる気持ちを落ち着ける。
「援護を頼む」
「わ、わかりました」
スナオは緊張しているか、顔が青白くて強張っている。
まあ、空気をひりつかせるような強者の気配を撒き散らすオークを前にして、多少飲まれてしまうのは仕方がない。
というか、ボクも油断すると、飲まれてしまいそうになる。
前回、デュオサイズで挑んで痛い目にあったから、今回は右手にデュオシックルだけを装備して、ゆっくりとオークのほうへ足を勧める。
距離三〇メートル。
オークはこちらに視線を固定しているけど、まだその場から動かない。
距離二〇メートル。
冷静にならなきゃいけないのに、早鐘を打つ鼓動が強引に気分高揚させる。
ボクの魔力感知が、後方で火属性の魔弾をスナオが構築するのを捉える。
射出。
「ブヒヒヒィー」
額から血を流すオークが空間を破裂させるような咆哮をあげる。
強靭なオークの魔力抵抗力と頑丈な皮を破って手傷を与えたスナオを褒めるべきか、ホブゴブリンですら一撃で狩るスナオの魔弾を額に受けて死ぬことなくわずかに血を流すだけで耐えるオークの頑健さに驚けばいいのか迷ってしまう。
オークの視線がボクから外れて、後方のスナオに向けられる。
一気にオークとの間合いを詰めながら、左手に闇属性の双魔の杖を装備して、次々に闇属性の黒い魔弾を放っていく。
闇属性の魔弾に物理的なダメージはないけど、闇の玉と同じように命中した相手の魔力を削ってくれる。
ボクが放つ闇属性の魔弾でもシルバーラビットやシャドーバットを一撃で魔力切れに追い込める。
けど、オークは連射される闇属性の魔弾を受けても、こちらに視線を向けるだけで、防御や回避の対応をしたりしない。
一応、オークの魔力抵抗力を破って魔力を削っているんだけど、かなり微妙な量で、少なくともこれで魔力切れを狙うくらいなら、正面から挑んだほうが賢明だ。
でも、スナオに向いたオークの注意をこちらに向けさせることには成功した。
双魔の杖を収納して、デュオシックルを逆手に構える。
魔力感知でオークの動きをできるかぎり先読みして、迫るハンマーを回避する。
空振りしたオークのハンマーが空気を押しのけて、地面を粉砕してクレーターを生み出す。
まだ、オークのすきが小さい。
魔術ダッシュを使っても、オークの体術で迎撃される可能性がある。
やっぱり、今回もオークの動きを誘導して、大きなすきを演出する必要がある。
着弾。
着弾。
着弾。
スナオの放った魔弾が次々にオークを襲う。
魔弾はオークの皮を破って血が流れているけど、出血量も多くないから大ダメージと言う感じじゃない。
「ブガガガァー」
オークが目前のボクを無視してスナオへ向かって走り出す。
「クソ」
舌打ちをしながら、魔術ダッシュを連続で駆使してオークに背後から追いついて、逆手にデュオシックルを構えながら真横を高速で駆け抜ける。
デュオシックルを保持する手に動きを止めるような強い衝撃が伝わってきたけど、逆らって強引に切ろうとしないで、流れにそうように刃を滑らせる。
「ブッガァ」
左の太ももを大きく切り裂かれて激しく出血するオークは、左膝を地面について足を止める。
迎撃。
迎撃。
迎撃。
片膝をついたままオークがスナオの魔弾を魔力を込めた右腕で迎撃してみせた。
さすがにただ魔力を多めに込めただけの腕で完璧に無傷で魔弾を防ぐことはできないようで、オークは浅いけど裂傷を負っている。
素早く両足の脛当てに魔力を通して風魔術を起動させる。
突進。
死角から無防備に見えるオークの太い首を狙いたくなるけど、欲張らない。
一閃。
オークの左手首の皮と肉をデュオシックルが切り裂くけど、骨はその強度に阻まれて断てない。
「ブガガァァァー」
ハンマーを地面に落としながらも、オークは反撃の拳を向けてくるけど、ボクはすでに魔術ダッシュで間合いの外に離脱している。
迎撃。
迎撃。
迎撃。
オークが魔力を込めた腕を振り回して、魔弾を迎撃する。
どうしてか、オークの姿が溺れて腕を滅茶苦茶に振り回しているように見えてしまった。
突進。
一閃。
オークを背後から強襲したデュオシックルの刃が分厚い筋肉と頑丈な骨によって停止する。
「ハアアアァ」
「ブヒィィー」
気合の咆哮と共に全力で魔術ダッシュを起動させて、無理矢理にデュオシックルを動かして断末魔を放つオークの首を強引に断ち切った。
噴水のように吹き出るオークの生暖かい血が、ボクの全身を濡らす。
濃厚な生命力と死に満ちた血の臭いがあたりに広がる。
オーク合金製のハンマーとオークの死体をコンテナブレスレットに収納する。
スナオのほうを見れば全力で喜ぶでもなく、双魔の杖を構えたまま呆然としている。
まあ、スナオの心情も理解できなくはない。
けど、ボクはそれよりも、さっきの狩りが気になった。
ノーダメージでオークを狩れた。
これは凄いことだけど、狩りの流れ自体は微妙だった気がする。
原因はわかっている。
ボクとスナオの動きがかみ合っていないというか、連携が上手く取れていない。
けど、これは仕方がない。
ボクが前衛で、スナオが援護という役割り分担以外の細かな連携とかを特に決めていなかった。
というか、これまでの第二層での狩りで必要がなかったから、細かな打ち合わせや連携の確認の必要性が頭になかった。
ボクもスナオもソロで狩りをしていた弊害かもしれない。
狩りの流れを相手と相談することなく、自分一人で決めようとするクセがある。
弱いモンスターが相手なら必要ないけど、これからオーク以上のモンスターを相手に連携が上手く機能しないと致命的なことになるかもしれない。
だけど、これはなにも悲観的な話というわけじゃない。
ボクとスナオがもっと上手く連携できればもっと強いモンスターを狩れる可能性の道が開けたともいえるから。
次回の投稿は四月二〇日一八時を予定しています。




