兎が見えない友
「空……でも、見ていると不安になる重苦しい空ですね」
スナオが第二層の不自然な青空を見上げながら紡ぐ言葉に、ボクはうなずきながら応じた。
「同感、見た目は澄み切った青空なのに妙な圧迫感があるね。それより、シルバーラビットが一体接近してきている。ボクが狩るから、シルバーラビットの魔力の流れを魔力感知で感じてみて」
第二層ではセーフエリアまでスナオに後ろに下がってもらって、ボクが前衛になる。
スナオが疲労困憊で足取りの重いからっていうこともあるけど、一撃死のありえるシルバーラビットの動きを覚えてもらう意味もある。
「はい、でも、魔力感知で相手の動きを先読みするなんて、私にもできるんでしょうか?」
スナオが不安そうな表情を浮かべる。
「うーん、相手の動きを正確に先読みするのは慣れが必要だけど、モンスターの体内を流れる魔力の濃淡を感じるだけなら、そこまで難しくない……と思う」
「……頑張ります」
「頑張るのはいいけど、ボクより前に出ないでね。それと、こっちでも警戒してるけど、シャドーバットの群れも接近してくるかもしれないから、シルバーラビットへの魔力感知に集中しすぎて周辺の警戒をおろそかにしないように気をつけて」
「わかりました。……でも、ジャックさん」
驚いたようなスナオの声に、接近してくるシルバーラビットを警戒しながら、シャドーバットでも視野に入ったのかと思いながら応じた。
「どうした?」
「想像以上に可愛いです」
アンゴラウサギのようなモフモフな毛並みのシルバーラビットを見据えながら、スナオが物凄い真剣な表情で言った。
「……気持ちはよくわかるけど、気を抜かないで。あんな見た目だけど、防具なしのスナオを一撃で殺せる蹴りを放つモンスターだ」
ボクの言葉に、スナオがわかりやすいくらい肩を落とす。
「ごめんなさい」
「いや、ボクも油断してシルバーラビットの一撃を受けたことがあるから、スナオに同じ目にあって欲しくないんだ」
シルバーラビットの可愛さに油断して、ポリカーボネイトの胸当てを一撃でダメにされるという、嫌な黒歴史が脳裏で再生される。
「ジャックさんが……わかりました。私、油断しません」
少し気の抜けていたスナオの顔つきが真剣なものになる。
左手に風属性の双魔の杖、右手にデュオシックルを装備してシルバーラビットとの間合いを詰める。
シルバーラビットに風の玉を数発撃ち込んで、注意をボクに向けさせる。
別に、スナオぐらい完成度の高い魔弾はまだ生成できないけど、ある程度練習してボクでもシルバーラビットを遠距離から狩る程度の魔弾なら生成できるようになった。
けど、それだとシルバーラビットの突進から蹴りを放ってくるときの魔力の流れをスナオが感知できないから、わざと殺傷力のない風の玉で注意を引きつけるだけにとどめた。
「キュー」
可愛らしい鳴き声を上げながら、シルバーラビットが可愛らしく首を傾げる。
でも、ボクはすでに散々このあざとい仕草というか、予備動作を見慣れているから、心が動かされることはない。
凪色の心で淡々とシルバーラビットのなかを流れる魔力を観測してタイミングを見定める。
シルバーラビットが突進してくると同時に、その軌道から避けてデュオシックルの刃だけ重なるように残していく。
後方で血と内臓を撒き散らしながらシルバーラビットが崩れる。
急激に、鉄錆のような不快な血の臭いがあたりに広がって強くなる。
ここでシルバーラビットの死体を解体しないでズタ袋に収納する。
「どう、見えた?」
「あの、ジャックさん。……全然、見えませんでした」
スナオがうつむいてしまっている。
「まあ、一回でいきなり魔力の流れが見えたりしないか」
ボクもホブゴブリンに追いつめられて徐々に魔力感知で先読みできるようになった。
単純にモンスターの魔力を感じ取ることは比較的簡単にできても、魔力の流れや濃淡、強弱を見極めるのは、慣れないとなかなか難しいかもしれない。
「そうじゃなくて……いえ、魔力の流れもよくわからなかったんですけど、それよりも根本的にシルバーラビットの動きを私は目で追うことができませんでした」
「うーん、魔力感知で予備動作を把握できないから、体感的にシルバーラビットの突進がより速く見えたのかな」
シルバーラビット、動きが単調だから慣れれば単体なら狩りやすいけど、第二層トップクラスの速度と攻撃力だから突進の正確なタイミングがわからないと慣れるまで大変かもしれない。
身体能力的にスナオは十分にシルバーラビットに対応できると思うけど、長い期間、特に敏捷でもないジャイアントラットを狩り続けたせいで、動体視力が鈍っているのかもしれない。
魔弾で遠距離から狩るならともかく、斧でシルバーラビットを狩るのはかなり苦労するかもしれない。
遠見で強化された視野に、六体のシャドーバットの群れが見えた。
双魔の杖とデュオシックルを収納して、装備をデュオサイズに切り換える。
魔弾の使えるスナオにとって不要な戦い方かもしれないけど、長柄の武具で対空戦闘の仕方を観察するも、探索者の経験として無駄にはならないだろう。
索敵、魔力感知、遠見のスキルで周辺を警戒するけど、六体のシャドーバット以外のモンスターの影はない。
「あのシャドーバットの群れを狩ってきます。抜かれることはないと思うけど、一応警戒はしていてください」
「わかりました。でも、本当に羽音がしないし、索敵のスキルでも捕捉できないんですね」
「索敵のスキルの熟練度が上がれば捕捉できるようになるよ」
索敵のスキルで捉えたシャドーバットは気を抜くとノイズのように乱れて霧のように曖昧になる。
まあ、警戒していれば遠見や魔力感知のスキルで捕捉できるから、索敵のスキルで捕捉できるからといってそれほど有利になるわけじゃない。
疾走。
跳躍。
一閃。
三体のシャドーバットが一度に両断されて地面に落ちる。
残ったシャドーバットが、ボクから距離をとるように散開しようとする。
けど、遅い。
跳躍。
一閃。
比較的近くにいた二体のシャドーバットが、一度に落命する。
回避。
オークの高速で迫る絶死の一撃に比べると、シャドーバットの放った衝撃波が、まるでスローモーションのようにとても遅く感じられる。
疾走。
一閃。
衝撃波を放って高度を落としたシャドーバットは、そのまま高度を上げることなく二つの死体になる。
シャドーバットの死体も解体しないで、ズタ袋に収納していく。
「あの」
「どうだった」
「動きが滑らかで、無駄のない鮮やかな狩りでした」
「……あーうん、ありがとう」
うーん、普通の狩りをしているだけで、特に凄いことをしているわけじゃないから、不意打ちで褒められると嬉しいというか、照れてしまう。
「それに、少しだけ魔力感知で先読みする取っ掛かりがわかったかもしれません」
「それは凄いな」
「いえ、まだ、魔力の濃淡がなんとなく感じられる程度です」
「いや、魔力の濃淡が感じられたなら、あとはモンスターの魔力の流れと動きの情報を一つ一つ蓄積していくだけだよ」
「はい」
スナオが嬉しそうに笑顔を浮かべる。
不意打ちでドキリとしそうだから、気持ちを切り換えるようにセーフエリアへ向けて歩き出す。
それから、すぐに他のモンスターと出会うこともなく、第二層のセーフエリアに到着した。
「なんだか、不思議です」
「なにが?」
「マウザーだった私が自分の足でC級ダンジョンのセーフエリアに到達したことがです」
スナオがセーフエリアの白い床を確認するように踏みしめる。
「そうか」
次回の投稿は四月一二日一八時を予定しています。




