撃ち殺す友
銃殺刑。
そんな血生臭い不吉な言葉が脳裏に浮かんだ。
頭を撃ち抜かれて、次々に糸の切れた人形のように脱力して崩れるゴブリン。
本日、三つ目のゴブリンの群れが全滅した。
一方的に気づかれることなく遠距離からゴブリンを狩っていく。
まだ、スナオは動きながら隠行と魔力感知のスキルを同時に起動することができないから、一回一回足を止めての魔弾による狙撃。
爆発音を撒き散らす銃と違って、一切音を発生させない魔弾による静かな殺戮。
けど、それをなしたスナオの表情は硬い。
目覚めて魔力が増えたことに驚きながら喜んで、朝食に出したオークの厚切りステーキに感動して顔をフニャフニャにしていた人物と同じとは思えない。
本日、セーフエリアからダンジョンヘ何度もためらって一歩を踏み出すまで一時間近くかかって、それからいままで表情と体を強張らせ続けている。
ボクはあまり感じないけど、人型のモンスターを狩るのが苦手な人にとって心理的な抵抗が強いらしい。
ジャイアントラットのような獣型のモンスターは狩れても、人型のモンスターを狩ることができないという人は一定数いる。
それに、死のリスクが限りなく低いジャイアントラットと違って、殺すための凶器を持ったゴブリンに死のリスクを背負って相対するのに慣れるのは簡単じゃない。
スナオはマウザーだと卑下するけど、それでも探索者を二年続けていたから、実力的にゴブリンの群れが相手でも危なげなく勝てる。
けど、勝てるから、強いからといって、イコールでゴブリンを相手に恐怖を感じなくなるわけじゃない。
低くても死のリスクがあるというだけで、死への恐怖はまとわりついてくる。
加えて、常時じゃなくても、不慣れな隠行と魔力感知のスキルの同時起動でスナオの精神を疲弊させている。
うん、スナオに余裕がないのはある意味でしょうがない。
走ってもいないのにスナオの呼吸は常に乱れているし、緊張して過剰に力が入って動きが硬い。
それらがさらにスナオを疲労させている。
でも、スナオは狩りの終了を宣言しない。
淡々とゴブリンを解体して、次の狩りに向かう。
まあ、解体した物を運搬するのは容量の多いズタ袋を持つボクだし、隠行と魔力感知のスキルの起動でスナオは手一杯だから索敵もボクがしているんだけどね。
「少し休む?」
ボクの言葉に、スナオは首を横に振る。
「いいえ、まだ狩りを続けさせて下さい」
「でも、疲れてない?」
明らかにスナオの足取りは狩りを始めたときよりも重くなっている。
「……疲れています。まだ、魔力も体力もあるのに、脳の奥か、体中の神経の裏側がつりそうで、隠行と魔力感知のスキルを維持し続けるのがきついです」
苦笑気味に言ったスナオの言葉に、内心でうなずく。
慣れないと併用に難のあるスキルを同時に起動するのは、心身を消耗させる。
それが初めてのゴブリン狩りならなおさらだ。
「なら……」
休憩を提案しようと口にしたボクの言葉を、スナオが食い気味に遮る。
「けど! まだ、やれます。いまは足を止めたくないんです」
「どうして」
「いま足を止めたら、また腐るように停滞してしまいそうで、怖いんです」
スナオが怯えたような、すがるような潤んだ瞳を向けてくる。
スナオの気持ちはなんとなくわかる。
不本意で不満だらけの現状なのに、その状況を打破する一歩を踏み出せないで、そんな自分を嫌悪して枯れたような諦観の沼に沈み続ける。
その状況から少しでも抜け出せたら、今度は二度とそこに戻らないように必死になってしまう。
「……はぁ、わかった。でも、ボクが無理だと判断したら中止するから」
「ありがとう、ジャックさん」
嬉しそうに花が咲くような笑顔をスナオが向けてくる。
思わずドキリとしてしまいそうになるから、不意打ちで笑顔を向けてこないでもらいたい。
ある意味オークより危険だ。
「どうする?」
ボクの言葉に、スナオは困ったように首を傾げながら応じた。
「どうしましょう?」
ボクとスナオの視線の先、五〇メートルの所にゴブリンとは段違いの存在感を放つホブゴブリンが静かに立っている。
あれからさらに、ゴブリンの群れを四つ狩った。
狩り自体は順調だけど、スナオの疲労はそろそろ限界が近い。
火魔術のスキルで生成したスナオの魔弾の精度が徐々に下がって雑になってきている。
まあ、それでもホブゴブリンを遠距離からスナオの魔弾なら一撃で狩れる。
初日でホブゴブリンを狩れればスナオの自信にもつながるから、挑んだほうがいい。
けど、ホブゴブリンに挑むという決断は、これからのスナオのためにも自身にして欲しい。
「ボクはスナオの決断を尊重する」
「ホブゴブリンに通用するでしょうか、私の魔術が」
スナオが不安そうに手に持つ猟銃のような双魔の杖を強く握り締める。
まあ、歴戦の戦士のような存在感を放つホブゴブリンを見て、不安になるスナオの気持ちはよくわかる。
それに実際、ゴブリンとホブゴブリンじゃ強さが全然違う。
けど、スナオの魔弾の威力を考えると、わずかな誤差程度の強さの違いでしかない。
「それは多分、大丈夫。スナオの魔弾なら一撃でホブゴブリンを狩れる」
何度かホブゴブリンとボクへ視線を内心の迷いを表すように行き来させてから、スナオはますっぐボクの目を見据えて口を開く。
「……挑戦させて下さい」
「わかった」
スナオが猟銃のような双魔の杖を構えて、ホブゴブリンを見据える。
魔力感知のスキルが起動して、まだ遅くて不安定だけど昨日よりも滑らかに魔力がスナオの全身を循環していく。
スナオの魔力が双魔の杖を流れて先端のマギルビーに到達して、火属性へ変換される。
赤い火属性の魔力が圧縮されて、何体ものゴブリンを射殺した魔弾が生成される。
けど、スナオの疲労を映すように、魔弾の圧縮が脈動するようにブレて不安定なる。
「焦って撃たないで、落ち着いて一発の完成度を高めて」
ボクの言葉に、スナオは無言でうなずく。
いつもよりも時間をかけてスナオが魔弾を生成する。
射出。
わずかにホブゴブリンの頭が揺れて、一秒後にゆっくりと膝から崩れる。
「や、やりました、ジャックさん」
スナオが目に涙を浮かべて笑顔でハグしてきた。
ホブゴブリンを倒した達成感で喜びの感情が振り切れたんだろう。
まあ、気持ちは良くわかる。
これでスナオが少しでも自分に自信を持ってくれたらありがたい。
というか、これだけの実力があったのに、マウザーとして燻っていたのが信じられない。
まあ、他人がなによりも苦手で、ソロだから新たな一歩を踏み出せなかったスナオの事情も理解できるけど。
「あの、宝箱です、ジャックさん」
確かに、木製の宝箱だ。
「えっと、どうしましょう?」
「うん? 開けないの?」
「私が開けていいんですか?」
「スナオがホブゴブリンを狩って出てきたんだから、スナオが開けるべきだろ」
「じゃ、じゃあ、開けます」
スナオが宝箱から取り出したのは、一本の杖だった。
『ビギナーワンド(全)』
先端にマギダイヤモンドがおさまった全属性の杖、買い取り価格五〇〇万から一〇〇〇万円の一品だ。
スナオの引きの良さが羨ましい。
次回の投稿は四月八日一八時を予定しています。




