ニート、頼られない
愚考して、愚行する。
ボクがこれまでの人生で目をそらして、学習しないで繰り返したことだ。
深く考えないで、思いついたことをしようとする。
踏み出す前に足を止めて、冷静に考えればいいのに、面倒だって横着してしまう。
だから、
「……はぁ、ジャックさんは記憶力がないのかな?」
アンナにゴミを見るような目を向けられて、凍りつくような冷たい声で怒られる。
「いや、覚えているよ。大丈夫、覚えてる。別に、もう一度家族として認めてもらおうとか考えてないよ、多分」
というか、そんな深い考えなんてない。
買取所からの帰りにアンナを見かけたから声をかけただけだ。
「じゃあ、なに? どうして、大金を贈ろうなんて考えになったの?」
「あの……ね、あれだ、探索の収入が想像以上だったから、長年生活費を出してもらっていたわけだし、没交渉で現在の関係があれでも、支払うのが筋なんじゃないかと思ってみたりしたかな?」
言葉以上の意味なんてない。
家族との関係の修復なんて、まったく考えていない。
当分、定期的に数千万円のお金が手に入りそうだから、いまの関係がどうであれ支払うのはいいことなんじゃないかと思いついただけ。
いくらボクでも、自分で差し出された手を拒絶して家族関係を引き裂いたのに、いまさらお金で赤黒い怨嗟の断裂をお手軽に修復をできるなんて都合のいい幻想は抱いていない。
まあ、歪んだ自己満足ぐらいにはなるかもしれないけど。
「はぁ……まあ、いい心がけだし、筋通すの大切だけど、止めてね」
アンナの口調は言葉と裏腹に、それがいいことでも大切なことでもないように感じられた。
「えっと、どうして? 別に、借金とか無理してお金を工面したわけじゃないよ」
「そこらへんはジャックさんを疑ってない。ていうか、無理してでもお金を工面するとか、そんな器用なことできないでしょ、ジャックさんは」
「それなら……」
「数年前なら違ったかもしれないけど、いまはダメ。ただでさえトウヤの反抗期で四六時中モメてるのに、ジャックさんが大金を持ってきたら、絶対にろくなことにならないから」
アンナがうんざりした様子で断言する。
「ならないかな?」
「ならない。ジャックさんがパパの都合のいい金づるになりたいって言うなら止めないけど?」
アンナの言葉に、即応する。
「謹んで、遠慮します」
あの家族に長年、迷惑をかけたという心の奥に突き刺さった鉛の杭のような罪悪感はあるけど、献身的、盲目的に都合のいい金づるになるほどじゃない。
「あまりバカなことしないでよね、ダンジョン投資っていうのがうまくいかなくて、いまはパパの機嫌が最悪なんだから」
アンナの口から、今日、買取所で聞いたばかりのタイムリーなダンジョン投資というワードが出て、思わず聞き返してしまう。
「ダンジョン投資って、あのダンジョン投資?」
「多分、そのダンジョン投資。なーんか、最近ダンジョンが存在している土地の価格が高騰しているらしいから、そこのダンジョンを高く売ろうとして、失敗したらしいよ。それに、そこのダンジョンが売れれば探索者になるってトウヤも騒がなくなるって考えたみたい」
「あそこのダンジョンを売る? ボクも探索できなくなるのかな?」
あのダンジョンがいま売られるのは困る。
せめて他に、人がいなくて、楽しい難易度のダンジョンが見つかってからにして欲しい。
「バカなの? さっき失敗したって、言ったよね。換金性の高い資源も取れない中途半端に難易度の高いC級ダンジョンが高値で売れるわけないでしょ」
アンナがあきれた表情でため息交じりに言った。
「……ああ、売れてるのはD級とE級のダンジョンなんだっけ」
安全なD級とE級のダンジョンがあるのに、微妙に難易度の高いC級ダンジョンのセーフエリアに需要なんてないか。
でも、それなら、これからはある程度資金を貯めて、あのダンジョンというか、ダンジョンを含んだ土地を買い取ることを視野に入れたほうがいいかもしれない。
「そう、売れるのはD級とE級のダンジョン。だから、高値がつかないってわかったら、E級にしろってパパが役所にクレーム入れてた、バカでしょ」
そう言ってアンナはあきれたように肩をすくめた。
「えっと、そんなに資金が逼迫してるの?」
ボクの知ってるあの人は傲慢でいつも上から目線で、自分の価値観が絶対に正しいと信じきっていたけど、役所にクレームを入れるほど短慮でもバカでもなかったはずだ。
「ぜーんぜん、ひっぱくなんてしない。せーだいに浪費するほどの余裕はないけど、フツーにいまの生活レベルを維持するのは問題ないよ。まあ、最近トウヤとか、ジャックさんとか、アタシとかが思い通りに従わないから、パパの怒りのメーターが溜まってたんでしょ」
アンナがバカにしたように吐き捨てる。
「反抗期のトウヤとボクはともかく、アンナがなにかしたの?」
「このカッコがムカつくみたい。前からパパにフツーのカッコしろって小言は言われてたんだけど、最近はトウヤの反抗期で少しでも自分の意にそわないとキレる感じになってるね」
「大丈夫なの、それ」
「まあ、大丈夫じゃないよ、アタシなんてこのカッコ止めないと進学の費用出さないって言ってるし。大学に進学できない人間をナチュラルに恥って見下す、世間体と見栄をなにより気にしているパパが言い出すのは意外だったけどね」
アンナの言葉に内心で激しく同意する。
あの人の認めた学歴がないイコール人間じゃないっていう、独特の価値観の持ち主だったのに、裏金で学歴を買うならともかく、進学の費用を出さないで自分の娘の学歴を潰すとは思えない。
あるいは、学歴を脅かせばアンナが言うこと聞くって、浅はかに考えたのかもしれない。
「……どうするの」
探るように告げたボクの言葉に、アンナはなんでもないというように淡々と応じる。
「別に、推薦で入学は決まってるから、費用は自分でどうにかするよ」
「あの……さ、出そうか?」
「なにを?」
アンナは不思議そうに首をかしげる。
アンナにとって当たり前だけど、ボクはダメな叔父で、頼るべき大人じゃないんだと思い知らされる。
そのことがどうしょうもなく情けない。
「えっと、進学の費用」
ボクの言葉に、アンナは一瞬、驚いた表情を浮かべるけど、首を横に振る。
「……別に、叔父さんに出してもらう、理由がないからいいよ、自分でどうにかするし」
「…………そうですか。ちなみに、格好をどうにかするつもりは?」
「え、ないよ。パパの言う通りにするなんてつまんないし、ダサいからしないよ」
なんでもないことのように、ちゃんと自分のスタイルを確立しているアンナが直視できないくらい眩しく感じる。
「……うーん、まあ、いまさらだけど、困ったことがあったら、頼ってくれると嬉しいかな」
「はぁ、叔父さん……ジャックさんに頼るっていうのが想像できないけど……一応、覚えとく」
次回の投稿は三月一九日一八時を予定しています。