ニート、犬たちと戯れる
入口から見て左側ばかり探索していたので、最後は未探索の右側に行ってみる。
すぐに、索敵に反応があると思ったら、包囲されていた。
索敵の反応を信じるなら、相手は八体。
焦燥が全身に燃え広がる。
隠行が無効化された?
索敵スキルや隠行スキル持ちの上位種?
ゴブリンアサシン、ゴブリンハンター、ゴブリンコマンダー、いずれも見た目は少し大きいだけでほぼノーマルゴブリンと変わらないけど、スキルを駆使する強敵。
上位種八体だったら、生存は絶望的。
ノーマルと上位種の混成部隊なら、まだ望みはある。
撤退…………突破しようとするすきを突かれて、むしろ危険。
一体一体確実に倒した方が、生存の確率は高い。
パニック寸前の精神を黙らせるように、冷静さを偽造して分析を急造してみる。
距離、五メートル。
暗視装置に人影が浮かび上がる。
ノーマルゴブリン?
上位種?
決壊寸前の精神を噛み締め、意識を集中させる。
少し…………小さい。
頭の形状が、ゴブリンとは明らかに違う。
犬っぽい…………コボルトか!
隠行には消臭効果がないから、嗅覚で位置を探られたのか?
相手がゴブリンと同格のコボルトとわかって安堵のためか、緊張がわずかに緩む。
そこを突かれた。
八体のコボルトが一斉に動く。
動揺する心を置き去りにして、体を動かす。
四肢のレスポンスが悪い。
正面の近いコボルトから照準。
発砲。
「キャウン」
コボルトの動きが止まる。
刺突。
ダメだ、キャンセル。
フォローするように正面から突っ込んでくるもう一体のコボルトに照準。
「キャン」
刺突。
コボルトの喉に突き刺さる。
大丈夫、ボクはコボルトとも戦える。
次だ。
左の太ももに衝撃。
「クソ!」
索敵は起動していて、背後から近づいてくる相手に反応していたのに、目の前に集中しすぎて、索敵の反応を処理できなかった。
右脇腹に衝撃。
槍で払おうとしたけど、遅くてあまりにも鈍い。
迎撃どころか、牽制にもならない。
五年前に頑張れと両親から渡されたお金で、ケチらずにそろえた防具は値段相応の結果を示す。
コボルトによる攻撃の貫通を許さない。
でも、衝撃までは殺しきれない。
まだ、動きに支障はない。
でも、蓄積すればいずれ死に至る。
連射。
なぎ払い。
弾幕と大振りで牽制する。
なんとも、無様な時間稼ぎだ。
肺が熱を持って、悲鳴を上げる。
レベルアップで強化されたといっても、無尽蔵の体力を手に入れたわけじゃない。
デフォルトが運動不足のメタボ中年なのだから、強化を考慮しても限界はすぐにくる。
「クソ!」
背後から襲われ、左足を突かれる。
反撃しようとするけど、相手はすでに射程外。
コボルトは的確な連携と一撃離脱で、こちらを削ってくる。
持久戦は論外。
多少のダメージを無視して、一体一体を確実に屠る。
一番近い奴に照準。
発砲。
「キューン」
コボルトの動きが止まる。
撃たれたコボルトをカバーするように、背後のコボルトが強襲。
衝撃。
無視。
全速力で突進して、槍を突き刺す。
「ギャアアァァァン」
コボルトは内臓の溢れるお腹を押さえながら、断末魔を上げて崩れる。
残り六体。
無心で近くに浮かぶ犬面に照準。
発砲。
コボルトの動きが停止。
突撃。
両足に三つの衝撃。
無視。
刺突。
残り五体。
照準。
衝撃。
無視。
発砲。
突撃。
衝撃。
無視。
刺突。
硬い物が割れるような手ごたえが槍から伝わる。
コボルトから引き抜いた槍の切先が欠けていた。
残り四体。
照準。
発砲。
衝撃。
無視。
突撃。
槍を突き出す直前に、膝が崩れる。
血の気が引いていくけど、体を強引に稼動させて腕を伸ばして、槍を突き出す。
「キャウン」
槍は刺さらず、突き飛ばすだけになる。
痙攣して反旗を翻す両足を黙らせて、体を立たせる。
切先のない槍で刺殺は不可能。
両足はダメージと疲労で、長時間の疾走なんて不可能。
全身が蓄積されたダメージと消耗で、鉛の鎖を巻きつけられたかのように、だるくて鈍い。
恐怖の黒い鼓動が、体温を無視して、心を凍てつかせる。
粘りつくように迫る死の足音が、平常心を削る。
照準。
発砲。
回避された。
迫るコボルトに、切先のない槍を振り下ろす。
「ギャアアアァァァ」
コボルトの右腕を持っている剣ごと切り落とす。
それでもコボルトは止まらない。
コボルトの顎門がボクの顔面に向かってくる。
とっさに、左腕を間に入れてかばう。
ポリカーボネイトの籠手がミシミシと悲鳴を上げる。いつ籠手の限界がきてもおかしくはない。
この距離だと槍での対処は無理。
剣鉈に持ちかえて、噛み付いて離れないコボルトの喉を目がけて突き刺す。
「ガッフ」
コボルトはむせるように生臭くて生暖かい血を吐いて、ボクの腕を濡らしながら崩れる。
残り三体。
剣鉈を構えながら、索敵に集中。
頼みのエアガンは腕を噛まれたときに落としてしまった。
探して拾う余裕はない。
コボルトが動く。
迫るコボルトに体を向ける。
コボルトの槍が胸を強打する。
防具が貫通を許さないけど、息が一瞬詰まる。それでも動いて、コボルトの槍の柄をつかんで強引に引き寄せて、剣鉈を突き刺す。
残り二体。
コボルトが同時に動く。槍の一撃を剣鉈で弾いて、剣の一撃を左腕の籠手で受ける。
「アアアァァァ!」
自己主張する痛みを雄叫びで誤魔化す。コボルトの剣を持った手首をつかんで、引き寄せて首を剣鉈で切り裂く。
吹き出る血が頭から降りそそぐ。
残り一体。
コボルトは正面からボクの顔面を狙って、大振りで槍を突き出してくる。
首をそらして避けるけど、暗視装置が跳ね上げられながら壊れる。
念のために暗視のスキルを取得していたので、視野に問題はない。
大振りを外したためか、コボルトの姿勢は崩れている。
全身全霊、最後の力まで振り絞って、コボルトの首を目がけて剣鉈を振るう。
犬のようなコボルトの首が飛んでいく。
残されたコボルトの胴体が、噴水のように血を噴き出しながら崩れる。