ニート、ズタ袋を手に入れる
ここ数日、実戦でオークの革で作ったシャドースーツの着心地を確認しつつ、闇魔術でモンスターを魔力切れにして無力化するのと違って、光属性を弱点とするゴブリンを光魔術だけで狩ることができて、妙に気分が高揚して実益のない第一層での狩りを続けてしまった。
今日は、第一層で光属性の双魔の杖を手に、ゴブリンとコボルトを相手に光魔術で無双しながら、四日かけて作った武具を買取所に納品しにきた。
コンテナブレスレットから取り出した双魔の剛刀、デュオスピア、デュオソードがそれぞれ二本ずつで、計六本。
シルバーラビットの毛皮の鞘に納まった双魔の剣鉈を一〇本、リュックサックから取り出して買取所のカウンターに並べたら、店員が三〇〇〇万円の値を付けた。
意味がわからない。
というか、意識が飛びかけた。
いや、まあ、前回は前金として渡されたコンテナブレスレットの代金が引かれていたし、納品した武具の数が違うし、上位ゴブリンと上位コボルトの持っていた武器を素材に作ったからより評価されたという、一応の理屈はわかる。
けど、感情が追いつくかどうかは別問題。
頭のなかが軽くパニックになっている。
こんな大金、少し前まで収入の皆無だった人間にとって現実感が希薄で実感がともなわない。
それでも現金取引じゃなくてよかった。
目の前に大金を積まれたら、冷静さがどうにかなっていたかもしれない。
でも、店員に用意してもらった数珠のような見た目の一〇個収納できるコンテナブレスレットと、灰色のズタ袋のような収納バッグを買ったら、一瞬で三〇〇〇万円がほとんど消えてしまった。
まあ、このズタ袋、収納した物の重量軽減効果がほとんどないけど、ランスホーンクラスの大型モンスターをまるごと収納できるだけの容量があるから、収納枠が一〇個あるコンテナブレスレットと合わせて三〇〇〇万円なら安いくらいだ。
…………三〇〇〇万円を安いか、金銭感覚が軽く壊れているな。
しかし、ボクが以前に提供した情報で、そろそろゴブリン鋼やそれを素材にした武具の値崩れは起こらないのかと、不思議に思って店員に聞いてみた。
「ゴブリン鋼関連の値崩れですか? そうですね、当分は起きないと思いますよ」
店員の様子は、適当な安請け合いじゃなくて、まるで確信しているに見える。
まあ、コミュ力と人間観察力の怪しい節穴同然のボクにそう見えただけだから、間違っているかもしれないけど。
それに公的な買取所は民間の買取所と違って、需要や在庫で価格を簡単に変動させないから、それが影響しているのかもしれない。
「ど、どうしてですか? ボクの情報になにか誤りがありましたか?」
口が緊張してスムーズに動いてくれない。
別に、店員のことは苦手じゃないけど、他人というだけで自動的に、オークと対峙したときよりも緊張してしまう。
「いいえ、こちらで十分に検証して、情報通りの結果が出ています」
「えっと、それならどうしてゴブリン合金からゴブリン鋼を分離する人が増えないんですか?」
ゴブリンクラスしか安定して狩れないルーキーなら、収入が中堅の探索者並に増えるから、武具を作らなくてもゴブリン合金をゴブリン鋼のインゴットにする人は増えると思ったんだけど。
「そうですね、理由は主に三つあります。一つ目は、ベテランの探索者ほど同時起動に難のあるスキルを素早く切り換えて使うクセがついて、それがスキルの同時起動を阻害しているようで、テクニックの習得を難しくしています。ですから、変なクセのついていない新人の探索者のほうがスキルの同時起動を習得するのは早いですね」
「な、なるほど」
店員の言葉に一応うなずくけど、内心はあまり共感できていない。
スキルの同時起動を習得するのは苦労したけど、変なクセに阻害されたりしていないから、正直あまりよくわからない。
「そして二つ目は、生産系スキルの難しさですね。スキルの同時起動ができた新人の探索者がゴブリン合金からゴブリン鋼を分離しようとして、大半の人が挫折しています。時々、成功する人もいるのですが、効率が悪すぎると言ってほとんど長続きしません」
「確かに、簡単じゃないし、効率も良いとは言えないですね」
慣れないうちは、生産系のスキルの同時起動にすら手間取って、魔力をゴブリン合金に浸透させるのも大変だし、そこからゴブリン鋼を分離するのは早くても数時間、下手したら半日かかるかもしれない。
安全に収入を増やせるかもしれないけど、決してお手軽というわけじゃない。
何時間もイメージと集中力を乱さずに地味な作業を続ける根気が必要になる。
お手軽なエンジョイ勢や派手好きな英雄志願者にはきついかもしれない。
「さらに三つ目として、セーフエリアを確保する難しさがあります」
「それって、最低でも第二層まで自力でダンジョンを探索しないとセーフエリアが使えないから利用するのが難しいって話ですか?」
ボクの探索しているような個人が管理しているダンジョンなら、入口付近のセーフエリアを他人に遠慮することなく利用できるけど、一般に開放されているダンジョンの入口付近のセーフエリアは通行の邪魔になるし、そこで生産の作業はできない。
セーフエリアを利用したければ、自力で第二層まで探索しないといけない。
「違います。E級のダンジョンでしたら、武装しただけの普通の成人男性でも初回でセーフエリアにたどりつけます。いいですか、魔力切れになって魔力を増やしたり、生産系のスキルで生産をするなどセーフエリアを長時間占拠する必要があります」
「まあ、そうですね」
「しかし、一般に開放されているダンジョンのセーフエリアは基本的に休憩所として利用されています。そんな所で、多くの探索者が寝泊りや生産の作業をしだしたらどうなるかわかりますか」
「なんとなく、想像ができます」
ダンジョンの各階層にあるセーフエリアは個人で利用するなら広いけど、休憩するならともかく集団が寝泊りしたり生産の作業を快適にできるほど広くはない。
仕事、娯楽、生産など目的の違う探索者を集めただけでも、もめるのにセーフエリアの取り合いなんてなったら、話し合いじゃなくて警察の介入が必要なトラブルが起こることは必至だ。
「セーフエリアの私的占有などでトラブルが激増、落ち着いて数時間も生産に没頭できる探索者がどれだけいるか。以上の理由から、当分はゴブリン鋼の値崩れはないですね。まあ、余波で資本力のある企業やギルドが、セーフエリアを確保するためにD級やE級のダンジョンをどんどん購入して、ダンジョン投資なんていう流行が起こっていますが」
「ダンジョン投資? えっと、確か、ダンジョンって簡単に売り買いできないんじゃないですか?」
「ええ、複雑な手続きと専属の探索者の確保など、かなり手間がかかります。しかし、僻地の換金性の高いモンスターや資源の取れない資産価値のないダンジョンが、高値になれば売り手も買い手も手間など惜しみませんよ」
ダンジョンを所持したら法的にスタンピードを起こさないように、モンスターを定期的に狩ったりして管理しないといけないのに、それでも高く売るためにダンジョンを購入するなんて、共感も理解もできないけど、商魂たくましいとは思う。
次回投稿は三月一五日一八時を予定しています。