ニート、第三層に行く
転送装置で他の層のセーフエリアに移動する描写を追加しました。
全力を出し切った心地よい疲労感と、溢れ出る達成感に満たされる。
なのに、濃厚に立ち込める新鮮な血の臭いが、どうしょうもなく現実に引き戻す。
寝転がって、もう少し余韻に浸っていたいけど、やることがあるから気合を入れなおして動き出す。
まずは、いつの間にか出現した木製の宝箱を開ける。
入っていたのは四〇センチくらいの木製の杖。
『ビギナーワンド(光)』
光属性の魔術を使うための杖だから、先端には小さなマギパールがはまっている。
性能的にはともかく、レアな光属性ということもあって値段的には一〇〇万円を上回る良い品物だ。
オークの死体とハンマーをコンテナブレスレットに収納して、ビギナーワンドを少し不格好だけどリュックサックに仕舞う。
左手に闇属性の双魔の杖を、右手に回収したデュオサイズを装備する。
アダマントコックローチの胸当ては壊れていて、シビアな回避を長時間続けたせいで、なにも考えたくないぐらい頭がしんどくて、万全には程遠いボクの状態。
安全なのは、第二層のセーフエリアに引き返すこと。
けど、第三層のセーフエリアのほうが距離的には圧倒的に近い。
…………第三層のセーフエリアを目指そう。
調査員の報告が正しいのなら、第三層の階段とセーフエリア周辺にいるのは、ランスホーンとストライクベアの二種。
どちらもオークほどじゃないけど、強いモンスターだ。
だけど、どちらも群れずに単独行動で、索敵能力はゴブリンコマンダーを下回り、コボルトのような嗅覚やシルバーラビットのような聴覚を持ち合わせていない。
シャドーコートを装備したボクなら、気づかれずに通り過ぎたり、奇襲したりできるはずだ。
それに、この二種が相手ならアダマントコックローチの胸当ての有無なんて誤差でしかない。
階段を進みながら、脳内の疲労を追い出すように深くゆっくり呼吸を繰り返す。
後ろから差す第二層の光が途切れて、足を進めるごとに暗闇が徐々に深くなっていく。
第三層は第一層と同じように、常闇のはずだ。
第二層の妙な圧迫感と違和感のある明るい青空とわかれられるのはありがたい。
常闇だと、暗視のスキルの熟練度が上がりやすいし、血と臓物のグロさもモノトーンでマイルドになる。
第三層に足を踏み入れて、空を見上げればどこまでも果ての曖昧な闇色が迎えてくれて、わずかに安堵する。
階段周辺を見渡せば、草原が広がっている。
木も生えているけど、森というにはまばらで、所々に木がある草原というのが正しい気がする。
調査員の報告によれば第三層は五つの領域にわけられる。
ボクが今いる階段やセーフエリアのあるランスホーンとストライクベアの出現する領域、左側に広がるゴブリンジェネラル、ゴブリンウィザード、ゴブリンスナイパーが出現するゴブリンの領域、右側に広がるコボルトジェネラル、コボルトウィザード、コボルトスナイパーが出現するコボルトの領域、奥の第四層へ続く階段周辺にはオークが出現するオークの領域、そしてゴブリンとコボルトとオークが争う中央の戦場。
ちなみに、第四層へ続く階段を守るのはオーガで、周辺にいるオークもそこには近づかないらしい。
第三層へ踏み出してすぐに、ランスホーンが視界に入った。
ランスホーンは、その名の通りランスのような二メートルぐらいの角を生やしたゾウ並みに大きいサイだ。
攻撃手段は単純で、目標に向かって突進を倒すか倒されるまで繰り返す。
状態異常攻撃をしたり、衝撃波を放ったりもしない。
ただし、その突進速度はスモールブラックホーンを上回り、防御力はオークどころかオーガをも上回る。
ある意味狩りやすくて、狩りにくい。
速度に対処できて、防御力を上回る攻撃手段を用意できればカモにできるけど、速度に翻弄されて攻撃力が足りなければ悲惨なことになる。
どうするか。
狩らないという選択肢はない。
セーフエリアへ向かうには、ランスホーンの視界を横切らないといけない。
いくら隠行のスキルが起動していても、ずっと視界に入っていたら、どんなに相手が鈍くても気づく。
視界を遮る物の少ない草原を、ランスホーンに気づかれずに行けると考えるのは無謀だ。
このランスホーン、物理防御力はともかく、魔術抵抗力は高くないし、闇属性に耐性もないはずだから、ボクの闇魔術でも魔力切れに追い込めるかもしれない。
まあ、魔力切れまで、何発撃ち込まないといけなかわからないから、手間取る可能性もある。
気づかれないように近づいて、デュオサイズで狩るのが無難かな。
でも、奇襲するにしても、首は狙いにくいし、一撃で落ちるとは思えない。
後ろ足を奇襲で切断して、横倒しになったところを、闇魔術で魔力切れにしてゆっくりと狩るか。
気づかれないように後方からランスホーンに近づいて、丸太のように太い後ろ足に狙いを定める。
デュオサイズを片手で、一閃。
「バァァァー」
空間を破裂させるような重低音の鳴き声を上げながら、ランスホーンが地響きを立てて横倒しになる。
ここまでは予定通りなんだけど、ランスホーンの後ろ足が切断できなかった。
片手だからしょうがないのかもしれないけど、攻撃力の高いデュオサイズで切断できなかったことが地味にショックだ。
まあ、それでも、足の骨を含めて半分以上は深く切れているから、立てなくさせるという目的は達成できているからいいんだけど。
牽制と魔力切れを狙ってランスホーンに双魔の杖から、機関銃のように闇の玉を途切れることなく放つ。
一五〇発以上放って、ランスホーンはようやく小さく痙攣するだけで静かになった。
双魔の杖を地面に置いて、デュオサイズを両手で持ってランスホーンの首に振るう。
「硬い」
なんとかランスホーンの首を両断できたけど、押し固めた粘土を切れ味の悪い刃物で切っているような酷い手応えだった。
どうするか。
このランスホーン、魔石以外の素材に価値がない。
皮はオーガ並に頑丈だけど加工しにくい上に、鉄より重くて防具にしにくい。
角はそこそこ頑丈だけど武具には向かないらしくて、その上ゴブリンの角と違って他の使い道がないらしくて買取所で買い取り対象になっていない。
肉は不味いことで有名で、どんな肉好きもベジタリアンにしてしまうほどの不味さらしい。
なら、さっさと解体して魔石を取り出せばいいんだけど、この硬い巨体を奥まで切るのは、なかなか手間だ。
双魔の剣鉈を出して、解体と短剣のスキルを意識して挑む。
硬くて、血生臭くて、しかも微妙に青臭くて、深い。
切るというより、血肉の壁を掘っている気分になる。
数分かかってようやく魔石が取れた。
公的な買取所で、約一万円の魔石。
装甲車みたいなモンスターを狩って、得られるのが一万円……微妙だ。
解体で全身に付いた酷い臭いの血を清浄のスキルで綺麗に落とす。
その後、白熊よりも大きいストライクベアを遠見のスキルで何回か見かけたけど、運よくセーフエリアまで交戦することなくたどり着けた。
さっそくなにもない第三層のセーフエリアから、転送装置で生活感の溢れる第二層のセーフエリアに移動する。
オークを手早く解体して、皮と肉と魔石にわける。
手足の付いた人型のモンスターから皮を剥ぐのは、精神的に少し抵抗があったけど、こいつはオークだと強く意識したらすぐに慣れた。
美味しいと評判のオークの肉の味も気になるけど、精神的にとても疲れたので夕食はインスタントで手軽にすませて、お風呂で十分に温まってから、シルバーラビットのモフモフに包まれて寝た。
次回の投稿は三月七日一八時にします。