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ニートはダンジョンに居場所を求める  作者: アーマナイト
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ニート、豚を見る

 次の日、さっそく双魔の杖を試してみた。

 闇属性の双魔の杖から全力で連射された闇の玉は、シルバーラビットとシャドーバットの接近を許すことなく無力化して、風属性と火属性の双魔の杖が生み出す魔術は、以前よりも効果的に上位ゴブリンを転倒させて、阻害して、牽制した。

 だから、予想以上に狩りの足が奥地へ進んでしまい、第二層最奥にいるオークを遠見のスキルで視界に捉えてしまった。

 二メートルの巨体で直立した豚面のオーク。

 アメフト選手よりもがっしりとした体格だからなのか、五〇メートル以上は離れているのに険しい岸壁のような他者を寄せ付けない存在感がある。

 簡素な革鎧を身に着けて、身の丈ほどの巨大なハンマーのヘッド部分を地面に置き、柄頭の上に両手を重ねて、微動だにしないでたたずむ姿は歴戦のグラディエーターのようだ。

 この距離でも静かだけど力強い魔力の流れを感じればオークの強さが嫌でもわかる。

 多分、ホブゴブリンやハイコボルトとは強さの次元が違う。

 どうするか。

 賢明で常識的な選択は、撤退だ。

 このオークとの遭遇は想定したものじゃない。

 なら、一度セーフエリアに戻って、後日、万全の対策をして挑むべきなのだろう。

 だけど、今のボクに体力も、装備も、オークとの戦闘に支障が出るような問題はない。

 ここに来るまでに魔術を乱発して消費した魔力も三割以下で、オークに魔術を使用するのに問題のない魔力量は十分以上に残っている。

 存在を空費するような無謀な挑戦を是とはしないけど、灰色の音に包まれた臆病な生存にも興味がない。

 とりあえず、このオークに全身全霊で挑んでみよう。

 デュオサイズと闇属性の双魔の杖を装備する。

 オークはゴブリンやコボルトと違って、闇属性への耐性がない。

 だから、上手くすれば遠距離から、闇魔術を撃ち込んで魔力切れに追い込めるかもしれない。

 一発一発に最大限魔力を込めて、闇の玉を途切れることなく放ち続ける。

 二〇秒後、闇魔術を放つのを止めて、オークを観察する。

 まるで、何事もなかったように、オークが立っている。

 闇属性の双魔の杖をコンテナブレスレットに収納して、風属性の双魔の杖を装備する。

 魔力感知をより鋭敏に意識して、風魔術をオークに放つ。

 五秒間、オークは全身に風の玉を無数に受けた。

 けど、こちらの魔術がそよ風であるかのように反応しない。

 原因はわかっている。

 魔力感知が詳細に捉えてくれた。

 単純なことで、ボクの魔術がオークの魔力抵抗力を下回っただけ。

 だから、着弾して魔力を削ったり、魔力の流れを乱すどころか、逆にこちらの魔術が相手の魔力抵抗にかき消されてしまう。

 これだと鉄板にエアガンを撃つのと変わらない。

 まったく、ボクの魔術の低い完成度を嘆くべきか、あるいは相手の頑強な魔力抵抗力にあきれるべきか、迷ってしまう。

 この上、オークは状態異常耐性を備えているから、スプレーガンのような小細工が通用しない。

 正面から積み上げた実力で狩るしかない。

 風属性の双魔の杖を収納して、デュオサイズをしっかりと両手で握りなおす。

 深呼吸を繰り返すことで、奥のほうから浮上してきそうな雑念を無視して、視界の先にいるオークに挑むことにどこまでも専心する。

 全身の筋肉を引き絞り、地面を踏み抜くように足を出して、まとわりついてくる恐怖や不安を振り切るように、全速力で放たれた矢のように疾走する。

 距離、三〇メートル。

 銅像のように動かなかったオークがハンマーを頭上に振り上げる。

 オークがしたのは、ただそれだけなのに、ボクの体は強く命令していないと、勝手に萎縮して強張りそうになる。

 不快な鉛色をした恐怖の産声が、ボクの許可なく奥底で鳴り響く。

 痛みや死への恐怖でも、存在が消滅する恐怖でもない。

 理屈や道理を飛び越えて、ボクの根源的な部分がオークに挑むことを拒否するように怯えている。

 停滞して減速しそうな疾走を、意志の力で強引に維持する。

 距離、一〇メートル。

 デュオサイズを振りかぶり、魔力感知に集中してオークの微細な変化も見逃さない。

 九、

 八、

 七、

 六、

 距離、五メートル。

 魔力感知でオークの体内に流れる魔力の変化を読みとって、とっさに横に避けた。

 一瞬前までボクがいた空間を、突進から大振りで振り落としたオークのハンマーが蹂躙する。

 地面を穿ち小さなクレーターを創造して、もはや爆風と呼べそうな風圧を周囲に撒き散らす。

 考えるよりも、先に後退してオークから距離をとろうとするけど、刹那のうちにその命令を攻撃の決意で黙らせて、デュオサイズの間合いにオークがいることを確認する。

 一閃。

 首を狙った極限まで殺意を込めた鋭い一撃。

 けど、


「嘘だろ」


 オークに防がれた。

 デュオサイズの柄を無造作に片手でつかまれて、どんなに力を入れても微動だにしない。


「クソ」


 デュオサイズごと振り回されて、思わずデュオサイズから手を放してしまい一〇メートルぐらい吹っ飛ばされた。

 オークは手に残ったデュオサイズをゴミのように後ろに投げ捨てた。

 コンテナブレスレットからデュオシックルと双魔の剣鉈を取り出して装備する。

 ダメージはほとんどない。

 回避。

 回避。

 回避。

 回避。

 こちらが思考に浸る時間を許さず、オークが突進から絶殺の連撃を繰り出してくる。

 オークの一撃にはフェイント、牽制、駆け引き、そんなものが微塵も含まれていない。

 ただ、全力でハンマーを振り回しているだけだ。

 そんな大振り、回避してカウンターで一撃を叩き込めばよさそうだけど、そのすきがない。

 こちらを上回る体格と身体能力、同程度のスキル熟練度が生み出す一撃は速くて無駄がない。

 魔力感知による先読みをして、ようやく回避できるレベル。

 回避。

 回避。

 回避。

 回避。

 回避。

 絶望的な破壊力を避け続ける。

 もしも、ここに他人がいたなら、無様に逃げ惑い、惨めに翻弄されているだけに、見えるかもしれない。

 でも、これはオークを狩るためのもので、闇雲に生にしがみついているわけじゃない。

 避け続けながら、オークの動きと速さを目に焼き付ける。

 急激にボクの身体能力が上がったり、スキル熟練度が上がるなんてことはない。

 けど、相手の動きに慣れることはできる。

 その証拠に対処不可能に思えたオークの動きも徐々に見えてきた。

 ボクとオークに能力の変化はないけど、踏み込める一瞬がわかってきた。

 魔力感知と蓄積された経験を元に、狙うべき一瞬を回避し続けながら待つ。

 死と死の隙間に滑る込むように、オークの一撃を避けて踏み込む。

 放つのは最短距離を最速で進む双魔の剣鉈による刺突。

 鎌をメインウェポンにしている身としては、デュオシックルで狩りたいけど、今回は仕方がない。

 悪寒。

 全身から不快な冷や汗が噴き出る。

 全ての動きをキャンセルして、全速力で後方に跳ぶ。

 衝撃。

 オークの拳が胴体にめり込む。

 ホブゴブリンがやるような低レベルの体術じゃない。

 ハンマーほどじゃないけど、オークは体術のスキル熟練度もそれなりに高いようだ。

 胸のあたりで不吉な破砕音が鳴り響いて、胴体が紙のように薄く潰れたんじゃないかと思うような強烈な衝撃に吹っ飛ばされる。

 二〇メートル飛ばされて、さらに五メートル転がって、ようやく停止した。

 胸というか胴体が、くまなく痛い。

 というか、熱くて痺れるような感じすらある。

 素早く視線を胸に向けると、そこにはスライムゴムがむき出して、かろうじて破片がいくつかこびり付いたアダマントコックローチの胸当ての残骸が見えた。

 アダマントコックローチの胸当てがなかったら、間違いなく即死していた。

 ゴキブリとスライムに深く感謝しないといけない。

 魔力循環で体内の状況を確かめると、程度はわからないけど、複数の骨と内臓にダメージがある。

 喉の奥からせり上がってこようとする鉄錆の味が、ダメージの深刻さを教えてくれる。

 双魔の剣鉈による刺突に執着して、自分から後方に跳ぶのが少しでも遅れていたら、そこでボクは終了していたかもしれない。

 でも、悠長に休んでいる余裕はない。

 オークが止めを刺そうと、迫っている。

 手放さなかったデュオシックルと双魔の剣鉈を収納して、ポーションベルトからローヒールポーションを取り出して一気に飲む。

 口のなかに薄いスポーツドリンクのような味が広がって、胸を中心に喚き立てていた赤い傷みも、鎮火するように静かになっていた。

 …………うん?

 違和感がなかったけど、さまようカボチャを外さないで、ローヒールポーションを飲んだ?

 さまようカボチャを装備したまま飲食が可能なのだろうか?

 疑問はつきないけど、検証は眼前に迫ったオークを狩ってからだ。

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