ニート、犬に挑む
三日かけて、上位ゴブリンでシャドーコートとゴブリンワンドの実戦テストをした。
結果、どちらもいい品だった。
シャドーコートの隠行への補正効果はシャドーマントと同じくらいだけど、袖を通して着るシャドーコートは、羽織るシャドーマントと違って、より体に密着して動きを妨げない気がした。
まあ、動きを妨げると言っても微妙なレベルなんだけど、これからの狩りではシャドーコートをメインに使用する。
より素早い連射が可能になったゴブリンワンドは、殺傷能力がないのに凶悪だった。
ゴブリンコマンダーが率いる六体の上位ゴブリンの群れでも、手間取ることなく狩れてしまった。
ときには群れのなかにゴブリンコマンダーだけじゃなくて、ゴブリンハンターとゴブリンメイジが交じっていることもあったけど、魔力で生み出した火と風の濁流にのまれて目立つことなく沈んで逝った。
この三日間、ゴブリンメイジを何体か狩ったことで、火と風のゴブリンワンドの予備を作ることができたし、新しくマギオブシディアンを入手したことで闇属性のゴブリンワンドも作ることができた。
まあ、ゴブリンは闇属性に耐性があるから、全力で魔力を込めた闇の玉を命中させても、まったく効果がなかった。
でも、シルバーラビットは約二〇発、シャドーバットは約一〇発の闇の玉が命中すれば魔力切れで気絶する。
闇属性の魔術は、魔術抵抗力が低くて、闇属性へ耐性がなければ、命中したときに体内の魔力を削れるから、相手の魔力を削り切れれば強制的に魔力切れ状態にして気絶させることができる。
でも、ゴブリン系だけじゃなくて、コボルト系も闇属性に耐性があるから、闇魔術の第二層での使い勝手は微妙かもしれない。
三つの魔術属性のうち牽制目的なら、着弾の衝撃があるから風魔術が一番向いている。
火魔術は見た目が派手だけど、着弾の衝撃が風魔術ほどじゃない。
だから、第二層のコボルトの領域に向けて進む、左手には風属性のゴブリンワンドを装備している。
ちなみに、右手には大きくて威力のあるデュオサイズじゃなくて、敏捷なコボルトと相性の良さそうな小さくて軽いデュオシックルを装備している。
足を進めるごとに、鼓動が強くなる。
困難な狩りを予想して、興奮していると思いたいけど、ダンジョン探索の初日にコボルトを相手にして難戦したイメージがどうしても脳裏にちらつく。
第一層でコボルトを散々狩ったから、もう苦手意識はないと思ったんだけど、まだ心の奥底にヘドロのように残留していたようだ。
深く長く息をして、奥に残っている小さいけど鉛のように重いものを押し出して、暴れる鼓動が静まるのをイメージする。
乱れた鼓動と心が安定したら、再びコボルトの領域へ歩き出す。
シャドーコートの隠行のスキルへの補正効果があるとしても、嗅覚の鋭いコボルト系のモンスターにはあまり期待できない。
遠見と索敵、それに魔力感知で周囲を警戒して先手を取られないように注意する。
コボルトの領域もゴブリンの領域と同じように草原と森が混在している。
草原と森、どちらでコボルトの相手をするか。
まあ、魔術の射線が遮られない草原だな。
索敵に、四体の反応。
右のほうから接近してくる。
革鎧を装備した犬頭を四つ視認。
コボルトコマンダー、ハイコボルト、コボルトファイター二体と鑑定が教えてくれる。
少し大柄なハイコボルトだけ大剣で、他の三体は片手剣を装備している。
ゴブリンファイターと違って、コボルトファイターは楯を持たないようだ。
「ガッフ」
魔力を高めて声を上げようと大きく開けたコボルトコマンダーの口に、風の玉を撃ち込んで阻止する。
多分、コボルトコマンダーはゴブリンコマンダーと同じように、声を聞かせることで味方を交戦前に強化しようとしたんだろう。
こちらが先手を取ったけど、四体のコボルトは止まることなく動く。
散開してこちらを包囲するように移動する。
ハイコボルトがホブゴブリン以上の速度で突進してくる。
ハイコボルトの足が地面に着地する直前の足首に風の玉を命中させて、前のめりに転倒させる。
速度があったから、ハイコボルトは派手に地面へダイブした。
まあ、ダメージはないだろうけど、連携は乱せた。
ボクの後方に移動した二体のコボルトファイターが、転倒したハイコボルトをフォローするように仕掛けてくる。
索敵と魔力感知で捉えているから、後方でも別に死角というわけじゃない。
振り向き様に風の玉を足に放って、走っていた一体のコボルトファイターを転倒させる。
もう一体のコボルトファイターは止まらない。
こいつも風魔術で転倒させることは可能だけど、接近戦の実力も知りたいから近づかせる。
このコボルトファイターは剣を振りかぶりながら、踏み込みで左右に二回フェイントを入れてきた。
けど、魔力感知で確認しているから、引っかからない。
ある意味コボルトファイターは無駄な動きをして減速しただけともいえる。
コボルトファイターの斬撃をデュオシックルの柄で受け止める。
うーん、なんだか、チグハグな気がする。
動きは上位ゴブリンより速いのに、剣が微妙に遅くて一撃が軽い。
まあ、ゴブリンより小柄で身体能力が低くて、敏捷性だけ高いコボルトだから、当然といえば当然か。
フェイントを交ぜながら高速で近づいて剣を当てるだけなら、素早く剣を振るう腕力は不要なのかもしれないけど、フェイントを見破って速度に対処できるボクには脆弱にすら感じられる。
デュオシックルの柄で、コボルトファイターの剣を押し返すように全力で振るう。
「ガフゥゥ」
コボルトファイターは情けない声を上げながら、後ろに数メートル吹っ飛ぶ。
やっぱり、コボルトファイターは一撃も軽いけど、体重も軽い。
「ガッハウ」
再び、声を上げて強化しようとするコボルトコマンダーを風の玉で黙らせる。
風魔術で転倒したハイコボルトとコボルトファイターが起き上がって、素早く左右から挟撃するように迫ってくる。
コボルトファイターの足首に風の玉を命中させる。
今度は転倒しなかったけど、コボルトファイターの足がもつれて動きが止まる。
大剣を振りかぶるハイコボルトに集中する。
ギリギリの上手いタイミングで一回フェイントを入れてきたけど、魔力感知で冷静に見極めてハイコボルトの大剣をデュオシックルの柄で防ぐ。
こちらを蹴ろうとハイコボルトが足を上げた瞬間、デュオシックルの柄で大剣を押し込む。
転倒するかと思ったけど、不安定な片足立ちで後方に数メートル滑りながらハイコボルトはこらえた。
けど、突進しながら放ったボクの前蹴りが革鎧を陥没させてハイコボルトの腹にめり込む。
ハイコボルトは嘔吐するように大量の血を吐き出して、自分の生み出した血溜まりに犬のように突き出した鼻先を沈めて動かなくなる。
再び、コボルトコマンダーを風の玉で黙らせる。
背後からのコボルトファイターの刺突を避けて、デュオシックルを一閃。
コボルトファイターを革鎧ごと腰を両断する。
上半身をその場に落として、下半身が数歩進んで崩れる。
もう一体のコボルトファイターが剣を構えながら突進してくる。
コボルトファイターは斬撃をフェイントに蹴ってくる気のようだけど、先にこちらから踏み込んでアダマントコックローチの膝当てを胸部に叩き込む。
妙に生々しく骨が粉砕して心臓の潰れる感触が膝に広がる。
ゴブリンワンドを構えながらコボルトコマンダーに向かって、突進。
風の玉をコボルトコマンダーの顔面に当てる。
風魔術を嫌がるようにコボルトコマンダーが顔を背ける。
一瞬、動きが止まった。
一閃。
コボルトコマンダーの犬のような首が地面に落ちる。
隊列を組んで連携する上位ゴブリンより、包囲から一撃離脱するような連携をする上位コボルトの方が魔術で連携を崩して対処しやすい気がする。
まだ、上位コボルトの群れを一つ潰しただけだから、予想外の動きに出会うかもしれない。
だけど、慎重に上位コボルトを警戒していたから、肩透かしを食らった気分だ。
まあ、上位コボルトは上位ゴブリンと同格だから、この結果も変じゃないのか。
苦手意識で上位コボルトを過大評価していたのかもしれない。
油断する気はないけど、もう少し冷静に上位コボルトと向き合おう。




