ニート、殴殺する
シャドーマントの隠行のスキルへの補正効果を絶賛体感中です。
昨日、作製したタクティカルグローブと安全靴とシャドーマントの実戦での使い心地を確かめるために、第二層のゴブリンの領域に狩りにきている。
上位ゴブリンをもう少しデュオサイズで狩りたいから草原にきたんだけど、四体の上位ゴブリンは後方から二メートルまで近づいても、ボクに気づかない。
ゴブリンハンターほどじゃないけど、索敵能力のあるゴブリンコマンダーがいるのに、まるでボクに反応しない。
こちらの油断を誘うための偽装かと思ったけど、魔力感知で魔力の流れを細かく確認しても変化がない。
四体の群れのうちゴブリンコマンダーより索敵能力の劣る二体のゴブリンファイターとホブゴブリンは、当然こちらに気づかない。
実は小程度の補正効果だから、シャドーマントを装備するだけで隠行がここまで有効になると期待していなかった。
嬉しい誤算だ。
「グギャアア」
ゴブリンコマンダーが声を上げると、先頭を歩くホブゴブリンと左右にいるゴブリンファイターの魔力が増加する。
多分、これがゴブリンコマンダーの同族を強化する能力。
ゴブリンコマンダーが近くにいれば自動的にゴブリン系のモンスターを強化するわけじゃなくて、声を聞かせることで一時的に強化するタイプのようだ。
後ろからストーキングして何回か確認したけど、強化の持続時間は数分程度で、強化自体もそこまで強力なものじゃないみたいだ。
ゴブリンコマンダーの能力もだいたいわかってきたから、終わらせる。
静かにデュオサイズを振りかぶり、間合いに入っているゴブリンコマンダーと二体のゴブリンファイターの首を見据える。
大きく踏み込んで、デュオサイズを一閃。
首を狩られる直前にゴブリンコマンダーはこちらに気づいたけど、遅い。
警告の断末魔を許すことなく、三つの首が地に落ちる。
首を追うように、三つの血が噴出する胴体がゆっくり地に伏せる。
「グギィイ」
死体の倒れる音に気づいてホブゴブリンがこちらを振り向くけど、仲間の死体を見て驚いたのか硬直してしまう。
この隙に二回はホブゴブリンを殺せてたけど、実験のためにあえて手を出さない。
デュオサイズを収納して、無手になる。
まだ、ゴブリンコマンダーの強化が持続しているホブゴブリンを体術だけで狩る。
新しいタクティカルグローブと安全靴のテストには都合がいい。
「グギィガア」
数秒で立ち直ったホブゴブリンが袈裟斬りに大剣を振るってくる。
今までのホブゴブリンのなかで一番速い攻撃だったけど、余裕を持って避けられた。
続けて三回、ホブゴブリンの攻撃を回避しながら観察してわかったことは、強化されるとその分の力を上手く制御できないのか、動きが単調なものになっている。
だから、魔力感知でホブゴブリンの攻撃のタイミングを読んで、避けながら間合いを詰めて脇腹に拳を叩き込むのも難しくない。
「グガアァァァ」
余程、痛かったのか、ホブゴブリンは両膝を地面についてしまう。
ホブゴブリンの革鎧が拳の形に陥没しているから、骨が折れたか、内臓でも破裂したのだろう。
けど、命のやり取りの最中に、敵前で傷みに集中するのはどうなんだ。
片腕を槍で貫かれ、片腕を切り落とされても、こちらに挑んできたゴブリンファイターに比べると、このホブゴブリンは狩りの相手として敬意を持てないし、心が熱くならない。
アダマントコックローチの甲殻で補強されている爪先でホブゴブリンの喉を蹴り上げる。
ホブゴブリンが仰向けに倒れて小さく痙攣しているけど、絶命に届かない。
気道と骨を粉砕するように、ホブゴブリンの首を踏み潰す。
一度、大きく痙攣して、ホブゴブリンは静かな死体になった。
第二層に到達してから、停滞していたレベルも順調に上がって、ボクの身体能力も上昇しているから、単独ならホブゴブリンも強敵じゃない。
それに、新しいタクティカルグローブと安全靴にして装備の強度が上がったからか、体術のスキルでより速く、より力強く、高い精度で体を酷使できるようになった気がする。
全力で踏み込んでもグリップ力を維持できるからか、前より数センチ間合いを速く詰められるようになった。
わずか数センチだけど、紙一重で攻防を繰り返す接近戦だと、重要になってくる。
双魔の剣鉈を取り出してゴブリンを解体して、角と魔石を回収する。
ゴブリンコマンダーの剣とホブゴブリンの大剣をコンテナブレスレットに収納する。
今日はデュオサイズ、デュオシックル、双魔の剣鉈と杖以外持ってきていないから、コンテナブレスレットに空きがある。
装備をデュオサイズに戻して、草原を歩いて次のゴブリンの群れを探す。
すぐに、草原を歩くゴブリンメイジ一体に、ゴブリンファイター三体の群れを発見した。
どうするか。
後方から接近してデュオサイズで一気になぎ払うのが、無難な選択肢。
でも、ゴブリンメイジと正面から魔術戦をしてみたいし、新しいタクティカルグローブの殴り心地をもう少し確かめたい。
……デュオサイズを収納して、杖を左手に装備する。
火の玉を生み出して、一番近いゴブリンファイターの顔面に向けて放つ。
「グギャアァァ」
こちらに気づいた二体のゴブリンファイターはゴブリンメイジを守るように円楯を構え、火の玉の直撃を受けたゴブリンファイターは一歩出遅れながら円楯を構える。
次の火の玉を生み出しながら、ゆっくり間合いを詰める。
三体のゴブリンファイターはゴブリンメイジから離れない。
まったく、過保護な護衛だ。
ゴブリンメイジの魔力が活性化して、杖に集まる。
けど、火の玉か、それに類するものが目視で確認できない。
まあ、魔力感知で杖の先に魔力が集まっているのは確認できるから、多分、ゴブリンメイジの使う魔術の属性は目に見えない風属性。
火の玉を射出して、完成直前のゴブリンメイジが生み出した透明な魔力の玉を吹き飛ばす。
ゴブリンメイジはもう一度、始めから魔力を集めて風の玉を生み出すつもりのようだ。
疾走。
前衛の壁を大きく横に避けるように動くと、一体のゴブリンファイターがボクに向かって飛び出してきて、残りの二体がゴブリンメイジへの進路を遮るように移動する。
近づいてきたゴブリンファイターの顔面に杖を向けると、円楯を持ち上げて杖の射線を遮る。
火の玉はまだ完成していないんだけど、この単純なフェイントにゴブリンファイターは素直に反応してくれた。
素早く繰り出した安全靴の爪先が、ゴブリンファイターの脛の骨を砕く。
迫ってくるゴブリンファイターの剣の切先を身を反らして避けて、目の前の蹴りやすい位置にある剣を握る腕の手首を安全靴の爪先で蹴り上げる。
「グギィイイイイ」
脛の骨を折られても、反撃してきたゴブリンファイターでも、手首を折られて動きが鈍る。
シールドバッシュがくるかと魔力感知で警戒してたんだけど、安心して無防備なゴブリンファイターの頭部に拳を叩きつける。
タクティカルグローブに覆われた拳に痛みはないけど、命が砕ける感触を生々しく伝えてくる。
火の玉を生み出して、射出。
再び、ゴブリンメイジが生み出した完成前の風の玉を潰す。
疾走。
足でゴブリンファイターと二対一にならないように動いて、杖を顔面に向ける。
ゴブリンファイターは杖に反応しないで、剣を振るってくる。
二体連続で引っかかるほど間抜けじゃないか。
避けながら、間合いを詰めて喉に拳を打ち抜くように叩きつける。
首をありえない方向に曲げながら、ゴブリンファイターは地面に崩れる。
回避。
突き出されたゴブリンファイターの剣を横に避ける。
素早く一回転して遠心力を乗せた裏拳をゴブリンファイターの後頭部に振るう。
後頭部を陥没させた死体は顔面から地面に倒れる。
ゴブリンファイターは正面からの攻撃を避けたり防いだりするのが上手いけど、ちょっとしたフェイントのようなからめ手や、カウンターのような後の先には弱い。
飛んでくる風の玉に、火の玉をぶつける。
回避。
小さくなった透明な風の玉が地面に着弾する。
風の玉をボクの魔術で相殺できるかと思ったけど、減衰させただけだったみたいだ。
魔力が同量なのに相殺できなかったのは、ボクの魔術の完成度がゴブリンメイジより劣っているからだ。
もう一度、風の玉の完成を待って、魔力を多めに込めた火の玉で撃ち落す。
うん、魔力を多く消費すればボクでも、ゴブリンメイジの魔術を相殺できる。
完成前の魔術の潰し方や、完成した魔術の相殺の仕方はわかってきたから、淡々とゴブリンメイジを殴殺する。




