ニート、魔術を試す
目覚めてから、すぐに走り出しそうになるほど、溢れ出る興奮を抑えきれない。
食事も用意も手早く終わらせて、ダンジョンに出る。
突風のような衝動に流されそうになって、内心が焦燥で染まる。
強引に足を止めて、心身が沈静化するまで深呼吸を繰り返す。
五分ぐらい続けて、ようやく落ち着いてきた。
索敵のスキルで近づいてくるシルバーラビットを感知して、ようやく心身をいつもの狩りモードにシフトできた。
右手にデュオシックル、左手にゴブリンメイジの杖を装備して、接近してくるシルバーラビットを静かに待ち構える。
今日は火魔術の実戦テストだ。
まだ、使いこなせているとは言えないけど、それでも現状でモンスターに対してどれくらい効果があるのか知りたい。
というより、早くモンスターに使いたいという衝動に抵抗できなかった。
杖の先端に火の玉を生み出して、いつでも放てるように待機する。
シルバーラビットが火魔術の射程に入る。
射出。
エアガンを超える速度で飛翔する火の玉がシルバーラビットに命中する。
一瞬、動きが停滞したけど、すぐにシルバーラビットはなにごともなかったかのように向かってくる。
……いや、火の玉の命中した毛が少しだけ燃え落ちている。
これはシルバーラビットにダメージを与えられたと考えていいんだろうか?
うーん、もう何発か命中させて、シルバーラビットの様子を観察するしかないか。
使い手によっては、覚えたての魔術でゴブリンを瞬殺できるらしいけど、いまの火の玉にそれだけの殺傷力があるようには見えなかった。
「キュー」
首を傾げるシルバーラビットに、新たに生み出した火の玉を叩き込む。
魔力感知でよくシルバーラビットを観察していると、火の玉が命中した瞬間、内部の魔力の流れがわずかに乱れた。
熱さや痛みで、動揺したのかな。
でも、シルバーラビットはすぐに突進して、蹴りを放つ。
まあ、突進のタイミングをしっかり確認できたから、余裕を持って回避できる。
カウンターでシルバーラビットを倒すのは可能だったけど、もう少し火魔術の効果を確認したいので付き合ってもらう。
あれ?
回避で素早く動いたら、生み出した火の玉が乱れて消えかかる。
動きながら、魔術を発動させたり、維持するのは少し難しいかもしれない。
どうするか。
火魔術のテストは終了して普通にシルバーラビットを狩るか、それともこのシルバーラビットで火魔術の練習をもう少しするか。
うん、調子も悪くないし、練習を続行しよう。
回避に専念しながら、火の玉を生み出せば、リスクを抑えつつ緊張感のある練習になる。
「キュキュー」
一〇発目の火の玉が直撃したシルバーラビットは、可愛らしい声で苛立つように鳴く。
シルバーラビットの見た目が悲惨なことになっている。
特徴的なフワフワでモフモフな毛並みは、ボサボサで所々ハゲてしまっている。
そんな悲惨な見た目と対照的にシルバーラビットのしっかりとした動きからは、まったくダメージによる衰えを感じることができない。
なんとなく、動きながら火の玉を生み出すコツはわかってきた。
けど、シルバーラビットにダメージはあまり与えられていない。
まあ、三発目くらいでボクの火の玉の威力の低さには気づいていたけどね。
でも、まったく意味がないわけじゃない。
一応、命中すれば一瞬だけ動きが止まるから牽制にはなる。
止まる原因が痛みなのか、魔術で体内の魔力が乱されてなのかわからないけど。
連射能力はまだ及ばないけど、火魔術は射程と速度でエアガンを上回っている。
シルバーラビットの攻撃を回避しながらの魔術の練習は、緊張感があるからとても身になる。
けど、終了する。
集中力とかは大丈夫なんだけど、シルバーラビットの見た目が哀れすぎる。
やる気以上に、動物虐待をしているようで、冷たくて重い罪悪感が膨れ上がってしまう。
介錯のつもりで、突進してきたシルバーラビットの首を一撃ではねる。
責任を持って食材にしよう。
次はシャドーバットに魔術を試す。
デュオシックルを収納して、デュオサイズを装備する。
魔力感知を意識しながら遠見でシャドーバットを探す。
すぐに、四体で群れているシャドーバットを遠見で捉えることができた。
デュオサイズを肩に担ぎながら、左手の杖の先に火の玉を生み出して距離を詰める。
こちらに気づいたシャドーバットが衝撃波を放つと同時に、ボクも火の玉をぶつけるように放つ。
衝撃波とぶつかった火の玉は、衝撃波をかき消して、少し減衰しながらシャドーバットに命中する。
命中したシャドーバットはバタバタしながら地面に墜落する。
仲間が墜落して動揺したのか、他のシャドーバットは追撃の衝撃波を放つことなく停滞する。
好機を逃すことなく、杖を収納して、デュオサイズを両手で振るい、シャドーバットを狩っていく。
墜落したシャドーバットが空に戻ったときに、生き残ったシャードバットはいない。
やっぱり、ボクの魔術は第二層で防御力の低いシャドーバットに命中しても、倒す殺傷力がない。
墜落したけど、シャドーバットにダメージがあるようには見えない。
デュオサイズを収納して、デュオシックルと杖を装備する。
わざと込める魔力を少なくして火の玉を生み出し、シャドーバットの衝撃波にぶつける。
今度は火の玉が消し飛んで、減衰した衝撃波が迫ってくる。
衝撃波を回避しながら、次の火の玉を衝撃波と同じくらいの魔力で生み出す。
シャドーバットが衝撃波を放つタイミングに合わせて、火の玉を放つ。
見事に、相殺される。
残念な結果だ。
モンスターの衝撃波やブレスに魔術を、こちらの魔術で減衰させたり相殺したりできることは、ネットの情報で事前に知っていた。
でも、魔術の上手な使い手なら、魔術のスキル熟練度が低くても、相手の攻撃に込められた魔力の半分くらいでも相殺できる。
なのに、ボクは相殺するのに同じくらいの魔力を込めないといけない。
魔術のスキル熟練度の問題じゃなくて、ある意味でボクは魔術が下手だという証左だ。
まあ、残念だけどショックな結果じゃない。
魔術はスキルを獲得すれば誰でも使えるけど、先天的に実戦で通用するのが二割以下で、後天的に努力して上手くなる者を含めても四割に届かない。
その四割に自分が含まれていると思うほど自惚れていない。
徹底的に理詰めで魔術という現象を説明して自分を信じ込ませる頭の良さや、自分のイメージした魔術の現象に一切の疑問を持たない純粋さなんてないのはわかっていた。
ボクはどうしても、火の玉を破裂させようとして、現象をイメージする裏で、どういう理屈で破裂するのか疑問に思ってしまう。
魔力が火薬の代わりだとか、適当な理屈で納得すればいいのに、中途半端に疑って魔術の邪魔をしてしまう。
だから、ボクは威力の低い火の玉しか放てないし、破裂させるような応用もできない。
けど、牽制としてならボクの火魔術でも通用するし、将来的に努力していれば上手くなる可能性はまだある。
なにより、シャドーバットの衝撃波を相殺するように、火魔術を使うだけでもなかなか面白い。
だから、今日は魔術訓練をここら辺のシルバーラビットとシャドーバットに付き合ってもらう。




