ニート、火遊びする
奥底から溢れ出る達成感と多幸感に身をまかせて横になりたいけど、いつ別のゴブリンの群れと遭遇するか分からないから、それらの感情を振り切って行動する。
投げた双魔の剣鉈を回収して、ゴブリンを解体していく。
残念ながら魔石だけで、ポーションはなかった。
ゴブリンの装備していた革鎧はどうやらシルバーラビットの革製で、貫頭衣よりは頑丈だけど、ボクの作った武具に効果はあまりないみたいだ。
解体のときに、双魔の剣鉈で鎧ごと胸部をスパスパ切れた。
ゴブリンの革鎧だけじゃなくて、ゴブリン合金製の円楯を貫けたから、ボクの作った武具はなんとなく、店員の付けた高額の評価が相応なんじゃないかと思えてきた。
かき集めたゴブリンの武器を前に思案する。
コンテナブレスレットには自分の武具が収納されているから、ゴブリンの武器を収納することができない。
まあ、デュオシックルと双魔の剣鉈を装備すれば、枠が二つ空く。
そうなると、手に持ってセーフエリアまで行くしかない。
全部、持っていこうとすると、両手が使えなくなる。
金銭的なことを言えば、ゴブリンメイジの杖以外は全部合わせて数万円に届かないから、置いていってもいいんだけど。
ゴブリン鋼がどれくらい含まれているのか調べたい。
ゴブリン合金製の剣と円楯は状態のいいのを一つずつ選んで、コンテナブレスレットに収納する。
弓はたすきのように体に引っ掛けて、矢と杖は矢筒に入れて肩に背負う。
隠行を意識しながら、索敵と遠視のスキルで相手を先に発見して交戦を極力避ける。
セーフエリアに戻るまでに、一度だけシルバーラビットに見つかってしまったけど、危なげなく夕飯の食材になってもらった。
時間的に、第一層のホブゴブリン狩りを二回くらいする余裕はあるけど、今日の狩りは終了だ。
まずは、ゴブリンハンターの矢を防いだときに、小さな亀裂の入ったアダマントコックローチの籠手を修理する。
上位ゴブリンの攻撃はアダマントコックローチの防具を破壊する可能性がある。
そのことを油断しそうな心に深く刻む。
霧のように薄い暗雲が広がるけど、振り払うように気持ちを切り替える。
『スキルポイントを二〇消費して、火魔術のスキルを獲得しました』
ついに、ボクも魔術が使えるようになる。
透明で分厚い新世界への扉が開かれたような気分だ。
まあ、錬金術も魔力を消費するから、魔術に分類できるかもしれないけど、現象が地味だからボクのなかの魔術欲を満たしてはくれない。
金額的に購入可能だから、魔術を使うのに必須な杖を買取所で入手しても良かったんだけど。
予定よりも早くホブゴブリンを自力で狩れたから、どうせなら初めての魔術用の杖はゴブリンメイジを自力で狩って入手することにした。
四〇センチくらいのゴブリンメイジの使っていた杖を手にする。
杖の先端には宝石としても価値のあるBB弾くらいの大きさの朝日のように赤く力強い輝きを放つマギルビーが収まっている。
魔術の使い方は事前にネットで予習している。
必要なのは魔力の制御とイメージで、中二病的な呪文の詠唱は必要ないらしい。
呪文の詠唱がなくて、少しだけ残念な気がする。
杖に魔力を流して、先端のマギルビーまで魔力をつなげる。
うーん?
杖の内部を流れる魔力の通りに違和感があったので、鑑定と錬金術を起動して確認する。
魔力の回路?
図形……文字なのかな?
杖のなかに刻まれている魔力の通り道は、図形のような文字で、一文字で魔力の増幅や制御、属性の変化の意味があるようだ。
鑑定と錬金術が起動していると、なんとなく文字が読める、というか分かる。
でもなぁ……杖に刻まれている文字が雑な気がする。
一応、読めるんだけど、判読しにくい。
鑑定と錬金術が手本となる図形を脳裏に浮かべてくる。
清書するように杖内部の図形を整えたら、杖の性能は上がるかもしれないけど、万が一にも失敗して魔術が使えなくなるわけにはいかない。
予備の杖が入手できるまで、杖への改造はしない。
この杖、ゴブリン合金製だからゴブリン鋼に素材を変更したらどうなるか、試してみたいことは色々あるけど、今は我慢する。
到達したボクの魔力に反応して、マギルビーの輝きが心臓の鼓動のように強くなる。
後は火魔術のスキルを意識して、魔力が望んだ火の形状に変化するとイメージする。
「おお!」
杖の先から松明のような火が生まれた。
色が黒いとか、白いとかの特徴もない見た目は普通の火だ。
なのに、目が離せない。
自分の魔力が火になったというだけ、虹色に震える感動が鳴り止まない。
このまま魔力が枯渇するまで、火に魅入られていてもいい気がするけど、魔術を習熟するためにも次の段階に移行する。
火を杖から切り離して、ゴブリンメイジが出していたような玉の形状に変化させる。
もっと苦労するかと思ったけど、スムーズに火の玉になった。
錬金術で魔力を制御することに慣れたからかもしれない。
次はセーフエリアの外に、火の玉を放つ。
「行け」
火の玉はセーフエリアに飛び出て、狙ったダンジョンの地面に命中する。
飛翔速度はゴブリンメイジの半分程度だけど、初めてなら多分悪くないはずだ。
速度を意識しつつ、杖の先に火の玉に生み出して、ダンジョンの地面に射出し続ける。
火の玉を加速させるための魔力の制御が、少々分かりにくくて時間がかかったけど、徐々にゴブリンメイジよりも速く飛ばせるようになった。
威力や追尾性はともかく、火の玉の速度と連射性能はゴブリンメイジよりボクの方が上だ。
五秒に一発は放てる。
魔力の消費も思ったよりも少ない。
なにより、動きがあるから、ゴブリン合金からゴブリン鋼を分離させるよりも楽しい。
ゴブリンメイジがやった誘導や放物線の軌道で飛ばしてみる。
……ダメだ。
初めの一発よりも遅くしたノロノロの火の玉を、なんとか思い通りの軌道で飛ばす。
消費する魔力は増えないけど、難易度が格段に上がった。
一時間、ノロノロな火の玉をフラフラ飛ばして、多少は良くなったけど、直線に飛ばすよりもかなり遅い。
火魔術のスキル熟練度が低いからだろうか。
気分を変えて、ゴブリンメイジのやった破裂する火の玉もやってみる。
……やっぱり、ダメだ。
狙ったところに、命中させることはできるのに、火の玉が破裂しない。
魔力を多く流し込んだりしてみたけど、破裂しないどころか、まったく変化しない。
うーん、これはスキルの問題じゃなくて、イメージの問題かな。
火の玉が破裂するイメージを上手くできていないから、魔術として発現しない。
ビジュアルイメージとして、ゴブリンメイジの魔術が手本として脳裏にあるけど、多分それだとイメージが弱いんだ。
魔術のイメージはぼんやりとしたものだとダメで、自分自身でそういう現象が起こると疑うことなく確信できないと、中途半端な魔術しか発現しないらしい。
火の玉の加減速は、多分、魔術の制御というより、魔力を制御するという領分のことだから、ボクでもできた。
火の玉を破裂させるには、自分を信じ込ませるような強烈なイメージが必要なんだ。
魔力切れになるまで、ダンジョンに火の玉を放ち続けたけど、改善の兆しのある軌道の制御と違って、結局一発も火の玉は破裂しなかった。




