ニート、納品する
「お客さま、大丈夫ですか?」
目の前にいるのに、店員の声がどこか遠い気がする。
大丈夫か?
ダメな気がする。
さっきボクの作った武具を納品して、ホブゴブリンの角や余ったダンジョン鉄のインゴットを買い取ってもらって、欲しい物を買った。
ローヒールポーションとローキュアポーション、予備としてアダマントコックローチの甲殻とスライムゴムを追加で購入した。
その他にも、ベテラン探索者も愛用している二〇万円以上する長袖のシャツとレギンスと靴下を複数購入した。
複数の風属性モンスターの毛で作られたこれらの品物は、丈夫でなによりどれだけ汗が出ても快適な湿度に保ってくれる。
鎧や革のツナギのような通気性の悪い格好を長時間する探索者にはありがたい存在だ。
けど、それなりに高額で、スキルに補正がなくて、攻撃力や防御力に影響がないから、資金に余裕のある中堅以上の探索者しか着ていない。
ボクもいままでは普通の吸水速乾の素材の物を着ていたけど、気休め程度の効果しかなくて、炭素繊維製のツナギの下は汗だくでいつも気持ち悪かった。
気持ち悪かったけど、防御力が上がるわけでも、スキルに補正が付くわけでもないから、購入は検討していなかった。
でも、予想以上に作った武具を高く引き取ってくれたから、思わず複数購入してしまった。
まあ、恐ろしいのは、それだけ購入したのに、探索者証にまだ五〇〇万円以上の残金があることか。
金額の桁を間違っているんじゃないかと確認したら、この店員は安くてすまないと言ってきた。
次回から、もっと高額で引き取れるように、上を説得すると店員は笑顔で請け負ってくれたけど、いろいろ心配になってしまう。
作った武具を認められたようで、嬉しい気持ちも多少あるけど、こんな高額を提示されるとむしろズルをしているような罪悪感がある。
粗大ゴミで適当なオブジェを作ったらアートとして認められて、高額を提示されて困惑するのに近いのだろうか。
まあ、確か店員の話だとゴブリン合金製の武具でも、オーダーメイドなら五〇万円以上らしいから、ゴブリン鋼とコボルト鋼で作られた武具が一つ一〇〇万円以上でも、安いという評価も変じゃないのか?
「まあ、大丈夫です」
他に、言いようもない。
なんらかの詐欺か、巨大組織の陰謀にでも巻き込まれているような気分がする。
それぐらい現実感が蜃気楼のように薄い。
「次回からコーティングはダンジョン鉄でお願いします」
「カラーバリエーションはいりませんか?」
ゴブリン鋼やコボルト鋼でコーティングするのも、労力としては差がない。
だから、需要があればやる。
まあ、紫系の微妙な色合いを要求されたら断るけど。
「カラーバリエーションがあるとわかると、無茶な要求をしてくる方もいますから、こちらで黒一色に統一してしまった方がいいでしょう。一人一人、直接対応なされますか?」
ボクが一人一人と対応する?
不可能だ。
少し慣れてきたこの店員との会話ですら、ギリギリなんだ。
なんとか、噛まないように、つっかえないように、頑張って口を動かしている。
知らない他人に接客するくらいなら、素手でオークに挑む方が、まだ気持ち的に楽なくらいだ。
でも、やっぱりコーティングなしでとは言わないか。
まあ、コーティングされていない双魔の剛刀の刀身を見たとき、店員が微妙な表情を一瞬だけ浮かべたから、店員としてもコーティングされていない配色はダサいんだろう。
その後でダンジョン鉄でコーティングされた双魔の剛刀の刀身を見たとき、店員が恍惚としたように魅入られていたような気がするけど……気のせいだろう。
「ダンジョン鉄でコーティングします」
「ありがとうございます」
武具の納品がなんとか終了した。
「終わった」
一番手間のかかった、ダンジョン鉄で作った排水パイプの設置が終了した。
殺風景だった第二層のセーフエリアは様変わりした。
いままでの災害時用の便座の付いたバケツのようなトイレは、国が管理しているダンジョンのセーフエリアに設置されるような仕切りの付いた魔導温水洗浄便座になった。
トイレの隣にはお風呂がある。
水源がなくてもお湯が出る魔導給湯器付きのお風呂だ。
燃費が悪くて高いから人気がないらしいけど、水道や井戸水のないセーフエリアでお風呂に入れるんだから仕方のない出費だ。
魔導式の暖房、冷蔵庫、コンロなんかも用意した。
ベッドは明るい第二層じゃなくて、常闇の第一層に設置して、マットレスの上にシルバーラビットの毛皮の敷物を被せて、羽毛布団も用意してさらなる快眠体制を整えた。
残金が一気に、半分くらいに減ったけど、多分、有意義なお金の使い方なはずだ。
別に、これらの物はなくても困らないし、離れに戻れば買わなくても利用できるけど、あればより快適にダンジョンの探索ができる。
調理や入浴のために離れに行って、眠るためにダンジョンに戻るのは微妙に手間だったりする。
三食カロリーバーと缶詰でも平気だけど、ダンジョン内で温かい食事が食べられるなら、そっちのほうが断然いい。
コンテナブレスレットの収納機能のおかげで、ホームセンターや家電量販店で購入した家具や家電……というか魔導具を今日のうちにダンジョンに持ってこれた。
数と大きさに制限はあるけど、コンテナブレスレットはこういうとき便利だ。
まあ、お風呂と冷蔵庫は少し小さめで、ベッドは組み立て式になったけど。
少し散財してしまったような気がするけど、よりダンジョン探索に専心するなら、悪くない出費だ。
トイレの汚水やお風呂の排水のためのパイプをダンジョン鉄で作って、セーフエリアの外まで伸ばすのに少し時間がかかったけど。
セーフエリアはダンジョンのように物を食わないから家具を安心して設置できるけど、汚水も食ってくれないから、ダンジョンに排水して食ってもらう。
法的にも、国の管理するダンジョンに設置するのは問題があるけど、自分が専属になっているダンジョンに設置するなら問題ない。
万全の休息をとって、明日は第二層のホブゴブリンも出現するゴブリンの領域を探索する。




