ニート、索敵に酔う
火照るような達成感に身をゆだねながら、ゴブリンの解体を開始する。
……する前に、するべきことがある。
『スキルポイントを一〇消費して、鑑定のスキルを獲得しました』
再び脳内にアナウンスが響く。
さっきの戦闘でレベルアップしてスキルポイントをできているはずだと信じて、ネットの情報通りに欲しいスキルをイメージして、スキルポイントの消費を念じてみれば、思ったよりもあっさりと鑑定のスキルを獲得できた。
「スキルウインドウ」
『隠行二 鑑定 スキルポイント一〇』
視界にスキルウインドウが表示される。これが鑑定のスキルを獲得したことで得られる情報。
ゲームのように身体能力が数値化されたステータスを簡単に確認できる表示を、鑑定のスキルで出すことはできない。
「あっ、隠行のスキル熟練度が二に上がってる」
レベルアップ、スキル熟練度上昇、スキルポイント取得についてのアナウンスがないので、自分のスキルを客観的に確認するためにも、鑑定は必須だ。
ネットで閲覧できる探索者の初心者手引きにも、鑑定のスキルはできるかぎり早めに獲得することを推奨している。微妙な性能で、反復使用しても熟練度固定で性能の上昇が後天的に見込めないとしても、スキル熟練度とスキルポイントを確認できることが、レベルアップしてスキルとスキルポイントが増えるほど重要になってくるらしい。
「残りスキルポイントは一〇。索敵一〇ポイント、魔力感知一〇ポイント、暗視五ポイント、遠見五ポイント、解体五ポイント、槍五ポイント。うーん、解体も捨てがたいけど、奇襲防止で安全確保のためにも索敵で」
『スキルポイントを一〇消費して、索敵のスキルを獲得しました』
アナウンスを確認して索敵を起動。
ぼんやりとした周囲の光景を聴覚越しに脳に叩きつけられた。
視覚と聴覚が不協和音を奏でながら、脳内で混線しているようだ。立ちくらみと二日酔いが一緒にきたようで、五感と脳が気持ち悪い。
索敵をオフにする。
波が引くように、ぐちゃぐちゃな脳内が穏やかになる。
「索敵のスキルに、こんなデメリットがあるなんて聞いていない。これはボクだけの特殊な事例なのか、それともただ慣れていないから不快に感じてしまっただけなのか。…………うん? 隠行のスキルがオフになっている」
……まさか、スキルは併用できないとか?
いや、そう決めつけるのは早計だ。
隠行と鑑定は併用できていた。
ボクがまだ熟練度とは別に、スキルという力そのものに慣れていないだけかもしれない。
隠行、起動。
問題ない。
索敵、起動。
やはり、気持ち悪いけど、軽めの二日酔い程度だ。我慢できないほどじゃない。
「ダメだ、隠行がオフになっている」
この状態で、隠行、起動。
ダメだ、索敵がオフになりそうになる。
もう一度、ゆっくりと慎重に隠行を起動する。
意識が片方に傾くと、とたんにどちらかが、あるいは両方がオフになる。まるで、砂上の楼閣のような脆い確実性。
しばらくその場で試行錯誤することで、隠行と索敵の併用のめどがたった。
ものにできたとは言い難いけど、一応、継続的なスキルの併用は可能なようだ。
ま、とくに根拠はないけど、慣れればなんとかなるだろう。
「とりあえず、ゴブリンの解体だな」
槍を剣鉈に持ちかえて、ゴブリンから角を切り落として、胸を裂いて魔石の有無を確認する。
粘りつく鉄錆びのような血臭と、グローブ越しに死体の生暖かい体温とぬめりを感じて、多少気持ち悪くなったけど、吐くほどでもないし、ましてやトラウマになるほどでもない。
グロ耐性がそこまで自分にあったとは知らなかったけど、暗視装置で見る色なしの世界に救われているのかもしれない。
収穫はゴブリンの角三つ、魔石一つ、ゴブリン合金製の剣二つ、槍一つ。
すべて、公的な買い取り価格一〇〇〇円以下の代物。
ゴブリンの肉は不味くて食えたものじゃないらしく、一方、ゴブリンの皮も素材に向かず、基本的に両方とも買い取り対象外。
死のリスクの値段としては微妙かもしれないけど、ボクにとっては記念すべき人生初の収入になるかもしれない。
だから、問題ない。
角と魔石はともかく、ゴブリン合金製の剣と槍は持ち歩いて探索を続けるわけにもいかないので、ダンジョンに収穫物を食われないためにも、入口のセーフエリアに置いてくるしかない。
「出てくるモンスターがゴブリンオンリーだったら、狩るたびにセーフエリアにピストン輸送しなくちゃいけないのか」
その手間を考えると、少し憂鬱になる。