ニート、大鎌を知る
どうするか。
ホブゴブリンを狩るのは確定している。
引き返すという選択肢はない。
確かに、ボクはすでに数時間狩りをしている。
だけど、消耗という点で言えば前回、ホブゴブリンの前に立っていたときの方が、神経質なスキルの使用で消耗していた。
それに、コンテナブレスレットにはスプレーガンが収納されているから、いざという時に牽制ぐらいは可能だろう。
デュオサイズを使い慣れたデュオシックルと双魔の剣鉈に変更するという選択肢もある。
けど、それはしない。
というか、ボクが試してみたい。
このデュオサイズが、前回、難戦したホブゴブリンを相手に通用するのか。
それに、ホブゴブリンを難敵だというイメージは早めにかき消したい。
ボクのいまの目標は第二層を攻略してオークに挑んで打倒することだ。
第二層のモンスターでもあるホブゴブリンに苦手意識を持ってしまうと、第二層の探索は鈍くなる。
だから、ここでイメージを克服したい。
ホブゴブリンを過小評価しているわけじゃない。
ボクの身体能力とスキル熟練度と魔力感知の先読みに、デュオサイズ。
下手なことをしなければ負けることはない。
いや、これだけ手札がそろっているのに難戦するようなら、そんなボクなんて消えた方がいい。
慎重に間合いを詰めて相手の出方を読む?
……ないな。
不必要に消極的に成っても、無意味な不安が大きくなって動きが鈍くなるだけだ。
最強最速の一撃を放って、ホブゴブリンを倒せるか試せばいい。
相手が生き残るようなら、スキルと蓄積された経験に従って応じるだけだ。
起こりそうな不安の漣を、自分は広大な白音で満たされた凪なんだと言い聞かせてかき消す。
突進。
小細工なんて一切ない。
正面からデュオサイズを振りかぶって、全速力で突っ込む。
一閃。
ホブゴブリンの首が間合いに入った瞬間、突進の速度を一撃の威力に変換してデュオサイズに伝える。
ボク史上最強の一撃。
威力も速度も申し分ない鋭い一撃。
けど、
「グギャアアア!」
防がれた。
ホブゴブリンは一歩踏み込んで、デュオサイズの柄を大剣で押さえ込むことで、デュオサイズの刃による絶死を逃れた。
五〇センチぐらい横に押したけど、ホブゴブリンは吹き飛ばされることもなく健在だった。
素直に凄いと思う。
スキルと身体能力を考えれば、吹き飛ばされなくても倒れて当然なのに、見事な応手だと褒め称えよう。
けど、それだけだ。
ボクのなかに欠片ほどの焦りも戸惑いもない。
もしも、手のなかにある武具が槍だったなら、防がれたってパニックになったかもしれない。
でも、ボクが手にしているのはデュオサイズ、大鎌だ。
鎌はクセのある武具で、大鎌はそのクセがとくに顕著で、槍や薙刀を使うように叩きつけてもうまく切れない。
鎌でものを切ろうとしたら、引くようにして切らないといけない。
だから、ボクは思いっきり後ろに飛びながら、デュオサイズを手前に引く。
大剣とデュオサイズの柄がこすれて火花を散らして、宙を舞うホブゴブリンの首を彩る。
ホブゴブリンは確かに、デュオサイズを防いだ。
けど、背後で首を狩る位置にセットされたデュオサイズの刃に気づけなかった。
あるいは鎌という武具の特性に気づけなかった。
溢れるような歓喜はない。
でも、落ち着いた心で、ちゃんと強くなっていると確信できた。
デュオサイズとホブゴブリンの大剣をコンテナブレスレットに収納して、双魔の剣鉈を取り出す。
大丈夫だと思っていたけど、双魔の剣鉈は切れ味を鈍らせることなく、ホブゴブリンを解体していく。
角と魔石をリュックサックに仕舞う。
残念ながらポーション系のアイテムも、宝箱もない。
せっかく買って装備したポーションベルトが空のままなので、少し寂しく感じる。
第二層に進むか、このまま戻るか。
疲労による消耗はない。
心は充足していて、戦い足りないということはない。
……進むか。
ここで引き返したら、慎重なんじゃなくてただの臆病になる。
双魔の剣鉈をコンテナブレスレットに収納して、デュオサイズを取り出して再度、装備する。
再び、第二層に足を進める。
贋作のような重苦しい青空が出迎えてくれる。
焦燥が燃え広がるように、徐々に鼓動が加速していく。
逃走の記憶と、失敗のイメージが、心に染みのように侵食していく。
デュオサイズを強く握り締めて、大丈夫なんだって自分に言い聞かせる。
深呼吸を繰り返すことで、狩りに支障がない程度に安定する。
索敵よりも、遠見と魔力感知で周囲を警戒する。
先に見つけた。
前方にシャドーバット八体の群れ。
周囲にデュオサイズの邪魔になりそうな木や岩はなし。
疾走。
迷いや恐怖で動きが鈍くなる前に、それらを振り切るように駆け出す。
こちらに気づいたシャドーバットが次々に衝撃波を放ってくる。
魔力感知で衝撃波を放つタイミングを見極めて、ジグザグに回避しながら間合いを詰める。
デュオサイズの間合いに入った瞬間、跳躍で回避。
一閃。
三体のシャドーバットを屠る。
シャドーバットは仲間が倒されたことに驚いたのか、散開する。
悪手だ。
シャドーバットが散開したことで、ボクへ向かってくる衝撃波の密度が薄くなる。
回避が容易になって、反撃のタイミングも見極めやすくなる。
跳躍から一閃。
二体のシャドーバットが地上に落ちる。
残り三体。
疾走から一閃。
デュオサイズの石突を握って振るうことで、間合いを延長して跳躍することなくシャドーバットを両断する。
残り二体。
シャドーバットは身を寄せ合うように、再びお互いの距離を詰める。
バラバラに衝撃波を放つより密度は上がるけど、二体でやっても焼け石に水だ。
余裕で回避。
跳躍から一閃。
最後の二体が落命する。
「よし!」
シャドーバットはホブゴブリンよりも下位のモンスターに分類されているけど、ボクは難戦しても勝てたホブゴブリンよりも、むしろ逃げるしかなかったシャドーバットの方に苦手意識を持っていた。
だから、その苦手意識をエアガンやスプレーガンのようなからめ手を使うことなく克服したことで、どうしょうもなく達成感が溢れ出した。
達成感の余韻に浸りながら、デュオサイズを収納して双魔の剣鉈を取り出す。
シャドーバットの素材は魔石と飛膜。
シャドーバットの飛膜をコートやマントの表面に貼り合わせると、隠行のスキルにわずかながら補正が付くらしいので確保する。
手ごろな革が手に入ったら、グローブや安全靴と一緒にコートかマントを作ってシャドーバットの飛膜を貼り合わせよう。
やはり双魔の剣鉈はスムーズに解体していく。
手早く解体を終わらせて、双魔の剣鉈を収納して、デュオサイズを取り出す。
セーフエリアに向けて慎重に足を進める。
範囲攻撃を習熟して、ホブゴブリンとシャドーバットの狩りを経験する。
順調に予定を消化しているけど、まだ安全なセーフエリアじゃないから油断はしない。
セーフエリア目前で、シルバーラビットと遭遇する。
わずかに気持ちが弛緩してしまう。
「キュー」
シルバーラビットが首を傾げる。
突進から蹴りへの予備動作。
体をシルバーラビットの軌道から避けて、デュオサイズの刃が軌道に重なるように振るう。
……あれ?
半歩避ける距離が足りていなくて、デュオサイズの刃が軌道に重なるタイミングがわずかに遅い。
衝撃。
数メートル吹っ飛ばされる。
一瞬、胸に風穴が開いたかと思った。
確認する。
穴は開いていない。
アダマントコックローチの胸当てはシルバーラビットの蹴りで壊れていない。
凄い痛いけど、前よりも多分ダメージは小さい。
スライムゴムがしっかりと衝撃を吸収してくれたんだろう。
「ちっ!」
手にデュオサイズがない。
蹴られた衝撃で手放してしまった。
デュオシックルを取り出す。
「キュー」
再び、シルバーラビットが首を傾げる。
魔力感知に意識を集中して、タイミングを見極める。
シルバーラビットが突進してくる軌道にデュオシックルを重ねて避ける。
あっさりとシルバーラビットが絶命する。
冷静に考えれば、重くて長いデュオサイズと小さくて素早いシルバーラビットの相性が悪いことはすぐにわかる。
シャドーバットも小型のモンスターでデュオサイズで狩れたけど、あれは飛んでいて衝撃波が厄介なだけで、敏捷性がそれほど高いわけじゃない。
それなのに、調子に乗ってデュオサイズを使い続けた自分が嫌になる。




