ニート、大収穫
誤字脱字の報告ありがとうございます。
数日かけて用意したゴブリン鋼とコボルト鋼を前に、生産モードに入っている意識を、さらに深く、深く、深く没入させて、余分な感情である心配や、期待や、渇望を削ぎ落として、ただ目の前の工程に集中する。
実体のない仮想の大鎌を脳裏に幻視する。
基本はシャドーバットを狩るための物。
だけど、対空攻撃へ特化させるわけじゃない。
格下の多数のモンスターを一度になぎ払う範囲攻撃。
片手持ちのデュオシックルでは到達できない、堅牢な防御力を切り崩す強力な一撃。
それらを想定して、鑑定と鎌のスキルに問いかける。
曖昧な大鎌の幻想が一つのイメージに集束していく。
自身の骨格と身体能力を考慮に入れて、細部の細部まで修正して、修正して、修正する。
鋳型のような、完成形が脳裏で結実する。
手にしたゴブリン鋼をイメージに従って柄にしていく。
折れないよう頑丈に、けれど、握りにくい太さにならないように注意して形にする。
双魔の剣鉈を作ったときに残ったホブゴブリンのゴブリン鋼を芯鉄に、コボルト鋼を刃鉄に、ゴブリン鋼とコボルト鋼の合金を皮鉄と棟鉄にしていく。
それぞれの素材の配置から合金の比率まで、鑑定で刹那のときも細部まで妥協なく確認して、錬金術と鍛冶のスキルを徹底的に酷使して成形する。
ノイズのように力への願望や自身への劣等感が工程に混入しそうになるけど、作るという一点に集中した広大な凪のような白音の心がゆらぐことなく拒絶する。
滑り止めをかねたエングレービングを施していく。
一転して、心象を仮託するように、願うように、祈るように、遊び心と中二の心を全開にして作業をする。
武具の根幹が、自身の浅ましい願望や醜い劣等感で汚染されたものなんて使いたくない。
けれど、無色透明で無機質なのっぺらぼうのような武具に命を預けるのも嫌だ。
だから、武具にとって化粧のようなエングレービングは、雑多な虚飾と虚栄心を滅却することなく行う。
刃先を残して、ホブゴブリンのダンジョン鉄でマットブラックにコーティングしていく。
先端四分の一が緩やかに外側に曲がる三メートルの柄に、一メートルの肉厚の刃が取り付けられた大鎌。
『デュオサイズ』
鑑定の結果、こう出た。
双魔の大鎌じゃないのか。
長いし、巨大だ。
武具というよりも、金属のオブジェにしか見えない。
少なくとも、探索者以外の人間が使えるような武具じゃない。
でも、ボクには使える。
鎌のスキルがねだるように、使えると自己主張している気がする。
禍々しいというより、静謐な寒気を感じるような凄みがある。
すぐに、使い心地を試したいけど、魔力切れだから今日はもう寝る。
デュオサイズをゴブリンの領域で使ってみて、強力だけど、決して扱いやすい武具じゃないと感じた。
木が密集しているフィールドで横方向にデュオサイズを振るうと、すぐに柄が木に引っかかる。
第一層に生えている木なら強引に切り倒すことも可能だけど、ゴブリンの体と違って木を一本切るごとに一撃の威力と速度は減衰されてしまう。
十全にデュオサイズの威力と間合いを活かすには、武具の特性を体に教え込む必要がある。
周囲にかんしても、敵だけじゃなくて、木や岩のような大振りの障害になりそうな環境を把握しないといけない。
ある程度、デュオサイズに慣れたところで、足を中央の戦場に向ける。
別に、無謀なことをしようとしているわけじゃない。
ちゃんと、勝算がある。
中央の戦場は木の少ない草原。
脅威はゴブリンとコボルトの数。
デュオサイズの範囲攻撃と相性はいいはずだ。
デュオサイズの攻撃範囲と間合いを理解して、扱いに習熟するのには向いているはずだ。
躊躇うようにざわめく心を深呼吸で黙らせて、中央の戦場に踏み込んでいく。
雲霞のごとく押し寄せてくるゴブリンの群れに焦ることなく、慎重に間合いを見極める。
ゴブリンの群れが間合いに入った瞬間、デュオサイズを一閃。
一〇を超えるゴブリンの上半身が爆ぜるように飛んでいく。
残された下半身は遅れて自身の死に気づいたかのように、内臓を溢れさせながら崩れる。
空白。
刹那、目の前の光景を理解できないけど、中央の戦場で停滞はダメだと無意識に体が前進する。
デュオサイズの威力が生き残ったゴブリンにも衝撃だったのか、呆然とするように立ち尽くしている。
致命的なすきだ。
一閃。
武器も肉体も平等に両断して、破壊する。
ゴブリンの血と臓物が急激に自己主張を始めて、嗅覚を刺激する。
たった二回の攻撃で、三〇近いゴブリンの群れが壊滅寸前。
脳がまだ状況を処理できないでいる。
昨日までのボクでも、三〇体のゴブリンを壊滅することは余裕で可能だ。
でも、それなりの手数を必要とした。
こんな工夫もない攻撃二回で可能だなんて考えもしなかった。
正直、さっきまでこのデュオサイズを対空用の武具にしか使えないんじゃないかと、見下していた。
木にやたらと柄が引っかかるし、モーションも大きくて使いにくいという感想を持っていた。
けど、デュオサイズの真価はそこじゃなかった。
多数の敵を一撃で屠る間合いと威力こそ、デュオサイズの真髄。
相性のいい戦場を用意したら、ちゃんと猛威を振るってくれた。
…………デュオサイズの価値を見誤らなくて良かった。
苦心して作ったデュオサイズが、それに見合う威力と性能を見せてくれるので、嬉しくなって索敵と遠見でモンスターの群れを確認したら、襲われる前に次々に襲いかかってなぎ払っていく。
モンスターに一度も囲まれることなく殲滅していく。
しばらくして、頭が少し冷静になる。
狩りが簡単すぎる。
これじゃ、実った無抵抗の麦を刈って収穫するのと変わらない。
デュオサイズの性能に不満があるわけじゃないけど、これに慣れたらダメだ。
いまはデュオサイズの扱いに慣れるという目的があるからいいけど、無目的にこの狩りを続けたらスキルの使い方が雑になる。
デュオサイズは第一層で使うには強すぎる。
まだ、デュオサイズを使いこなせていないから柄で撲殺する場面も何度かあったけど、もう少し習熟したら横にデュオサイズを振り回すだけで、中央の戦場だと狩りが成立してしまう。
まあ、中央の戦場での狩りの必要性も低いから、ボクがこの楽で雑な狩りを自制すればいいだけだ。
それに、これから少し刺激的な狩りになる。
前と同じように、地面に突き立てた大剣の柄頭に両手を置いてたたずむホブゴブリン。
体に馴染んできたデュオサイズを試すには、悪くない相手だ。




