ニート、準備する
アダマントコックローチの籠手でゴブリンの剣をはじいて、アダマントコックローチの膝当てで覆われた膝がゴブリンの胸を陥没させて、肋骨をへし折り胸骨を砕いて心臓を破裂させる。
別のゴブリンが反応するよりも早く、間合いを詰めて裏拳のように籠手を振るって、ゴブリンの喉を潰す。
胴を狙って繰り出された槍をかわして、カウンターでアダマントコックローチの脛当てがゴブリンの足に命中するようにローキックを放つ。
ゴブリンの足が太ももから横方向に大きく曲がって、ギャグマンガのように派手に転倒する。
双魔の剣鉈を作業的に振るって止めを刺す。
「やっぱり、難しい」
短剣と体術のスキルの習熟はうまくいっていない。ハイキックみたいな身体能力だけじゃなくて、柔軟性も必要な動きは体術のスキルがあっても再現できないけど、短剣のスキルと体術のスキルそのものは体に馴染んできている。
でも、同時にスキルを起動して効果的に動こうとすると、とたんにぎこちなくなる。
短剣と体術を交互に使えば問題ないんだけど、それだと状況に最適な対応じゃなくて、そのとき意識しているスキルで対応してるだけで、蹴ったほうが良い場面で、わざわざ剣鉈を振るう場面が何回かあった。
短剣と体術のスキルで流れるような剣鉈と殴打によるコンボが繰り出せると思ったんだけど、実際には二つのスキルが綱引きするように、異なる二種類の補正が体の動きにかかって、結局ぎこちない動きになってしまう。
楽譜をなぞるように、肘打ち、斬撃、蹴りなどの動きを先に決めていればスムーズなんだけど、状況に応じて即興でやろうとするとダメになってしまう。
でも、絶対にできないという感触じゃない。熟練度というよりも、ボクのそれぞれのスキルへの理解力が低いから、スキルを御することができないで、スキルの補正に振り回されている感じだ。
短剣と体術だけじゃなくて、鎌のスキルも合わせて、もっと習熟しないといけない。
デフォルトが運動不足の中年で、武術やスポーツ経験もないんだから、いきなり攻撃系のスキルを使いこなせると思うのは少し傲慢かもしれない。
まあ、籠手で敵の攻撃をさばいたり、はじいたりするのには慣れたし、拳や足の甲で攻撃するよりも籠手や脛当てのようなアダマントコックローチの防具で攻撃したほうが効果的なことがわかったから、今日の訓練も無駄じゃない。
ボクの手足に装備されたタクティカルグローブと安全靴も、日用品としては頑丈だけどホブゴブリン以上の狩りで使う装備じゃない。
オークの皮が手に入るまでは、これでいけるかと思ったけど、アダマントコックローチの防具の性能を知ると、その脆弱性がむしろ浮き彫りになる。
第二層で何種類か狙っている皮が手に入ったら、早急に自作しよう。
魔力感知もウィザードハットの補正の効果なのか、魔力の濃淡が単体じゃなくて複数相手でもわかるようになった。もっとも、一歩も動かないで、魔力感知だけに集中すればだけど。
複数相手に実戦で活用できるようになるのは、もう少し時間がかかりそうだ。
得るものもあったけど、課題もいくつか見えた本日の狩りのは終了。
ここからは生産の時間だ。
まずは、シルバーラビットの毛皮をシルバーラビットの脳みそでなめして、ウサギ感丸出しの形状を四角に加工する。素材としてジャイアントラットの毛皮よりも多少、浸透する魔力に抵抗するけど、くせがなくて加工はしやすかった。
けど、重要なのはそんなことじゃなくて、加工したシルバーラビットの毛皮の手触りがモフモフすぎることだ。
顔を埋めて永眠したくなるような、優しい包み込むような柔らかさだ。ジャイアントラットの毛皮をどれだけ加工しても、このモフモフ領域には絶対に届かない。
……でも、この毛皮の量だと枕カバーくらいにしか使えない。
敷物にするには、どう考えても少ない。
肉良し、毛皮良しのシルバーラビットを頑張って早くコンスタントに狩れるようにならなくてはと決意する。
続いて、新装備の製作……じゃなくて、その準備です。
シャドーバットに現状の装備だと厳しいので、ネットの力で調べたら、魔術か長柄の武具で対処しろとのことでした。
頼みのエアガンやスプレーガンは、このダンジョンの第二層のレベルだと通用しないようです。エアガンやスプレーガンをダンジョン探索に使うのは、少数派だけどボクだけじゃないみたいで、色々な限界が報告されている。
ちなみに、少数派なのは味方への誤射が危険とか、パーティーで連携すれば必要ないとか、そういう方法で狩りをしてレベルが上がって身体能力が向上しても、道具に頼って基本的な狩りの地力が上がらなくて、どこかで探索が行き詰るからだそうです。
ソロで道具に頼るどころか、依存しまくっているボクは胸が痛くなりました。
まあ、ボクがエアガンとスプレーガンなしで探索していたら、コボルトに殺されていただろうから、完全な間違いだとは思わない。
エアガンはここの第二層クラスだとホブゴブリンのようにほぼ避けられるか、無視されるかで、牽制にもならないケースが多いようです。
スプレーガンは装填している液体にもよるけど、ホブゴブリンクラスにも目や鼻などの粘膜に付着すれば効果があるけど、ほぼ避けられるから牽制だと割り切るならありだそうです。
まあ、第二層の階段を守るオークには状態異常耐性のスキルがあるのか、ほぼどんな液体でも直撃しても通用しないそうです。
ボクは持っていないけど、散弾銃をシャドーバットに使用したケースが紹介されていたけど、ほぼ毎回使用するたびに必要な複数の書類を用意して、役所に提出しなくてはいけない手間にかんする愚痴が情報の大半だった。
一応、鹿撃ち用の弾なら簡単にシャドーバットを狩れるけど、それだとどれだけ倒してもレベルアップしないで装備も強化されない。
殺さないように撃って、直接攻撃で止めを刺せばレベルはアップするけど、銃の強化は微々たるものになる。
銃をダンジョンの素材で作って鈍器のように使って止めを刺せば普通に強化されるけど、よほどの銃器マニアでもなければやらないし、法的にもグレーだから非推奨になっている。
原理は不明だけど、ダンジョンでモンスターを魔術以外の銃や弓などの遠距離攻撃で倒しても、レベルアップも装備強化もない。けど、スキルの熟練度にかんしては、遠視などスキルの種類によっては一応上がるらしい。
ダンジョン探索で銃器の使用が法律で認められている自衛隊や警察でも、対物ライフルクラスがギリギリオークに通用する程度なので、基本的に非推奨になっていて訓練で発砲する程度らしい。
まあ、ダンジョン出現後の自衛隊や警察だと部署にかかわらず、オークをソロで狩れて一人前の超人集団だから、銃器なんていらないだろうけど。
もっとも、一部のダンジョンに適応できなかった古い人員が出世コースから外れて大変なことになっているらしいけど、中途半端にレベルアップしてドロップアウトした元探索者の犯罪者やテロリストを相手にするなら、オークくらい簡単に狩れないと対処することもできないから、しかたないのかもしれない。
ということで、シャドーバットへの現実的な対処法は魔術と長柄の武具しかない。
けど、魔術を使用するために必須な杖がないので、ボクに可能な選択肢は長柄の武具しかない。
まあ、杖があっても、魔術のスキルと相性が悪くて、熟練度をどれだけ上げてもしょぼい魔術しか使えないこともあるので、確実なシャドーバットへの対処法にならないかもしれない。
長柄の武具、普通は槍だけど、ボクの場合は大鎌です。
鎌のスキルでも使える死神が装備しているような大鎌なら、軽いジャンプでも飛んでいるシャドーバットにも届くから、簡単に狩れるようになる……はず。
助走なしで、ダンジョン出現前のオリンピックのバレーボール選手よりも高く飛べるから、攻撃が相手に届くのは間違いない。
けど、大鎌を作るのに、ゴブリン鋼もコボルト鋼も足りないので、ゴブリン合金製の武器とコボルト合金製の武器から分離しないといけない。
多分、今日と明日の生産の時間はずっとゴブリン鋼とコボルト鋼を分離で取り出すことになる。




