ニート、常識を知る
店員との会話を少し修正しました。
昨日は、風呂で体が標準体型から、体操選手のような引き締まったアスリート体型に変化していてパニックになったり、シルバーラビットの唐揚げが美味しすぎて夜中にダンジョンでウサギを狩り行きたくなったり、せっかく魔力を空費して魔力切れになったのに、起きたら予想通りほとんど魔力量が増えてなかったりしたけどまあ、ささいな問題だ。
再び、訪れた買取所で、店員と会話をするという難題を前にすれば、すべては矮小な問題にすぎない。
いや、大丈夫だ。
あの店員は丁寧だったから、こちらの心理的な負担は最小限度ですむはずだ。
いや、待て……この店の店員が彼一人だと考えるのは早計じゃないか?
むしろ、複数名いて、前回はたまたまシフトがあっただけの可能性もあるんじゃないか?
いや、公的な買取所ならワンオペの可能性は、むしろ少ない。
やる気のないマニュアル対応のバイトや、不躾に根掘り葉掘りこちらの事情を聞いてくるパートのような店員が、対応することも十分にありえる。
いつもなら、撤退できるけど、アンナに今日一〇万円用意すると言った以上、それはできない。合わない店員だったら、胸当ての相談はしないで、買い取りだけして、すぐに帰ろう。
「いらっしゃいませ」
天は我を見捨てなかった。
店員は前回と同じ店員だった。
「かりとりお願いしまふ」
消えたい。
かりとって、どうする!
語尾も噛んだし。
逃げ出したいです。
「探索者証はございますか?」
凄い店員だ、まったく動揺していない。
こちらも仕切りなおして、探索者証をスムーズに差し出す。
「ありがとうございます。では、品物を確認させていただきます」
「お願いします」
よかった。会話の流れは修正された。
さっきの黒歴史のことは忘れよう。
非実在の事実だ。
「あの、お客さまは何人パーティーで探索をなさっているのですか?」
会話の流れが前回と変わってしまった。
どうしよう……えっと、別に、ソロって言っても問題ない、かな。
「ソロ……ですけど」
「ソロですか?」
店員がなにか、凄い驚いてるけど、新人探索者のソロは珍しいのだろうか?
ボクとパーティーを組んでくれるというか、ボクでもパーティーを組める人なんて、フィクションだ。
ボクをパーティーメンバーに選ぶ価値があるとは思わないし、ボクが緊張しない他人なんているとしたら、宇宙人よりレアな気がする。
……ああ、一応、声をかけたら、力を貸してくれそうなのが一人いるけど、命の危険有り、安定した収入の保障なし、部位欠損の障害を負っても一切の保障なし。
うん、普通にブラック企業だな。
昔のマグロ漁船よりは儲かる可能性が高いけど、死ぬ可能性も高い。
特別な事情でもなければ、エンジョイ勢じゃなくてガチの探索者に友人を誘うべきじゃないな。
「前回ご利用されてから、一ヶ月も経っていませんよね?」
ボクのこと覚えているのか、一度会っただけなのに凄いな、この店員。ボクなんてコンビニの店員は全員同じに見えてしまうんだけど。
「そうですね、一ヶ月は経っていませんね」
「それなのに、この量ですか?」
「えっと、少ないですか?」
「いえ、多いので驚きました。しかも、もう、ホブゴブリンを狩れるようになっているんですね」
「あああの、なんか、アドバイスもらったのに、ないがしろにしてすみません」
「いえ、こちらのほうこそ、お客さまの実力を侮っていたようで、申し訳ありません」
この店員は接客業の達人なんだろうか?
ボクが自分のアドバイスをないがしろにされたら、気分を害して態度に出ると思う。
「査定には少しお時間がかかるので、よろしければ店内をごらんになっていてください」
「お願いします」
ボクの手にはスリープシープの革製の五万円するポーションベルトと、三万円の魔力感知に補正が付くウィザードハットがある。
スリープシープは牛並みの大きさの鈍重な羊で、脅威度はゴブリン程度、肉もジャイアントラット並に美味しくて、毛も特殊な付加価値はないけど良好な品質で、防具には向かないけど皮も普通の牛より強度があるから、ルーキーの安定した収入源になっている。鳴き声で眠らせる状態異常攻撃をしてくるけど、かかる確率も高くないし、それにパーティーなら寝てもすぐに起こせるから、リスクも小さい。こいつが出るダンジョンは通称牧場と呼ばれたりする。
スリープシープの革製のポーションベルトなら第二層に装備していっても、直撃しなければ大丈夫だろう。
それよりも、魔力感知に微だけど補正が付いているのに、三万円という驚きの安値のウィザードハットが凄い。デザインもいい感じにくたびれた黒いとんがり帽子で、ファンタジーで老獪な魔術師が被っていそうな雰囲気がする。
この二つは買いたいけど、買い取り価格が一八万円以下なら諦めないといけない。
できればウィザードハットは買って帰りたい。
利用者の少ない公的な買取所でも、この機会を逃したら、ウィザードハットは買われてしまう気がする。
「この買い取り価格でよろしいでしょうか?」
提示された金額は五〇万円をわずかに超えていた。
「あ、ああああの、この金額に間違いないですか?」
「申し訳ございません。民間でしたら一〇〇万を超えると思いますが、うちですと基本的に定額での買い取りとなりますので、これ以上の上乗せはできかねます」
「いいいえ、少ないとかじゃなく、お、多すぎるんじゃないかと思ったので」
「いえ、正当な価格です。それとは、別に、こちらのインゴットは三〇万円になります」
「三〇万円!」
ダンジョン鉄五キロ、ゴブリン鋼一キロ、コボルト鋼一キロで三〇万円?
ボクは白昼夢でも見ているのだろうか?
「お客さま、こちらのインゴットをどちらで入手したのか、経緯を聞いてもよろしいですか?」
「えっと、ゴブリン合金とコボルト合金から錬金術で分離しました」
多少、たどたどしくなりながら、これまでのダンジョンでの狩りの仕方や、ゴブリン合金製の剣やコボルト合金製の剣からデュオシックルを作った経緯を説明してみた。
「錬金術で、分離した?」
店員がなぜか、困惑している。
ボクはなにかやらかしたのだろうか?
「あああ、あのダンジョン由来の物とはいえ、加工したらダメですか?」
「いえ、加工したという申告は必要ですが、買い取り自体に問題ありません。それよりも、お客さまは、錬金術と鍛冶だけではなく索敵と隠行のスキルを同時に起動できるんですか?」
「ええ、できますよ。最初は大変でしたけど、慣れたらそれほど意識しなくても起動できるようになりましたね」
「あの、失礼ですが、誰でも索敵や隠行、あるいは魔力感知のスキルを同時に起動できると考えていませんか?」
「……できないんですか?」
「先天的にできるごく少数の例外を除いた大半の探索者は、それらのスキルを同時に起動することはできません」
「でも、それだと不便じゃないですか?」
索敵と隠行をダンジョン探索で常時起動しない?
そんな五感の一つを塞ぐような縛りプレイみたいな状態でダンジョンの探索なんて、ボクだったら怖くてできないと思うんだけど。
「それが他の探索者の常識です。索敵や隠行のスキルは常時使うものではなく、的確なタイミングで切り替えながら使うものと考えられています」
「なんか、わざわざ面倒な手間をかけているように、思えるんですけど」
「索敵のスキルは単体でも慣れるのに難がありますからね。自然と切れてしまう隠行が、訓練しだいで同時に起動できるとは思いませんよ。それよりも、わかっていますか?」
「な、なにが、でしょう」
「生産系スキルの使い方や魔力量の効率的な増幅方法、索敵や隠行のようなスキルの同時起動するための訓練方法の示唆、もの凄い情報です」
「へぇ、そうなんですか?」
どこかのまとめサイトで祭りなり、炎上なり起こるのだろうか?
「わかっていないようですね。やろうと思えば億単位のお金がわりと簡単に手に入るような情報だと、言ってるんですよ」
「えっと、そう言われましても」
ボクにどうしろと。
清貧万歳なんて言わないけど、お金のかかる趣味、恋人なし。別に、血眼になるほど、欲しいとは思わない。
とりあえず、今は現金が最低限一〇万円があればノープロブレム。
むしろ、億単位のお金なんて面倒そうだから、今はノーサンキューだな。
「私の立場としては、上に報告しないわけにはいかないんですけど」
「別に、いいですけど」
組織で報連相は重要だから、店員が上司に報告するのも別に、普通だと思うんだけど。
「そんな知識の不当な搾取のようなこと、納得できません!」
店員のキャラが熱血にブレているのですが、ボクはどうしたらいいんでしょう。
「私から武具製作の依頼を受けてもえますか?」
どうして、上司に報告する話から、ボクに武具製作を依頼する話になっているのだろう。店員の話が飛躍していると、感じるのはボクのコミュ力が原因だろうか?
「……いいですけど、ボクはスキル任せの生産で、修行した本職じゃないから、質は保証しませんよ?」
「大丈夫です。最悪、インゴットを納入してもらえれば、状況はつくれます。それでは、こちらを前金としてお受け取り下さい」
「数珠?」
「コンテナブレスレットです」
「大きい玉が……六つあるから、最低でも六〇〇万円はする品物ですよ」
数珠のような見た目のコンテナブレスレットは、大きい玉と小さい玉で構成されていて、大きい玉の数だけ物を収納できる便利アイテムだ。
収納できる物の大きさの上限もあるし、収納できる数も多くない。収納バッグのようなアイテムの方が輸送力はあるけど、コンテナブレスレットは手に持った武具を一瞬で収納して、望んだときに一瞬で武具を取り出せる。複数の武具を収納して、状況に応じて武具を切り替えたり、予備の武具を一瞬で取り出せるから、戦闘の幅が広がると、中堅からベテランは必ず装備しているアイテムだ。
「ゴブリン鋼とコボルト鋼で製作された武具を最低でも五つ納入していただければ十分黒字になります」
「あの……ボクが持ち逃げしたらどうするんです」
「探索者相手の商売にリスクは付き物ですよ」
店員の目の奥が一瞬だけ光った気がした。
少し、怖かったけど、それ以上にスキルのような借り物の力のおかげだとわかっても、ボクが認められて、背筋が沸き立つようにゾクリとして、ただ嬉しかった。
次回の投稿は一月一二日一八時になります。
時間の確保が難しくなり、これからは一日置きの投稿になります。




