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ニートはダンジョンに居場所を求める  作者: アーマナイト
19/87

ニート、兎と蝙蝠に歓迎される

 どうするか。

 安全策として距離は長くなるけど、第二層には行かずに、来た道を引き返して帰還する。

 これならリスクはほぼないけど、戦果がホブゴブリンを狩ったことだけになってしまう。

 もう一つは当初の予定通り第二層に下りて、近くにあるセーフエリアに向かい、そこにある転送装置に登録して使えるようにして、第一層のセーフエリアか入口に、自分自身を転送すればいい。

 転送装置なんてあるなら、最初から使えばよさそうだけど、第二層のセーフエリアにある転送装置に自分を登録しないと、第一層の転送装置があるセーフエリアは不可視で侵入不可。第三層以下でも、自分で登録しないと、その層には飛べない。

 だから、極論、第五層まで到達して転送装置に登録しても、それまでの層で転送装置に登録しなければ転送可能なのは、第一層のセーフエリアと入口と第五層のセーフエリアだけになる。

 役所の報告書によれば、第二層のセーフエリアは階段を下りて左に進んですぐにあるらしい。

 距離と時間は、安全策よりも断然短い。

 それに次からホブゴブリンと交戦することなく、第二層に行けるようになる。

 ただし、第二層のセーフエリアに到達するまでに、第二層のモンスターと交戦する可能性は十分にある。

 最悪、ホブゴブリン単独どころか、ホブゴブリンの集団に襲われるかもしれない。

 それに、第二層にはホブゴブリンクラスのコボルト、ハイコボルトが出現する。それもコボルトのように集団で。

 今のボクだと、襲われたら死ぬ結末しか想像できない。

 一応、第二層の階段からセーフエリアまでの領域は、ホブゴブリンやハイコボルトの活動領域から離れているけど、柵で囲われているわけでもないので、領域を越える連中は少数だけどいる。

 けど、悩むまでもなく、選択肢は第二層に下りて転送装置で帰還するだ。

 というか、ダラダラと長時間、ゴブリンの領域を隠れたり交戦したりして、進む気力がもうない。

 風呂に入って、ベッドで寝たい。

 魔力が増えない?

 あれだ……ダンジョンで寝起きしたときほど、本当に増えないのか実証実験だ。

 ジャイアントラットの寝具も悪くないけど、野宿にしてはというレベルでしかない。






 階段を下りたら、光に迎えられた。

 頭上には雲一つない快晴のような青空が広がっている。

 でも、どこか狭くて重苦しい。

 なのに、果てのない全てを飲み込む穴の底にも感じられる。

 太陽がないのに、昼間のように明るいから、違和感が大きいのかもしれない。

 第二層からは第一層よりも濃密で雑多な自然の匂いを感じる。

 中央には草原が広がっていて、遠見のスキルで強化された視界には大河ドラマのワンシーンのような騎兵を含んだゴブリンとコボルトの戦争が繰り広げられていた。

 まあ、あそこに関わるのは当分ないな。

 役所の報告書を信じて、転送装置のあるセーフエリアを目指して進む。


「ちっ」


 隠行は全開で起動しているのに、索敵に反応。

 一体、明らかにこちらを指向している。

 索敵のスキル、目視、音、臭い、多分、それらの要因で発見された。

 交戦の回避は不可能。

 迎撃するしかない。

 ホブゴブリンの大剣を地面に刺して、左手をフリーにする。

 右手のデュオシックルを構えなおす。


「キュ」


 白銀の毛玉が現れた。

 よく見たら、つぶらな赤い瞳と、長い耳が確認できる。

 報告書にあったモンスター、シルバーラビット。見た目は中型犬並に大きいアンゴラウサギといった感じだ。


「キュー」


 可愛らしく、首を傾げる仕草は、ボクみたいな心の枯れた人間でも、思わずモフりたくなる。

 頑張って、テイムして従魔に、


「ぐはぁ」


 シルバーラビットに胸を蹴り飛ばされた。

 不吉な乾いた割れるような音がした。嫌な予感がして、少し視線を下げるとポリカーボネイトの胸当てに無数の亀裂が入ってボロボロになっていた。


「痛い、クソウサギが! 絶対、解体して唐揚げにしてやる」


 胸は物凄く痛いけど、多分、折れていない。魔力循環で胸部の魔力の流れを確認しても、乱れはないから折れていないはずだ。

 誰だ、あんな足癖の悪いクソウサギを従魔にするとか、どうしょうもない愚考をしたのは。

 …………まあ、ボクなんだけど。

 クソ、油断した。

 ちょっとモフりたくなるような毛並みをしているからって、調子に乗っているな、あのウサギは。

 自己嫌悪で気分が沈みそうだけど、緊急事態だから我慢する。

 ウサギが首を傾げたのは、可愛い仕草なんかじゃなくて、突進からの後ろ回し蹴りを開始するただの予備動作でしかない。

 ウサギの突進はコボルトやホブゴブリンよりも速いけど、捕捉できないほどじゃない。

 速さも威力もこれまでのモンスターとはレベルが違うけど、それほどの脅威でもない。

 魔力感知を鋭敏にすれば初動を見誤ることもない。


「キュー」


 ウサギが媚びるように首を傾げるけど、学習したボクには通用しない。

 魔力感知で動きを見極めて、奴の突進に反応する。体を奴の射線からずらして、代わりにデュオシックルの刃を射線に残す。

 ウサギは自分の突進の威力によって、デュオシックルの刃で切り裂かれる。

 単独で直進にしか攻撃してこないなら、速くて強くても対処は可能だ。

 シルバーラビットの毛皮も肉も買い取り価格数千円になる良品だ。

 売るか、自分で利用するかはセーフエリアに到達してから考えよう。

 胸部を見る。

 もう、このボロボロの胸当てだと防御力は期待できない。

 セーフエリアまでは装備して、そこで廃棄しよう。

 まあ、こんなボロでも気休めぐらいの防御力にはなるだろう。

 周辺をよく探すけど、木製の宝箱はない。

 いままでのパターンなら、胸当ての代替品が宝箱から出てくるんだけど…………出ないか。

 まあ、そんなタイミングよく出るわけがないか。

 セーフエリアを目指して進める足が重い。

 間抜けな油断のこともあるけど、それ以上にあのシルバーラビットが、この第二層で一番弱いモンスターだということに気が重くなる。あれが第二層だと、第一層でのジャイアントラットのような扱いだ。

 一層、深くなっただけで、難易度上がりすぎのような気がする。

 コンティニュありのゲームなら調度いいけど、コンティニュなしのリアルだと無理ゲーに思える。


「どはぁ」


 いきなり衝撃を背中に受けた。

 幸い、ダメージはそれほどじゃないから、よろめく程度ですんだ。

 振り返ると、高度四メートルを存在感が希薄な巨大な黒いコウモリが六体、飛んでいた。

 一体のコウモリが高度を落とすと、体内で魔力が高まる。


「クソ!」


 魔力感知で確認できた飛んでくる魔力の塊を避ける。

 シャドーバット。

 大きさはジャイアントバットと変わらないけど、高い熟練度の隠行で索敵を回避して、消音のスキルで飛行音を消して、遠距離から衝撃波を放ってくる。しかも、必ず三体から一〇体くらいの集団で行動する。

 衝撃波を放つときに照準のためか、あるいは飛行に割く魔力が減るからか、高度が下がる。そこが反撃の狙い目らしいけど、エアガンとスプレーガンの使えない現在のボクには無理。

 一体なら、魔力感知で詳細に把握して反撃できるけど、複数を同時に詳細に把握することはできない。一体だけ詳細に把握したら、他がおろそかになってしまうから、いまはむしろ危険になる。

 つまり、ボクにできることは、視界の先にある草原や森のなかだと不自然な白い人工物のような部屋に、シャドーバットに潰されるよりも先に到達すること。

 ジグザグにランダムで避けながら、セーフエリアに向かって全力疾走する。

 始めはまばらだったのに、こちらからの反撃がないとわかると、シャドーバットたちは大胆に間断なく衝撃波を放ってくる。

 絨毯爆撃か、機銃掃射に身をさらしているような気分だ。

 背後からの攻撃でも、魔力感知で攻撃のタイミングをなんとか予想して、回避し続ける。

 それでも、全部回避できるわけもなく、何発か被弾しながら、衝撃があっても、痛みがあっても、速度は落とさない。

 いままでの人生で一番全力で走った。

 多分、ダンジョン出現前の一〇〇メートルの金メダリストの記録を圧倒しているけど、爽快感なんて欠片もない。

 ただ、無慈悲な白音の焦燥に、平静をガリガリ削られているようだ。

 疾走。

 疾走。

 疾走。

 疾走。

 疾走。

 余分な思考と感情が停止していって、無心で機械のように走ることに専心する。

 跳躍。

 最後の五メートルを飛んで、セーフエリアにダイブする。

 振り返ると、しばらくうろついていたシャドーバットの集団は、すぐに諦めてどこかにいった。


「よし!」


 ホブゴブリンの大剣もシルバーラビットも捨てることなく、ゴールした。

 シャドーバットは狩れなかったけど、不思議とボクの心は満たされていた。

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