ニート、カボチャと出会う
世界中で黄金の賛美歌が鳴り響いているような充足感。
破裂するように広がる多幸感で感情が振り切れてしまいそうだ。
勝利の果てに、包まれるような自己肯定感に酔いしれる。
強敵に勝つことで喜ぶ。
結果だけ見ると、まるで、ボクが戦闘狂のようだけど、強敵との相対的な対比で刹那的で原始的な存在の価値を確認しているだけだ。
強敵に飢えているわけでも、戦闘を求めてるわけでもない。
そんな高揚した感情が、顔面から強烈に発せられる信号によって、現実に戻される。
「痛い、凄い痛い」
顔が滅茶苦茶痛い。
戦闘中はあまり気にならなかったけど、気持ちが落ち着いてくると、痛みが急に自己主張を始める。
包帯やガーゼはセーフエリアに置いてきた大きいリュックサックのなかだ。
ここでの応急処置は無理。
ホブゴブリンに勝ったのに、顔面からの出血多量で死んだら、なんだか間抜けだ。
とりあずこの出血はどうすることもできないから、我慢して行動しよう。
ポリカーボネイトのフェイスガードは二つに切れて壊れている。
超高分子量ポリエチレン製のヘルメットも前のほうが大きく切り裂かれている。合衆国軍で採用されているライフル弾でも貫通しないヘルメットだって聞いたんだけど、ホブゴブリンの攻撃はライフル以上なのだろうか?
ヘルメットはまだ一応、使えるけど安定しない。頭部の防御力低下は避けたいけど、肝心なときにズレて視野が塞がれても困るから、フェイスガードと一緒に破棄する。
投げたエアガンはあれだけ雑に扱ったのに、ツインドラムマガジンが壊れただけで無事だった。ダンジョンで強化されて少し頑丈になったのだろうか?
スプレーガンは急造のスリングが切れしまったけど、ボトルが外れただけで大丈夫だった。けど、ボトルの中身のカプサイシンとお酢の混合液は、周囲にぶちまけられて空になっていた。
混合液を補充しないと、スプレーガンは使えない。
というか、刺激臭が凄くてボトルを拾えない。
清浄のスキルで混合液を除去。
エアガンとスプレーガンはリュックサックに収納。
続いて、ホブゴブリンの解体。
素材はゴブリンと同じで、角と魔石のはず。
まあ、買い取り価格は、当然ホブゴブリンのほうが上だけど。
それでも、角と魔石合わせて買い取り価格が一万円以上になることはない。
命がけのホブゴブリン狩りの労働単価が一万円以下とか、お金にあまり執着のないボクでも少し理不尽に感じる。
うーん、この剣鉈での解体に少し手間取る。三万円した名工の一品だけど、通常の金属だとホブゴブリン以上の解体は難しいか。
機会をみて、ゴブリン鋼とコボルト鋼で剣鉈を作ろう。
「うん?」
ホブゴブリンの胸から、魔石じゃなくて栄養ドリンクみたいな中身の入った容器が出てきた。
モンスターを倒したら回復アイテムが手に入るのは、ゲームだと定番だけど、リアルだと容器が血塗れで少しグロいです。
『ローヒールポーション:ローレベルの傷を治す』
鑑定さん、平常通りのざっくりとした説明ありがとう。
ローレベルの傷ってなんだ?
骨折は一瞬で治るって話だけど、どこまでの傷がローレベルなんだろう。
というか、使うか、使わないか。
それが問題だ。
二〇万円……は販売価格だから、買い取り価格は一〇万円くらいかな。
このぐらいの傷なら病院で縫ってもらえば…………病院?
長時間人ゴミのなかで待機して、他人と会話して診察してもらう?
無理です!
ホブゴブリン狩りよりも難易度高いです。
即断してローヒールポーションを一気に飲む。
薄いスポーツドリンクのような味が口に広がる。
「うん? 痛みが消えた。本当に、一瞬だ」
治るときに光るエフェクトとかないから、地味だけど結果はなかなか凄い。
空になった透明なガラスのような感触の容器は一応なにかに再利用できるかもしれないから、リュックサックに入れる。
清浄のスキルを顔に使うと、こびりついた血が消えて左目の視野が回復する。
一瞬、戦闘中に清浄のスキルで顔の血を除去していれば、左目の視野を確保できたんじゃないかと思ったけど、傷を塞げなければ、また左目に血が流れ込んで意味がなかったと思い直す。
ホブゴブリンの使っていたゴブリン合金製の大剣を、柄を握ったままの切れた腕を捨ててから拾う。単純な素材としてなら捨てていってもゴブリン合金はまだ大量にあるからいいんだけど、一応持って行く。
それよりも、また、ボクの気づかない間に、木製の宝箱が出現していた。
うーん、よく考えたら、あれだけモンスターを狩っているのに、まだ二回しか宝箱と出会えてないって、ボクの幸運値は低いのだろうか?
…………よし、宝箱を開けよう。
なかには、カボチャが入っていた。
「うん? なんだ、このカボチャは」
三角の目と鼻と、笑うようなギザギザの口が彫り抜いてある。両の目の奥には、それぞれ青白い鬼火のようなものが浮いている。それはまさしく、ハロウィンで見かけるような、ジャック・オー・ランタンを模したカボチャだ。
なにか効能のあるオブジェクト?
青白い火を光源にしたランタン?
『さまようカボチャ:暗視のスキルに微補正 精神異常耐性のスキルに微補正 状態異常耐性のスキルに微補正』
「おお、耐性スキルへの補正付き。第一層で手に入るアイテムとしては破格だ」
耐性などのスキルは、スキルポイントに余裕があっても獲得できない。スキルに補正が付いているアイテムを装備しないと、どれだけレベルが上がって、熟練度が上がっても獲得できない。
深い層で手に入る装備には、特殊技のギロチンストライクのような強力なスキルが獲得できるようになる物も多いらしい。
悪い物じゃない。
というか、いい装備だ。
さまようカボチャをよく調べたら、下のところに頭が入れられそうな穴が開いていた。
鈍器とかじゃなくて、やっぱり頭部に装備する防具か。
どうするか。
性能はいい。
デザインもハロウィンに発生する安っぽいカボチャじゃなくて、青白い鬼火と合わさって中二的な禍々しさを放っていて嫌いじゃない。
でも、さまようという名前で、呪われているんじゃないかと思ってしまう。
呪われるか、人格を乗っ取られそうだけど、ダンジョンから呪い付の装備が出たなんていう話は聞かないから、大丈夫……なはずだ。
しかし、槍を喪失してギロチンシックル、ヘルメットを失ってさまようカボチャ。ダンジョンか、それを創ったものに観測されているようで、少し気持ち悪い。
恐る恐るカボチャを被る。
「あっ」
よく考えたら、なかに鬼火が浮いているなら、ボクの頭が燃えるんじゃないかと思ったけど平気だった。
さすが、理不尽なダンジョンクオリティ。
頭と鬼火の位置が重なっているはずなのに、熱くないどころかなにも感じない。
頭を覆われたらもっと、閉塞感なり違和感なりを感じるかと思ったけど問題ない。視野も限定されるどころか、裸眼でいるよりも視野が広くてよく見える気がする。




