ニート、ネズミの上で寝る
解体のスキルに従ってジャイアントラットから毛皮を剥ぎ取っていく。
毛皮の剥ぎ取られた生肉むき出しのジャイアントラットをダンジョンに淡々と廃棄していく。ダンジョンに挑む前なら、殺した命を粗末にしてとか、葛藤があったかもしれないけど、いまは凪のような無音の境地でただの作業という感想しかない。
ランタンの光の下で、解体されて命を喪失して死をまとっているジャイアントラットの有様に、多少グロいと思うけど忌避感はすでにない。流れ出る血と臓物の生々しいのにどこか無機質な生臭さも好きじゃないけど、別に不快でもない。
剥ぎ取った毛皮から余分な脂肪なんかを削り取っていく。途中から解体のスキルだけじゃなくて革加工のスキルも起動したら、作業効率が格段に上がった。
ジャイアントラットの頭から脳を取り出して、塗ったり漬けたりせずに、ただ毛皮の内側に置く。モンスターの頭を割るという作業に対して、躊躇はない。でも、ボクの心が壊れたとは思わないけど、成長したのか、ただ状況に合わせて変異したのか、知りたいと思わないでもない。
本来なら、脳をそのまま使うんじゃなくて、熟成させたりするらしいけど、錬金術と革加工のスキルで毛皮を強引になめす。
今回は、ボクの思い付きじゃなくて、鑑定に錬金術と革加工でなめすにはどうしたらいいか問いかけて、返ってきた回答だ。まあ、また文字じゃなくてイメージよるものだったけど。
チートの定番スキル鑑定が、本当にチートスキルに思えてきた。
鑑定のスキルは、なんでも答えてくれるわけじゃないけど、それでも得られる答えは重要だ。
脳に手を置いて、そこからのびるように魔力を浸透させる。
布に水が浸透するように、あっさりと一分もしないで、隅々まで浸透する。鑑定のイメージを参照して、脳を錬金術で最適なものに変質させて、毛皮にしみ込ませて最適な性質に変更する。
所要時間一〇分以内で、なめしたジャイアントラットの毛皮ができあがった。本職の革職人が知ったら、理不尽だって怒りそうだ。
毛皮はなめせたけど、ジャイアントラットから剥ぎ取った獣のシルエットを連想させる形状だ。だから、続けて錬金術と革加工で、厚さにむらのある毛皮を敷物に最適な厚さに均一にそろえて、毛並みを柔らかくなるように調整して、形状を四角に成形する。
三分で四角い毛皮ができた。
皮は金属よりも、錬金術で加工するのに向いているようだ。
ゴワゴワだったジャイアントラットの毛並みが柔らかくなっている。けど、ジャイアントラットの毛がカシミア並みになったわけじゃない。ジャイアントラットの毛皮を丁寧に、とても丁寧に、物凄く丁寧にブラッシングしたりすれば、実現できるかもしれないというレベルでしかない。
時間をかければカシミア以上にできるかもしれないけど、そこまでの保温性は求めていない。この品質でも敷物としては十分だ。
けど、まだ敷物にするには小さい。
残りの毛皮もなめして、どんどん加工していく。
作った四角いバラバラの毛皮を溶接するように錬金術でつなげて、毛並みもそろえる。
二メートル四方の毛皮の敷物が二枚できた。
余った一枚は毛布の代わりに使う。
寝具のできとしては十分に及第点だけど、ちゃんと処理してないから、生臭くて獣臭い。
…………清浄のスキルを獲得した。
ここで臭いにかんして妥協したら、なにかに負けた気がするので、これは決してスキルポイントの浪費じゃない。
清浄のスキルは魔力を消費して清潔にする。
それ以上でも、それ以下でもない。
鑑定と同じように熟練度固定で、反復使用しても熟練度は成長しない。
貴重な魔力を消費して、得られる効果が汚れが綺麗に落ちるだけだから、探索者のなかでも評価が返り血上等な不要というグループと、長期間の探索はしたいけど不潔なのは嫌だから絶対必要というグループにわかれている。
清潔になるといっても、無臭になるわけじゃないから、コボルト対策にはならない。だから、清浄のスキルをいままで獲得しなかったけど、獣臭に包まれて寝たくはないから仕方ない。
起きているときなら、獣や血や臓物が臭っても平気になったけど、寝ているときにその臭いで包まれたら、悪夢にうなされる自信がある。
毛皮や自分自身や周囲に清浄を使っても魔力にまだ余裕があったので、魔力切れになるまで、ゴブリン合金製の剣とコボルト合金製の剣を分離し続けた。
ジャイアントラットの毛皮でサンドイッチされた寝袋に入って就寝する。
寒さに震えることのない快適な睡眠だった。
羽毛布団のような寝心地とは言わないけど、熟睡するのには十分な保温性だ。
胃がもたれないように、食事は軽めにすませる。
今日、ホブゴブリンを狩って、第二層に行く。
不安と興奮で鼓動が乱れ続ける。
装備はどうするか?
ホブゴブリンを狩るんだから、デュオシックルは装備していく、これは決定している。
でも、左手になにを装備する?
ゴブリン狩りを安定させているエアガン。
コボルトを長時間戦闘不能に追い込むスプレーガン。
あるいは、ギロチンシックルを装備して、鎌の二刀流も面白いかもしれない。
……うん、二刀流はないな。
将来的に、エアガンやスプレーガンが通用しないモンスターが出てくることを想定して、二刀流みたいなスタイルを模索するのは悪くないけど、練習もなしにホブゴブリンで試すことじゃない。
安全策でいくなら第二層のことも考えて、スプレーガン。
だけど、ボクのなかの傲慢が、エアガンで十分なんじゃないかと囁く。むしろ、エアガンすら持っていかないで、デュオシックルだけで十分なんじゃないかと訴える。
…………両方、持っていこう。
スプレーガンにジャイアントラットの毛皮の余りで、簡易な紐を作って銃に付いているようなスリングにする。作りは雑だけど、一応、必要最低限の機能は満たしている。
右手にデュオシックル、左手にエアガン。
スプレーガンはスリングで吊るして、エアガンが通用しなかったら持ちかえる。
背負うリュックサックは動きをあまり阻害しない小さいほうにする。
出陣の準備は整ったけど、ホブゴブリンまでのルートはどうしよう?
ホブゴブリンがいる第二層へ通じる階段は、役所の報告書によれば入口からまっすぐ前に進めばあるらしい。
だけど、そのルートは使えない。
距離的に一番短距離であるのは間違いない。
だけど、そうすると、ゴブリンとコボルトの戦場を突っ切ることになる。
報告書によれば、中央付近で常に、ゴブリンとコボルトが大規模に衝突していて、そこに近づくと漁夫の利を得るどころか、双方から攻撃されて面倒なことになるらしい。
向かってくる相手をすべて蹂躙する実力があれば問題ないけど、中途半端な実力だとモンスターの集団から離脱する前に、次々に援軍が来てゴブリンとコボルトの波に押し潰されるそうだ。
ダンジョン探索初日に、中央に行ってたら間違いなく死んでいたな。
なんとなく、このダンジョンではボクに幸運の風が吹いている気がする。
ダンジョンに製作者という存在がいるのか、わからないけど、いるならここのダンジョンのコンセプトは闘争だろう。
第一層と第二層ではゴブリンとコボルトが争い。第三層ではオークもその争いに加わる。深くなれば、さらに争う種族が増えるかもしれない。
ダンジョン内ではモンスターも成長するから、第一層で勝ち続けて進化するとモンスターは第二層に転送されるらしい。
気をつけないといけないのが、進化直前の限界まで成長している奴だ。見た目は変わらないけど、身体能力も戦闘経験も注意が必要らしい。
余裕があるときなら、腕試しのつもりで中央に挑戦するもいいかもしれないけど、ホブゴブリンを狩るのがメインだから、その前に消耗するわけにはいかない。
だから、中央の最短距離のルートはない。
右側のコボルトの領域を進むルートも、いまのボクなら隠行が通用しないコボルト相手でも安定して狩れるけど、消耗を避けたいから選択しない。
消去法的に、中央の戦場を避けるように、左側に迂回してゴブリンの領域を突っ切るルートしかない。
ゴブリンは隠行が通用するから、焦らなければ交戦回数も極力減らせるはずだ。




