ニート、叱られる
ゴブリン鋼とダンジョン鉄の分離はできた。
難しくはあるけど、集中していれば失敗しないレベルの難易度だった。
でも、時間は恐ろしくかかった。
剣一本を分離するのに、魔力を浸透させたところから、さらに半日かかった。
分離が完了すると同時に、魔力切れと疲労で意識を失った。
数時間で目覚めると、ゴブリン鋼とダンジョン鉄をリュックサックに入れて、ゴブリン合金とコボルト合金の武器はセーフエリアに放置して、ダンジョンを出た。
ダンジョンを出るとすぐに、アンナが家から出てきた。
ないとわかっているのに、出迎えにきてくれたんじゃないかと思ってしまう自分が情けない。
すでに実体があっても、交差することのない彼岸の存在なのだと、諦めるべきなのに。
優しい思いやりに耳を閉ざして、拒絶して、重く冷たい無音の停滞を選んで、彼らの悲しい表情から目をそらして、家族を諦める絶望の声を遮断した。
拒絶して、傷つけて、壊した罪は消えていないのに。
傲慢なボクの心は罪から目をそらして、恥知らずに期待する。
けど、当然、アンナの口から出るのは、
「叔父さんさぁ、なにしてるわけ?」
出迎えの言葉のわけがない。
「えっと、ダンジョンの探索だけど……」
「なら、役所の報告書と一緒に添付されたゲートのマニュアルは見た?」
「ゲートのマニュアル?」
確かに、アンナから渡された書類の中にあったような気もするけど、多分、ちゃんとは見ていない。モンスターとフィールドなんかの報告書は隅々まで読んだけど、その他の書類は軽く目を通しただけで、監視カメラやゲートや魔力計の性能や細かい取り扱いはボクに関係ないと、そのままにしている。
「はあぁ、そのゲートは探索者の出入りを管理するための物なんだけど、わかってる?」
「えっと、それは知ってるけど……」
「ならさぁ、なんでダンジョン内での長期滞在の申請してないわけ」
「申請?」
ボクの言葉に、アンナは盛大にため息をして、わずらわしそうに口を開いた。
「そう申請。日帰りの探索なら必要ないけど、二四時間以上探索するなら必要なの。申請の仕方はゲートに探索者証をかざしてから、何日ぐらいダンジョンを探索するかタッチパネルで入力すればいいの。それぐらいさぁ、いくら叔父さんでもできるでしょ」
「うん。えっと、ごめん。迷惑かけたね」
ボクが頭を下げると、アンナは嫌そうな表情をした。
「謝罪はいいよ、叔父さんの謝罪って軽すぎて価値も意味もないし。それに迷惑ねぇ、確かに迷惑だったなぁ。パパは叔父さんがダンジョンで死んだかもしれないって、ゲートから警告がきて、あいつはまだ迷惑かけるのかって機嫌悪くなってた。おかげで、家の雰囲気、ピリピリして最悪なんだけど」
「……ごめん」
価値がないと言われても、謝罪以外に言うべき言葉がない。
ボクが死んでも、誰も悲しまないで迷惑になるだけなんだと、寂しいと感じるよりも納得してしまう。でも、そんな納得は透明な諦観を呼び起こして、ボクの心を四方から追いつめる。
「はぁ、別に、もういいや、叔父さんだし。どうせ書類も少し見て興味なかったから、自分は関係ないって見なかったんでしょ」
「うん」
反論の余地なく、これはボクの手落ちだ。
「あのさぁ、叔父さんにとってそれが、興味のないつまらないものだからって、手を抜いていい理由にはならないんだよ」
「以後、気をつけます」
「ホント、期待できない言葉」
アンナの冷たい眼差しに、心臓が重たく圧迫される。
とっさに、リュックサックから、いくつか魔石を取り出して、アンナに差し出した。
「なに、これ?」
魔石を差し出す手から、顔をしかめて距離を置くようにアンナが身をそらす。
「え、魔石だけど。迷惑料じゃないけど、受け取ってくれないかな。探索者証がないと換金はできないけど、日用品の動力になる魔石なら邪魔にはならないだろう」
「……これ、叔父さんが自分で手に入れたの」
アンナが魔石をじっと見つめながら聞いてくる。
「うん、ソロの探索者だから当然そうだけど」
アンナの様子を不思議に思って、ボクは首をかしげる。
「はぁぁぁ、わかった。受け取る。受け取りますよ」
「ありがとう」
アンナが迷惑料とはいえボクからの贈物を受け取ってくれることが、嬉しくて嬉しくて心が一杯になる。
「うっ、叔父さんはなるべく早くに、デリカシーを覚えたほうがいいよ」
アンナが魔石を手にして足早に去っていく。
でも、アンナはどうして魔石を前にして様子が変だったんだろう。
実は、あの家には魔導式の家具がないとか?
ありえないな。
あの家はそれなりに資産のある名家だけど、魔導式を嫌って跳ね上がった電気代を無意味に払い続けるほどの余裕はない。
本当に、なんだったんだろう。




