ニート、生産の時間
数時間、コボルトを狩り続けて、カプサイシンとお酢の混合液の残りが少なくなってきたので、入口から続くセーフエリアに戻る。
魔導ランタンを点灯して、用意していたミネラルウォーターを口にする。流した汗の水分を補給するように飲んで、たかぶった気持ちを切り替える。
ここからは探索じゃなくて、生産の時間だ。
今日の戦利品のゴブリン合金製の剣を手に、ゆっくり静かに深呼吸をして精神を整えて、意識を集中させる。
鑑定、起動。
『ゴブリン合金製の剣』
いつもの結果だけど、ここで鑑定を切らないで、錬金術と鍛冶のスキルを起動する。
両方とも不安定な起動、他のスキルと併用するのに難のあるタイプのスキルらしい。
でも、問題ない。
錬金術と鍛冶のスキルは未経験だけど、隠行や索敵や魔力感知みたいな併用に難のあるタイプのスキルの起動には慣れている。
助走のように始めはゆっくりと双方共に起動させて、徐々に全力起動に移行する。
ここまでの所要時間二時間。
遅いのか、早いのか、幸いにも比較対象がないからわからない。
だから、自己暗示のように順調だと自分に言い聞かせる。
それでも、生産をやるどころか、その前段階のスキルの起動でこんなにもたついて大丈夫なのかと、不安の黒い漣がボクのなかで広がっていく。
やるしかないんだから、いまさら不安になってどうする。
締め切りがあるわけじゃない、自分のペースで一歩一歩慎重に手順をこなしていけばいい。
でも、ここからどうすればいいんだろう?
普通の鍛冶師なら炉で剣を熱して鍛えるのだろうけど、ここに炉なんてない。
うん、それは始めからわかっていた。
炉の代用として錬金術のスキルが使えないかと思ったんだけど、どう使えばいいんだろう。
調べた限りだと、錬金術というスキルは、他の生産スキルに対して補助的に作用して、対象の品質を上げるらしい。けど、錬金術をもっている生産の人はお守りぐらいのつもりで獲得しているだけで、意識的に使っているわけじゃないらしい。
だから、鍛冶用の炉がなくても、よくわからない錬金術をうまく使えば、なんとかなるんじゃないかと思った。少なくとも、ゲームやアニメに登場する錬金術なら金属加工なんて簡単にしている。
うーーーん、とりあえず、ゲームやアニメに登場する錬金術をなぞってやってみる。
魔力を剣に錬金術を意識しながら浸透させてみる。
起動している鑑定と魔力感知で観測するけど、魔力が剣になかなか入っていかない。
手応えとしては、どうにかすれば入りそうなんだけど。
うーん、分子や原子を想像して、そのすき間に魔力が入り込むイメージがダメなのか?
次は剣がスポンジで、そこに魔力がしみ込む水のイメージでやってみる。
少しずつだけど、ボクの魔力が剣に浸透している。
うーん、だけど、イメージと違う。
これだとスポンジに水がしみ込むんじゃなくて、石に水滴がしみ込むような感じだ。
数時間をかけて、ようやく剣にボクの魔力が隅々まで浸透した。
だけど、これからどうしよう?
ボクがイメージする二次元の錬金術師なら、ここまできたら粘土を操るように、金属を自由自在に変形させる。
なら、ボクもそれにならって、剣を鎌に変形するようにイメージすればいい。
でも、ボクのなかには完成形の鎌のイメージがない。
ギロチンシックルと同じでいいのかもしれないけど、どうにも妥協しているようで嫌だ。
うーん、鎌のスキルで振るう鎌なんだから、鎌のスキルを意識しつつ、鑑定で問いかけたら解の一つでも得られないだろうか?
……とりあえずやってみる。
ボクの魔力が浸透したゴブリン合金製の剣を素材に、鎌のスキルを意識して片手で振るうのに最適な鎌はどういう物か鑑定に問いかける。
…………?
鑑定から文字じゃなくて、イメージによる回答があった。
でも、その解が鎌じゃなくて、ゴブリン合金製の剣をゴブリン鋼とダンジョン鉄に分離せよ、だった。
ゴブリン鋼もダンジョン鉄も言葉の意味としてはわかる。ゴブリン合金は元々、ゴブリン鋼とダンジョン鉄の合金だから、分離するという回答も別に変じゃないんだけど……こちらの想定からかなりズレている。
赤色の粘りのある軽いゴブリン鋼はゴブリンキングやオーガ種の武器の素材として有名で、中堅以上の探索者の武具や防具の素材にもなっている。
ダンジョン鉄は光沢のない黒くて錆びない鉄で、物質的な構成もほぼ普通の鉄と一緒らしい。
ゴブリン鋼が優秀な素材なら、ゴブリン合金からいくらでも抽出すればよさそうだけど、この国はゴブリン合金からゴブリン鋼の抽出に成功したことはない。ゴブリン合金製の剣を探索者用の槍に加工して変化させるのが関の山だ。
…………あれ、ゴブリン合金製の剣をゴブリン鋼とダンジョン鉄に分離できたら結構な偉業なんじゃないだろうか?
……よし、全力で分離しよう。
鎌?
鑑定の回答は素材を用意せよという指南に相違ない。
うん、多分間違いない。




