ニート、仕事を与えられる
「叔父さんさぁ、ひまなら裏の山にできた穴でも調べてきたら?」
「穴? 裏の山にそんなのあったかな?」
こちらを見ないで、髪をいじりながら告げる姪のアンナの言葉に、ボクは首をかしげる。
「昨日、パパが見つけたんだって。新しくできたダンジョンかもしれないって慌ててた」
「昨日?」
なら、何故昨日のうちにボクにも知らされなかったのかと思ったけど、少し考えればわかる当然のこと。彼らがボクなんかにわざわざ知らせるわけがない。
「そう、役所にどう報告するかとか、もしも、スタンピードが起きたときの責任と賠償がどうとか言ってた。まあ、夕食のときにいなかった人は知らなくて当然かな」
アンナにことさらこちらを見下す様子はない。
当然だ、無価値なボクを見下すなんて、無駄な労力をかけるわけがない。
「まあ、あそこにボクの席はないからね」
「ないのは、どっちかって言うと席じゃなくて居場所じゃないの」
自嘲気味におどけて見せるボクに対して、淡々と告げるアンナのなんでもない事実に、心が簡単に追いつめられる。
深く長く胸のなかの心を入れ換えるように息をして、乱れる感情を必死に押さえつける。
スクールカースト上位にいそうな髪を金色に染めて、肌を小麦色に焼いた目の前の女子高生アンナは、ボクの敵じゃない。あの家族のなかで比較的中立でいてくれる存在だ。
「……それで、ボクにどうしろと」
「だからさぁ、もしも見つかった穴が本当にダンジョンだったら大変でしょ、アタシたち家族が」
アンナが告げる家族の範囲に、ボクが含まれないのは当然なのに、すき間風のような寂しさと粘りつくような恨めしさをいまさら感じる自分が嫌になる。
「それなら、役所に言えば調査するための専門家を派遣してくれるよ」
ダンジョンは国にとっても重大な問題だから、役所に言えば即日対応してくれる。僻地なんかの地理的な要因があったとしても、次の日には調査員を派遣してくれるはずだ。
「はぁ、役所に言ってダンジョンじゃなくて、ただの自然現象の産物でしたってなったら、アタシたちの恥でしょ。そんなこともわかんないわけ? だからさぁ、叔父さんが調べてきてよ。確か、叔父さん探索者資格持ってたでしょ」
「うん、結局一回もダンジョンには挑戦しなかったけどね」
五年前、ダンジョンの発生によって世界は劇的に変わった。
だから、ただのニートでしかないボクも劇的に変われると思った。
日の出のような強くて熱い希望を胸に抱いたはずだった。
でも、ダメだった。
そんなものは幻想だった。凍てつくような騒音に、あっけなく無残にかき消された。
似たような境遇から変われたという話があって、短期間に億万長者になったという輝くようなサクセスストーリーがあった。
でも、ボクは結局最後の一歩が踏み出せなかった。
無機質で統制された社会という人の集団に入れず、厳しくも優しい四季のような家族という人の集団から落第した。
「ああ、あのときはパパも本気であきれてた。結局、クズはせっかく与えられたチャンスをふいにするって」
「あれは……」
「良かったじゃん、ゴミみたいな価値しかない叔父さんにも、少しは役立つときがきたんだから」
アンナの言葉に侮蔑なんて含まれていない。ただの正当で無慈悲な事実確認でしかない。
「そう……だね。じゃあ、用意ができたらダンジョンかどうか調べに行くよ」
「そっ、よろしくね。あっ、でも、死なないでね」
「心配してくれるの?」
ボクは内心の期待を隠して、おどけてみせる。
「当然。役所に報告する前に、勝手にダンジョンを調べて死人を出したなんてことになったら、アタシら家族の外聞が悪いじゃん」
「そう……だね、死なないように気をつけるよ」
バカじゃないのか、ボクは。
なにをいまさら期待している。
汚物に汚物を積み重ね続けた自分をかえりみれば、それは視界を覆うようにそびえる鉛の壁のように自明だ。
ボクのゴミみたいな命が、あのまっとうな家族の評判より優先されるわけなんかない。
「それじゃ、よろしくね」
アンナが仕事は終わったとでもいうように、おざなりに手を振りながら、惰性と諦観のようなコールタールで構成されたようなボクの住む離れを出て行く。