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[Web版] 新米錬金術師の店舗経営  作者: いつきみずほ
第四章 ちょっと困った訪問者
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016 調査遠征 (2)

「それに少し気になっていたんですが、ノルドさんが調査しているのって、全部植物ですよね? 魔物の研究家じゃなかったんですか?」


 ケイトにそう指摘され、ノルドラッドは少し困ったようにため息をつく。


「いや~、実はボク、魔物の研究なんかより、本当は虫や植物の研究がしたかったんだよ」


「ん? すれば良いのではないか?」


「それができれば苦労はしないよ~。ボクだって、死なない程度には食べないといけないし、研究にかかるコストは普通の生活費どころじゃないからね。虫の研究に、お金を出してくれる人がいると思う?」


「……いそうにないですね」


 少し考えて首を振るケイトに、ノルドラッドもまた、苦笑して肩をすくめる。


「だろ? 植物の研究も、錬金術師に先んじることなんてほぼ無理だから、こっち方面で糧を得るのは難しいんだよ。だからこうやって、魔物研究の合間に、趣味で調べることぐらいしかできなくて」


 ケイトは『合間にしては時間を使いすぎじゃ』と思わなくもなかったが、ノルドラッドの言葉には頷かざるを得ない。


 虫にしろ、植物にしろ、錬金術の素材として利用できないかという実用面での研究――つまり、お金になる研究は錬金術師が多く取り組んでいる。


 対して、研究の手薄な生態などに関しては、調べたところですぐに利益には結びつかない。


 魔物の研究に褒賞金が出ているのは、それが国の安全に役立つと国が判断しているからこそで、虫や植物の研究に褒賞金が付く可能性は限りなく小さい。


「お金になる研究か……植物の栽培に関する研究はどうなんだ?」


「それも同じだよ。栽培して価値のある薬草は、すでに錬金術師が成功させてるから、意味がないよ」


「いや、そうとも言えないんじゃないか? ノルドは、ウチのお店の隣にあった畑は見たか?」


「畑? そういえば、かなり頑丈な柵で囲った畑があったね。それが?」


「あそこは店長殿の畑なんだが、実際に栽培しているのは普通の農家でな。今のところ、錬金術師でなくとも育てられる薬草を選んで栽培しているようだが、もしノルドが、育てるのが難しい薬草の栽培方法を確立できれば、大きな利益を生むんじゃないか?」


「薬草栽培……それも、育てられない物を……?」


 アイリスの言葉に、ノルドラッドは立ち止まって考え込んだ。


 研究論文を売ることしか考えていなかった彼にとって、それはちょっとしたパラダイムシフトだった。


「いや、しかし、自分で育てても大したお金には……あぁ、いや、だからこその『栽培方法の確立』か」


 腕を組んで、ブツブツと呟き始めたノルドラッドを見て、アイリスたちも足を止めたが、これで今後が楽になるならと、何も言わずにその場で待機する。


「つまり、人を雇って育てさせれば、ボクは何もせずに、研究に打ち込める? 論文を書いたその時だけじゃなく、継続的に資金が? ――うん、そうだよ! 考えつかなかった! ありがとう、アイリス君! 君は天才だ!」


 ノルドラッドはパッと顔を上げ、アイリスの手をガシリと掴むと、満面の笑みでその手をブンブンと上下に振る。


 そのあまりに嬉しそうな様子に、アイリスは少し困ったように、言葉を付け加える。


「あ、いや、そうは言ったが、そう簡単に成功するとは思えないぞ? 誰もやっていない――かどうかは不明だが、一般的でない以上……」


「もちろんそれは解っているさ! だが、ボクにはこれまでずっと調べてきた研究成果がある。これまでは完全に趣味だったけど、今回のサラマンダー調査が認められれば、かなりの褒賞金が見込めると思うんだ。それを元手にやってみるよ!」


 手を握りしめ、目を輝かせるノルドラッドに、アイリスはやや困惑気味にその手をそっと外し、身を引いた。


「そ、そうか。頑張ってくれ。そのためにもサラマンダー調査を頑張らないとな?」

「そうだね! それじゃ、先を急ごう!」


    ◇    ◇    ◇


 アイリスがノルドラッドの興味の矛先をずらしたことにより、彼女たちの移動速度は一気にスピードアップした。


 下手な採集者よりも鍛え上げられた肉体を持つノルドラッドは、大量の荷物を担いでいてもその足取りに一切の不安もなく、むしろアイリスたちを急かすほど。


 溶岩トカゲが生息する山に辿り着く頃には、アイリスたちの当初の予定とほぼ変わらないぐらいまで、巻き返していた。


 しかしそうなると、周囲の気温もぐんぐん上昇するわけで。


「そろそろ防熱装備に着替えようか」

「そうだな。ケイト、テントを張ろう」


 荷物を下ろし、その場で着替え始めたノルドラッドに対し、さすがにアイリスたちにはそんなことはできず、順番にテントの中で着替えを行う。


 もちろんアイリスたちが着替えるのは、サラサが作った防熱コートなどの装備一式。


 その品質は、ノルドラッドが身に着けた物に比べ、明らかに勝っており、それを目にしたノルドラッドも興味深そうに訊ねる。


「へぇ……。アイリス君たちの装備は、どの程度まで耐えられるんだい?」

「店長さんによると、溶岩に足を突っ込んでも、数秒なら大丈夫、だったかしら」

「うむ。ただ、覆われていない部分はダメだから、注意するように、だったか?」

「それは……想像以上に凄いね?」


 そもそもサラマンダーと対峙することを想定して、サラサが用意した装備は、安全性優先、コストを度外視して作った代物。


 サラマンダーのブレスを喰らっても生き残れるように考えられ、普通の防熱コートや防熱ブーツなどとは品質がまったく異なる。


 その防熱性能は、溶岩の隣で戦闘をするような無茶をしないのであれば、完全にオーバースペックなのだ。


 当然、本来であればアイリスたちに手が出るようなお値段ではないのだが、サラサはそのあたりのことは詳しく説明せず、報酬代わりにポンと手渡していた。


「だが、サラマンダーを調査するんだ。ノルドの着ている物もそれなりだろう?」


「本当に()()()()なんだよ。普通に店売りの物だから、溶岩の傍でもなんとか堪えられるってレベル。溶岩に足を突っ込めば、普通に死ねるね」


 本来、店売りの“防熱コート”や“防熱ブーツ”などは、溶岩トカゲなどが生息しているエリアでも、普通に活動できる程度の性能しかない。


 サラマンダーが生息するような高温環境になると、『取りあえず生存は可能』というレベルで、長期間の活動や戦闘行動はかなり厳しい。


 ノルドラッドが持つ装備も、高レベルの錬金術師が作製した代物だが、通常品とカスタムメイド、その差は歴然としていた。




「ま、溶岩の中に入る予定はないし、問題はないよ」


「そうなのか? 私たちの装備でも、サラマンダーの巣穴に行ったときは少し辛かったんだが……」


「そう? ボクの場合、ちょっと汗が滝のように出て、たまに脱水症状で目眩がして、一日に一回程度、意識を失いかけるぐらいだったけど?」


 事実である。


 護衛していた採集者がいなければ、ノルドラッドは前回の調査地で、脱水症状か熱中症で死んでいたことだろう。


 だが、そんな面倒を掛ける研究者を護衛したいという人がいるはずもなく。


 彼の奇行が知れ渡るにつれ、護衛を引き受けてくれる採集者がいなくなってしまったのだ。


「そんなわけで、大丈夫だよ。鍛えているからね」

「いや、それは大丈夫と言わないだろう!?」


 グッと見事な筋肉を見せつけるノルドラッドだが、アイリスたちがそれで納得するはずもない。


「確かにノルドさんは、研究者とは思えないほど鍛えられていますが、それでどうにかなるものとは……」


「う~ん、前回はなんとかなったんだけどなぁ」


 それは単に運が良かっただけである。

 筋肉でなんとかなるほど、脱水症状や熱中症は甘くない。

 必要なのは筋肉に対する信仰ではなく、水分と塩分の補給だ。


「幸い、水には余裕があるが……」

「先ほど、補給しましたものね」


 水場の場所は前回来たときに確認済みで、この山に登る前にアイリスたちは、手持ちの水袋を満杯にしてきている。


 場所が場所だけに水の量にはある程度の余裕をみているが、ノルドラッドがそんな状況では、水の消費も多くなってしまうだろう。


 それでも比較的近場に補給可能な場所があるだけ、安心感はあるのだが。


「これ以降に水場はないんだよね?」


「温水の出ている場所はいくつもあるが、飲めるかどうかは不明だな。ノルドはそのあたり、調べられるか?」


「可能、不可能で言えば、可能だよ。あまり期待はできないけど」


 熱水による泥濘が多くあることからも判る通り、この山に水の湧き出ている場所は案外多いのだが、高温であることを無視しても、それらを飲料水として使えるかといえば、かなり厳しい。


 大半の場所では、見た目からしてとても飲めそうもないし、一見綺麗に見える水でも、このような場所で湧き出る水が油断できないことを、ノルドラッドは知っていた。


 少量飲むのならまだしも、普通の飲料水や料理に使う水として長期間使うことは、できれば避けるべきであろう。


 ちなみに、前回の調査地でノルドラッドが無事に生き残れたのは、護衛の採集者の尽力に加え、運良くすぐ近くに、飲用可能な冷泉が湧いていたことによる。


「ま、たぶん大丈夫だよ。前回も何とかなったんだから」


 当てにならない根拠で気楽なことを言うノルドラッドに、アイリスとケイトは顔を見合わせてため息。


 嫌な予感を抱きつつも、これもお仕事と、歩き出した彼の後を追ったのだった。

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以下のような作品も投稿しています。よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 一回痛い目見ないと…いや、それでも懲りなさそう
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