表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
[Web版] 新米錬金術師の店舗経営  作者: いつきみずほ
第四章 ちょっと困った訪問者
90/166

008 護衛に向けて (3)

 最初はほんのりと、桃色に光っているだけだった培養容器。


 それが、魔力を注ぐにつれてどんどんと光量を増していき、桃色だった光が白く輝き始め、今では直視できないほど。


「うーみゅ。さすがはサラマンダー&狂乱状態のヘル・フレイム・グリズリー。容量がハンパないね!」


 魔力が無駄にならなくて嬉しいような、そうでもないような。

 目を瞑っていても感じられる、瞼の上から刺すように輝く強い光。

 これじゃ、明るくなっているかどうか、判断もできない。


「こうなったら、注げるだけ、注いでおこう」


 魔力は使っても回復するけど、錬金生物(ホムンクルス)の作製はやり直しがきかない。


 私は下を向いてぎゅっと目を瞑り、魔力を絞り出していく。

 その状態でも感じる眩しさを耐えながら、続けることしばらく。


「――限、界っ!」


 私は培養容器から手を離し、その場に倒れ込むように尻餅をついた。


 薄く目を開けてみれば、輝く培養容器が部屋全体を明るく照らしていたが、数十秒ほどでその光も収まり、やがてほんのりと薄桃色の光を放つだけになった。


「成功、したのかな?」


 地面に腰を下ろしたまま容器を見上げてみるけど、その中には何もなく、時折小さな泡が生まれては、水面に向かって上昇している様子が見えるだけ。


 水が濁るとか、光が消えるとか、本に載っていた失敗事例には当てはまらないけど、成功したと言えるだけの確信も持てない。


「……まぁ、様子を見るしかないか」


 失敗していなければ、あとは時々魔力を注ぐだけで、三日ほどで錬金生物(ホムンクルス)が完成するはず。


 逆にそれだけの期間で完成しなければ、失敗。

 投入した高価な素材は無駄になり、アイリスさんたちの保険、一つ目は水泡に帰す。

 ――いや、むしろ水泡のまま? 文字通り水になっているだけに。


「二つ目の保険は……明日以降だね。さすがに今日は、もう魔力は使えないから」


 私はコロンと後ろに倒れると、そのまま床に寝転がる。


 サラマンダーを相手にしたときのように、意識を失うほどじゃないけど、今回もほぼ限界まで魔力を消費したので、正直、座っているのも辛かったのだ。


 季節は冬に近付き、床がちょっと冷たいけど、多少魔力が回復するまでは、しばらくこのままで休もう。


 そのまま数十分ほど休んでいると――。

 コンコン。


「サラサさん、お夕飯ができましたよ」


 ノックの音が響き、ロレアちゃんの声が聞こえてきた。


「ありがとー。ゴメン、先に食べてて。今ちょっと、動けないから」


 多少は回復したけど、動くのはまだ辛い。

 私がそう応えると、少し焦ったようなロレアちゃんの声が返ってきた。


「動けない? 開けても良いですか!?」

「いいよ~」

「失礼します――えっと……」

「………」


 工房に入ってきたロレアちゃんと、床に転がったまま見上げる私の目がバッチリと合い、互いに無言になる私たち。


 でもロレアちゃんは比較的すぐに立ち直ると、私の横にしゃがみ込んで、額に手を当ててきた。


「……サラサさん、大丈夫ですか?」


「大丈夫、大丈夫。ちょっと魔力を使いすぎただけ。病気じゃないから。休んでいたら、動けるようになるよ」


「そうですか。なら良かったです。あまり無理をしないでくださいね? ――これが、錬金生物(ホムンクルス)ですか?」


「それになる予定の液体、ね。成功していれば」


 薄ぼんやりと光を放つ培養容器はとても目立つ。


 それに目を留めたロレアちゃんは、立ち上がって容器を覗き込むと、不思議そうに小首を傾げた。


「……何も、ないように見えますが」

「まだ始まったばかりだからね。変化が判るまでには一日ぐらいはかかるよ」

「そうですか……。サラサさん、寒くないですか?」

「ちょっと寒いね。もう冬だね。季節は移ろうね」


 私がこの村に来たときは春だったのに、時間が経つのは早いものだね。


「そんな暢気な。風邪引きますよ? 手を貸せば動けそうですか?」

「うん、なんとか?」

「では移動しましょう。あまり冷えると、身体に良くないです」

「ありがとう。お世話かけます」


 差し出されたロレアちゃんの手を握り返し、私は立ち上がった。


    ◇    ◇    ◇


 食堂では、アイリスさんとケイトさんがすでに揃って待っていた。

 テーブルには料理も並べられ、私が席に着くのを待つばかりの状態である。


「すみません、お待たせしました」

「いや、それは問題ないのだが……店長殿、どうかしたのか?」


 ロレアちゃんの手を借りてやってきた私の姿を見て、アイリスさんたちが心配そうに腰を浮かそうとするが、私は手を上げてそんな二人を制し、どっこいしょと椅子に腰を下ろす。


「ふぅ、ありがとう、ロレアちゃん」

「いえ、大したことでは」


 ロレアちゃんが微笑んで、自分の席に着いたところで、ケイトさんが改めて訊ねてきた。


「それで、店長さんはどうしたの? 体調に問題があるわけじゃないのよね?」


「はい。これは、単なる魔力切れです」


「店長さんが魔力切れ? 錬金生物(ホムンクルス)の作製って、そんなに大変なのね」


「あ、いえ、錬金生物(ホムンクルス)を作るだけならそこまでじゃない……と思います。ただ、できるだけ多く魔力をつぎ込んだ方が良いと書いてあったので――」


「あるだけ全部、つぎ込んじゃった、と?」


「そーゆーことです」


 私が『うむ』と頷くと、三人からやや呆れたような視線が。

 でも“多い方が良い”と書いてあったら、限界までやるよね?

 試すよね?

 錬金術師なら!

 むしろ気絶しなかっただけ、節制したほうじゃない?


「……まぁ、サラサさんですしね」

「そうだな。錬金術に関しては、言うだけ無駄か」

「そうね。ご飯、食べましょ」


 揃ってため息をつき、食事を始めた三人に、少々釈然としないものを感じる。

 でも、あえて何も言わず私も食事を……あ、美味しい。

 さすがロレアちゃん。


「お二人は今日、遠征の準備をしていたんですよね?」

「そうだな。といっても、必要なのは保存食の注文ぐらいだが」


 そう言ったアイリスさんに、ロレアちゃんがニコリと微笑む。


「いつもご利用ありがとうございます」


「はは、この村で注文できるのは、あそこだけだからな。手ごろな価格で提供してくれて、むしろ助かっているぐらいだ」


「ホントよね。お店なんてあそこしかないんだから、もっと高くても良さそうなのに」


「あ、それは私も思ったかな。サウス・ストラグとこの村の距離を考えたら、結構ギリギリに近くない?」


 私もお店を経営するようになって、以前よりも商売に詳しくなった。

 そんな私から見ても、ダルナさんの雑貨屋さんの商品価格はかなり安い。


 もちろん、サウス・ストラグでの販売価格に比べれば高いんだけど、ダルナさんが扱うのは基本的に出来上がっている製品。この村の規模から考えられる仕入れ量では、仕入れ値の方も一般の小売りとほとんど変わらないだろう。


 私のように原材料を仕入れて製品にするのと違い、利幅は非常に薄く、運搬コストとその道中のリスク、不良在庫のコストなどを加味すると、一朝事あらば潰れかねないんじゃないだろうか?


「そうですね、はっきりとは言いませんが、楽ではないみたいですね。ただ、あまり高くすると村の人では買えなくなりますし、採集者の方も村に居着かなくなってしまいますから……」


 一種、村に対する貢献、みたいなものらしい。


 ただし、そのあたりは村長さんも考えているようで(もしかしたら、考えたのはエリンさんかも?)、村で生産される農作物の売買はダルナさんがすべて扱い、それによる利益で何とかなっている部分も大きいとか。


「小さい村だからこその助け合い、か」

「自由競争だけじゃ、上手くいかないわよねぇ、やっぱり」

「錬金術師も、そういうところはありますしね」


 利益はなくても、滅多に使わない錬成薬(ポーション)を確保しておいたり、不良在庫になりそうな素材でも、持ち込まれれば買い取ったり。


 それによって採集者という仕組みを支え、万が一の時に備える。

 だからこそ、ルールを無視するような商人の存在は困るのだ。

 その被害を最初に受けるのは、力のない人なのだから。

 あ、ちなみにこのへんのルールについては、学校で教えてもらえます。


 錬成具(アーティファクト)などの販売価格みたいな半強制のルールじゃないけど、破ったら他の錬金術師から睨まれるので、普通は守る。


 昔は『暗黙』だったり、『師匠から弟子に』だったりしたみたいだけど、どこぞの偉い人が『曖昧なのは気に入らない。きっちり教えておけ』と言ったとか、言わないとか。


 誰かは知らないけれど、解りやすいのは良いよね?


「あ、そういえば、店長殿。厚かましいお願いではあるが、前回使ったフローティング・テント、借りることはできるだろうか?」


「構いませんよ。私は使う予定がないですし、売るわけにもいきませんからね」


 むしろ、当然持っていくと思っていた。


 普段、泊まりの仕事などしないアイリスさんたちは、フローティング・テントはもちろん、普通のテントすら持っていない。


 持っていかなければ、毛布にくるまって地面で寝ることになっちゃうもの。

 数日程度ならともかく、長期の調査でそんな状況じゃ、体調を崩すこと請け合い。

 二人が遠慮するようなら、強引にでも持たせただろう。


「助かるわ。あのテントの有用性は、前回、本当に実感したから。下手したら安宿に泊まるよりも快適よね」


「温度管理、虫除けまで付いているからなぁ。しかも今回は、保存食の種類も増えていたし……あれって、店長殿の功績だよな?」


「あれですか。錬成具(アーティファクト)を供給したのは私ですが、むしろ功績はエリンさんにある、というべきでしょうね」


 アイリスさんにそう答えつつ、私は数週間ほど前の事を思い出していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ファンタジア文庫より書籍化しました

新米錬金術師の店舗経営 7巻 書影

新米錬金術師の店舗経営 コミック6巻 書影

コミックヴァルキリーにてコミカライズ版が連載中です。


以下のような作品も投稿しています。よろしくお願いします。

『異世界転移、地雷付き。』

異世界転移、地雷付き。 11巻 書影
― 新着の感想 ―
[気になる点] 女性同士の恋愛を真剣なのか茶化しなのか不透明なまま長々と書かれていて不快になりました。茶化しで書いているのであればあまりにも面白くない。真剣であればその要素が全く伝わってこない。話の方…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ