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[Web版] 新米錬金術師の店舗経営  作者: いつきみずほ
第四章 ちょっと困った訪問者
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003 研究者の来訪 (2)

「サラマンダー、ですか」

「うん。あるよね? この近くに。生息地が」

「……ありますが、すでにいませんよ? 斃して素材にしてしまいましたから」


 素材を流した以上、そのことを知られるのは必然だとは思うけど、逆に言えばすでに斃していることも判るはず。生態の調査なんて、できるわけがない。


 それとも、素材を譲ってくれという話?

 訝しげに眉をひそめた私に、ノルドさんはパタパタと手を振る。


「あ、それは大丈夫。他の生息地で、すでにある程度の調査は終わっているからね。補完的に、サラマンダーが生息していた洞窟の調査がやりたいんだ」


「そうなんですか? であれば、そこで研究を続ければ良かったと思うんですが……」


 どこから来たのかは知らないけど、わざわざこんな田舎までやってくる意味が解らない。


 言外にそのことを匂わせた私に、ノルドさんはばつが悪そうに笑みを浮かべ、頭を掻いた。


「いや、それが護衛を頼んでいた人たちが負傷してね。代わりの護衛も探したんだけど、その周辺だと、引き受けてくれる人がいなかったんだよ」


「そ、それは……」


 何か問題があったってことじゃ?


 護衛の依頼は本来の採集者の仕事じゃないとはいえ、仕事として魅力的なら、引き受けてくれる人はいるはずだし。


 私の脳裏に、レオノーラさんからの手紙に書かれていた『無茶を言われても聞く必要はない』という言葉が()ぎる。


「あぁ、いや、ボクはきちんと報酬を払ってたし、無茶なことを言ったりはしてないよ? でも、ほら、サラマンダーのいる場所に行くためには、装備とか必要だから、普通じゃ無理だろう? さすがにボクも、装備品すべてを負担できるほど、お金持ちじゃないから」


「それは……そうですね」


 私たちが討伐に向かったときのように、熱から身を守る錬成具(アーティファクト)がなければ、近付くことすらできないのがサラマンダーの生息地。


 多少割が良い程度の日当では、それらの錬成具(アーティファクト)を新たに揃えることは難しい。


「それに、生息場所をしっかりと調査するという意味では、サラマンダーはいない方が都合が良いんだよ。けど、簡単に斃せる相手でもないだろう?」


「それで私の所に来たということですか。ここならすでにサラマンダーは斃されているし、サラマンダーを斃した私なら、すでに必要な装備は持っていると」


「そう。といっても、錬金術師であるサラサ君を連れ出すのが難しいのは解ってる。だから、協力者を紹介してもらえないかな、と。いるんだよね? 協力してくれた採集者が」


「一応、いますが……」


 サラマンダーの討伐方法やその経緯について、詳しい内容をレオノーラさんに話したことはないけれど、常識的に考えて、サラマンダーの討伐を一人でやるはずもない。


 誰か協力者がいると考えるのが必然であり、それがこの村の採集者であると予測するのもまた必然。


 実際、直接サラマンダーと対峙したアイリスさんたちはここにいるわけだし、その予測は間違っていない。


「解りました。面談の段取りだけは承ります。ですが、護衛の依頼を請けるかどうかは、本人たち次第、私は特に口添えはしませんが、よろしいですね?」


 サラマンダーがいなくとも、あの辺りは決して容易いと言える場所ではなく、正直なところ、あまりアイリスさんたちに行って欲しい場所ではない。


 溶岩トカゲはともかく、確率は低いながら、ヘル・フレイム・グリズリーの群れが戻ってきているかもしれないわけで。


 でも、ここで拒否したとしても、アイリスさんたちのことは調べれば判ること。

 それならば、私も一緒に話を聞いた方がマシである。


「もちろん構わないよ。そのあたりの交渉をするのは、研究者として当然のことだからね」


 笑顔で自信ありげに頷くノルドさんに、私は少し不安を覚えたのだった。


    ◇    ◇    ◇


 ノルドさんが帰った後、共音箱でレオノーラさんに確認を取ってみれば、彼が持ってきた紹介状は確かに本物で間違いなかった。


 レオノーラさんからは、重ねて『無理のない範囲で良いから協力をお願い』と頼まれ、同時に『研究のことになると、周りが見えなくなるヤツだから、無理なことを言われれば、はっきり断って良いし、おかしなことをしたら、力尽くで制裁しても構わない』との言葉も頂いた。


 これで一安心――できないよね!

 不安材料が補強され、どう考えても厄介事の香りしかしない。


 レオノーラさんに言われるまでもなく、そんな雰囲気のある人だったけど、許可されたところで、『制裁』とか、どう対応すれば良いのか……。


 そんな風に悩みつつ、明けて翌日。


 私はアイリスさん、ケイトさんと共に、最近ウチのお店に新設された応接室で、ノルドさんがやってくるのを待っていた。


 新設といっても、お店を建て増ししたわけじゃなく、店舗スペースの裏にあった倉庫を応接間に改造し、店舗から直接入れる扉を付けただけ。


 先日、アデルバート様たちが訪れたとき、応対する部屋がなかったことで、奥のダイニングに招くことになり、さすがにこれはマズいと気付いたのだ。


 アデルバート様たちや師匠は身内だからまだ良いけど、例えば今回のノルドさんみたいなお客さんを、私たちの生活空間であるダイニングに入れるのは、さすがに躊躇するものがある。


 これまでは、ちょっとした商談なら、カウンター越しでの応対。


 少し長くなるなら、店舗スペースに置かれたテーブルセット(大半は、私たちのティータイムに使われる)で対応できていた。


 でも、そこでは他人に聞かれたくない話などはできない。

 それ故作った応接室。

 実際に使うのは、今日が初めてである。


「しかし、魔物の生態か。そんな研究をしている人がいたんだな」

「私も初めて聞くわ。店長さん、どんな人だったの?」

「そうですね……ある意味、典型的な研究者、でしょうか」


 研究第一で、それには人一倍の情熱を傾けるけど、それ以外のことには頓着しないタイプ。


 それ故、髪や服装も適当だったし、野暮ったい格好でも気にしない。

 錬金術師養成学校にも、一定数はああいうタイプの教授・講師がいた。

 学校だったから、さすがに不潔な人はいなかったけど。

 ……ん? 人のこと言えない?


 いやいや、さすがの私も、外に出るときにはそれなりに気をつけていた――つもりだから。


 もっとも、細かいコーディネートなんて考えず、先輩に選んでもらった一式を、上下含めてそのまま着ることがほとんどだったけど。


 上手く組み合わせを変えられるほど、服もセンスも持ってなかったからね!


「レオノーラさんの紹介ですから、そこまでおかしな人ではないと思いますが……」


 でも、レオノーラさんの話からすれば、どう考えても一筋縄でいく人とも思えないんだよねぇ……。




 少し不安になりつつ待つこと暫し。

 私たち三人は、再び訪ねてきたノルドさんと対面していた。

 昨日は宿に泊まったはずだけど、格好に変化なし。


 ボサボサの髪もそのままで、長旅をしてきたから、昨日はたまたま草臥れていたというわけでもないらしい。


 でも、不潔という感じじゃないから、同じ服を複数持ってるのかも?


「初めまして。ノルドラッド・エヴァンスだ。ノルドと呼んでほしい。サラサ君、こちらの二人が、サラマンダーの討伐に参加した人かな?」


「はい。助けてもらいました」


「アイリスだ。言っておくが私たちは、ほぼ店長殿について行っただけだぞ? 間違っても、サラマンダーに対抗できる、などと期待されても困る」


「ケイトです。ほとんど、ついて行っただけよね? 私たち」


 戦力的に、過剰な期待をされても困るからか、予防線を張る二人に、ノルドさんは問題ないと首を振った。


「もちろん、君たちにサラマンダーと戦ってくれ、なんて言うつもりはないさ。それに、僅かな怪我すらしないように完璧にエスコートしてくれ、なんて言うつもりもない。ボクも筋肉を鍛えてるからね。道中に出てくる魔物にすら勝てないようじゃ困るけど、さすがにそれは大丈夫なんだろ?」


「群れで襲われたりしなければ大丈夫だと思うが……護衛は必要なのか? かなり鍛えられているように見えるが……」


「お、判るかい?」


 アイリスさんの指摘に、ノルドさんは嬉しそうに笑うと、両手を合わせて「ふんっ!」と力を込めた。


 ムキッと盛り上がった筋肉はなかなかに見事。

 でも暑苦しいから止めて欲しい。

 私、別に筋肉フェチじゃないので。


 そんな私の願いが届いたのか、それとも常識を思い出したのか、ノルドさんはすぐに力を緩めて首を振る。


「でも、逃げ足にも、耐久力にも自信はあるけど、戦闘技術は別だよ。それに周囲を警戒しながら細かい調査なんて、できないからね」


「なるほど。道理ではあるな」


 調査の方に集中していれば、周囲への注意はどうしても散漫になる。


 逃げられる足を持っていても、攻撃される瞬間まで気付かないのでは何の意味もない。


 それを考えれば、近くで警戒してくれる人がいるだけでも、安心感は違うだろう。


「ふむ。となると、請けるかどうかは報酬次第になるが」

「そうだね、そこまで多くは出せないんだけど、二人だから……」


 アイリスさんの問いかけに、ノルドさんは顎に手を当てて、少し考え込む。

 サラマンダーの調査だけで、その素材が得られるわけでもなし。


 研究なんてそんなに利益がでるものじゃないから、予算的にはなかなか大変そうだけど……。


「村を出て帰ってくるまで、一日一人当たり金貨二〇枚でどう?」

(うけたまわ)った!」

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ファンタジア文庫より書籍化しました

新米錬金術師の店舗経営 7巻 書影

新米錬金術師の店舗経営 コミック6巻 書影

コミックヴァルキリーにてコミカライズ版が連載中です。


以下のような作品も投稿しています。よろしくお願いします。

『異世界転移、地雷付き。』

異世界転移、地雷付き。 11巻 書影
― 新着の感想 ―
[気になる点] 装備は2人に合わせて作って提供されたから サラマンダーの分配は貰えないとか言ってたような
[一言] 報酬に目が眩んで実力も無いのに安請け合いしたアイリスと引き釣り込まれたケイトが、依頼者が何かやらかしてピンチに陥りサラサにフォローされるというパターンですね。 そしてアイリス達の借金だけがが…
[一言] 一日一人あたり金貨二〇枚!(出せるとは言っていない)
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