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[Web版] 新米錬金術師の店舗経営  作者: いつきみずほ
第三章 お金が無い?
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028 サラマンダー (2)

前回のあらすじ ----------------------------------

サラマンダーがいる洞窟に着く。

サラサたちはその中へと入っていく。

「さて、そろそろ目的地が近いようですよ」


 少し先に見えてきたやや広い場所。

 それを見て私は足を止めると、アイリスさんたちに注意を促す。

 そして、ネックレスを外して丁寧に布に包み、それをポケットへとしまう。


 師匠はあっさりとくれたこの錬成具アーティファクトだけど、そのお値段はなかなかにとんでもない――いや、作る事自体、かなり難しい代物なので、万が一壊れたりしたら、サラマンダーを倒せたとしても、下手をすれば赤字。


 それぐらい高価な錬成具アーティファクトなのだ。


 本当なら、アデルバート様たちに預けておきたかったけど、道中で他の魔物と遭遇しないとも限らないし、その時、私が魔法を使えないのも困るから仕方がない。


「い、いよいよ、か」

「緊張するわね」


 氷結石の詰まった革袋を握りしめるアイリスさんと、弓を構えるケイトさんを見て、私は一つ頷くと、広場へと足を踏み出した。




 そこは周囲が赤く染まった広い空洞だった。


 正面に広がる溶岩の池と、そこから放射される強い熱は防熱装備で身を固めていても、私たちの顔を灼く。


 幸いなのは、私たちが動けるだけの足場がある事か。

 これで溶岩の面積がもっと広ければ、戦うどころでは無かった事だろう。


「サラマンダーはどこに――」

「来ますよ!」


 見当たらない敵の姿に、周囲を見回したアイリスさんに対し、私は鋭い声で注意を促す。


 その直後、溶岩の表面が膨れ上がったかと思うと、そこを突き破って巨大な影が飛び出してきた。


 溶岩をまき散らしながら上空へと飛んだそれは、ズシンと重い音を立てて、地面へと降り立つ。


 その姿はトカゲのようでもあるが、どこか愛嬌もあった溶岩トカゲとは異なり、鋭く鋭角であり、凶悪さを感じさせる。


 体高はアイリスさんの身長ほど、頭から尻尾までの長さは五メートルは優に超える。


 その身体から発する熱の強さに、ゆらりと陽炎が立ち上り、体表の上を流れるのは、溶けた岩石。


 看板に偽りありの溶岩トカゲに対し、サラマンダーは本当に溶岩の中を泳げるのだ。

 なんの準備もしていなければ、近づくだけで焼き尽くされる。

 そんな魔物がサラマンダーである。


「くっ! なんて生物だ!!」

「魔物ですからね。二人とも、打ち合わせ通りにお願いします!」

「解ったわ!」


 話はしていたが、実際にその姿を目にしてややひるんだ様子を見せるアイリスさんたちに声をかけると、二人は気丈にもすぐに動き始めた。


 アイリスさんが左、ケイトさんが右。


 最初、正面に残った私に対して注意を向けたサラマンダーだが、アイリスさんの手から放たれた氷結石がその頭にぶつかると、そちらの方向へとゆっくりと頭をもたげた。


 そして私はそれを確認し、意識を集中、呪文を唱え始める。

『――凍てつく大地からの風』


 アイリスさんは自分に向けられた視線にもひるむことなく、革袋から氷結石を掴み出し、その頭付近を狙ってぶつけていく。


 かなりの速度で投げつけられている氷結石だけど、サラマンダーの巨体からすれば、その石は少々小さい。


 だが、その本質は、そこに込められた魔力。

 ぶつかると同時に光を放ち、その周囲を凍り付かせる。

 だがそれも一瞬。

 体表が凍ったかどうかも判らないうちに、氷は白い湯気となって消える。


 実際、ダメージはほとんどなさそうなのだが、煩わしい事は間違いないようで、サラマンダーはアイリスさんの方へゆっくりと身体を向けると、ゆっくりと足をたわめ――跳んだ。


「くっ!」



 ズガンッ!!



 その巨体からは想像できないほどの速度。


 矢のような速さで跳ねたその身体は、慌てて転がったアイリスさんの横を走り、大きな音を立てて壁面を破壊した。


「止まりもしないのか、此奴!」


 減速する様子も見せず、頭から壁に突っ込んだサラマンダーは、ガラガラと岩を振り払いつつ、ゆっくりと方向転換。


 再度、アイリスさんに対峙した。


 自爆――になっているのかは不明だけど――を恐れず、一切減速せずに頭から突っ込んでくるとか、アイリスさんじゃなくても悪態をつきたくなる。


 あの速度で岩に突っ込んだら、普通は怪我するよねっ!?


「アイリス!」


 サラマンダーとアイリスさんの距離は近い。


 氷結石を投げるべきか、アイリスさんが一瞬悩む様子を見せた時、今度はやや離れた位置からケイトさんの矢が飛んだ。


 その速度はアイリスさんが手で投げる石よりも数段速く、氷結の矢の効果もあってサラマンダーの身体に突き立つが、それも瞬きするほどの間。


 氷の蒸発する白い湯気が見えるかどうか。

 矢柄も含めて、ポッと一瞬で燃え尽きる。

『――音すらも許されぬ深沈たる暗夜』

 だが、投石に比べると痛かったのだろう。


 グルグルと不快そうに喉を鳴らすと、アイリスさんに向けた物よりも、若干鋭そうに見える視線をケイトさんへと向けた。


 ――どう動く? 再び、跳ぶ?

 距離的にはやや遠い。

 けど、先ほどの速度を考えれば、たぶん届く。


 その事をケイトさんも気づいているのか、弓を構えつつも、緊張をみなぎらせ、すぐに動けるような体勢をとっている。


 だが、サラマンダーの行動は違った。

 その場に足を止めたまま、やや上向きになって大きく息を吸い込み始めた。

 角度的に、アイリスさんの位置からは喉が見える。

 普通なら、攻撃の好機。

 けどもちろん、私たちにとっては全く別の話。


 当然のように、アイリスさんは飛び込んだりはせず、逆に慌てて距離を取ると、急いでフードを深く被り直す。


 そしてそれは私とケイトさんも同じ。

 その上で、各自が持っている氷結石を自分の前の地面に叩きつける。

 それとほぼ同時に、サラマンダーが頭を振り下ろし、大きく口を開けた。

 溢れ出たのは、灼熱の炎。

 みるみるうちに周囲の温度が上がり、皮膚がヒリヒリと灼ける。

 吸い込む空気すら燃えているようで、喉が痛い。

 くぅっ、誰だ、サラマンダーを斃そうなんて言い出したのは!

 私だよ! くそう。


 アイリスさんじゃなければ、そして関わっているのがカーク準男爵じゃなければ、見捨てたのに!


 声を出したくない。

 口を開きたくない。

 でも、そんなわけにはいかない。

 アイリスさんたちも頑張っているのだ。

『――全ての動きを止め、静謐を齎さん』

 私は押し出すように、呪文を続ける。

 サラマンダーのブレスが長い。

 これって、一般的なサラマンダーなの?


 もし違ってたら、師匠の『一般的な強さのサラマンダーなら大丈夫』という言葉が揺らぐ。


 その事にわずか不安を覚えつつ、追加で氷結石を放り投げる。

 わずかに呼吸が楽になる。

 一個三千レア。

 ノート一冊、インク壺一つ買うのに悩んでいた私も、成長したものだ。

 アイリスさんたちも節約せずに使ってくれたら良いけど……。


「アイリス! 大丈夫!?」

「問題ない! ちょっと痛いだけだ!」


 サラマンダーのブレスは私たちがいるこの空間、ほぼ全てを満たしたが、距離的に一番近かったのはアイリスさん。


 その事を心配して、ケイトさんから声がかかるが、戻ってきたアイリスさんの声はやや掠れながらも、思った以上に張りがあった。


 でも、少し心配。

 それでも、今私にできるのは、早く魔法を完成させる事だけ。


 投石と射撃を再開した二人の姿に逸るものを感じながら、それでも丁寧に魔法を構成していく。


 気持ちはいても、失敗は許されない。

 自分の魔法に全てがかかっているのだ。

『――荒ぶる者に静かなる眠りを』

 そして、最後の言葉が完成するや否や、私は片手を上げる。


 それを確認した瞬間、アイリスさんは革袋の中から目一杯の氷結石を掴みだし、ケイトさんはポケットに入っている氷結石を取りだして、同時に放り投げた。


 瞬間、吹き荒れる冷たい空気。

 それもわずかな時間で熱せられるが、それで十分だった。


 アイリスさんたちが私の方へ向かって走り、私のすぐそばに来たところで魔法を発動。


『――氷結の棺(フローズン・コフィン)!!』

 先ほどの氷結石の時とは比較にならないほどの冷気が、周囲を満たした。

「新米錬金術師の店舗経営 01 お店を手に入れた!」が昨日、発売されました。

よろしくお願いします!

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