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[Web版] 新米錬金術師の店舗経営  作者: いつきみずほ
第二章 商売をしよう
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031 お片付け (1)

前回のあらすじ ----------------------------------

レオノーラの所を辞して、村へ。

途中で盗賊に会い、撃退。村の入口でヨク・バールに会う。

「ただいま~」

「お帰りなさい、サラサさん」


 帰宅した私を出迎えてくれたのはロレアちゃん。

 奥にいたらしい、アイリスさんたちもすぐに出てくる。

 万が一に備え、二人には仕事に行かず、家にいてくれるように頼んでおいたのだ。


 さすがに店を襲撃することは無いと思ったけど、帰り道のことを考えると、備えておいたのは正解だったかもしれない。


「店長さん、お帰りなさい」

「ただいま帰りました」

「店長殿、どうだった?」


 少し楽しげな様子で聞いてきたアイリスさんに、私は頷いて答える。


「順調、と言って良いと思います。かなり焦っているみたいですよ。帰り道、盗賊をけしかけられましたし」


「えっ!! 大丈夫……よね、店長さんなら」


「もう少し、心配してくれても良いんですよ? ケイトさん」


 後ろで不安そうな表情を浮かべている、ロレアちゃんの様に。

 たぶん、彼女の場合は、私の事だけじゃないんだと思うけど。


「だが、問題なかったのだろう?」


「はい。綺麗に駆除しておきました。なので、ロレアちゃん、ダルナさんは心配ないですよ」


「ありがとうございます! お父さん、腕っ節の方はさっぱりだから……」


 まぁ、この村とサウス・ストラグの間は、基本的には安全みたいだからねぇ。

 これまで、盗賊が出たという話も聞いてないし。


 領主がきちんと対処しているのか、それとも襲うほどの収益が見込めないと思われているのか。


 ……たぶん、後者だね。


 武器が扱える採集者は襲うリスクが高いし、それ以外の商人なんてダルナさんぐらい。


 こんな小さな村の商人が持つお金なんて高がしれているし、運んでいる物も雑貨類か村の農作物。襲ったところで利益は少ない。


 けど、冷却帽子みたいな高価な物も扱いだしたわけだし、たまには私が見回りした方が良いのかも。


「しかし、あの商人も粘るなぁ」


「既に引けなくなっているんでしょ。ここまでお金を使って、成果無しだと最悪、商会が破綻するんじゃないかしら?」


「もちろん、それを狙っています。色々餌も撒いてますしね。先ほど、氷牙コウモリの牙の在庫が残り少ない、と言ったら、明らかに喜んでましたよ」


 そう言って笑う私に、ロレアちゃんが微妙な表情になる。


「少ない、ですか。まだまだありますよね、在庫」

「うん。私が使うだけなら、一〇年経っても無くならないね」


 それはもちろん、販売用の冷却帽子などに使う物を含めても、である。

 つまり、この件がどうなろうと、この村の産業は安泰。問題なしである。


「その商人は完全に店長殿の手のひらの上か。少々哀れだな」

「人聞きが悪いですね。この件、レオノーラさんも噛んでますからね?」


 むしろ、情報収集なども含めて、絵図面の半分以上はレオノーラ作である。

 私の感覚では。

 レオノーラさんがどう言うかは知らない。


「それに、話を聞いた感じ、あの商人は潰した方が良さそうでしたからね」


 ついでにアイリスさんたちにも、レオノーラさんから聞いた話も教えてあげる。


「――と、まぁ、そんな話や、私が盗賊に襲われたことを考えても、かなり非合法な手段を使ってやってると思うんですよね、借金を背負わせたのも」


「よし、潰そう」


「えぇ、慈悲は必要ないわ」


「酷いです! そんな商人、許せません」


 簡単に意見が纏まった。


「もちろん、そのつもりです」


 私はそう応えて頷く。

 と言っても、やることは変わらないんだけどね。



 アイリスさんたちとそんな会話をして、更に一〇日間ほど。

 私の店を訪れる、でっぷりと太った人影があった。


「いらっしゃいませ。あれ? ヨクさんでしたよね。今日はどうしました?」


 そう、件の商人である。


 ――とか言ってる私だけど、実際のところ彼が店に来ることは、事前に知っていた。


 私には心強い、採集者情報ネットワークがあるから。

 なので、ロレアちゃんに代わって私が店番に立っているのだ。


「こんにちは、サラサさん。あー、氷牙コウモリの牙の在庫状況はどうかと思いましてね。不足しているようなら、融通致しますよ?」


「あ、その件ですか。お気遣いありがとうございます。ですが、大丈夫ですよ。知り合いに相談すると、安く融通してもらえることになりましたので」


 一見すると人の良さそうな笑みを浮かべて提案するヨクに、私もまた笑みを浮かべて応える。


 と、同時に、彼の笑みが引きつった。


「……それは、もしかしてサウス・ストラグから?」


「えぇ。一番近い町ですからね。買い付けるなら、あそこですよね?」


「ぐっ……で、ですが、あそこで仕入れるとなると運搬コストが必要でしょう? 私ならそのあたり、ご相談に乗れますよ?」


「いえ、サウス・ストラグで仕入れないといけない素材は、氷牙コウモリの牙だけじゃないですから。幸い、牙はあまり場所を取りませんし、そう大量に使う物じゃないので、ついでに買ってくる程度で十分なんですよ、私のお店では」


「そ、そうなのですか……」


「はい」


 キッパリと答える私に、ヨクが鼻白む。

 うん、うん。そろそろ限界だよねー。


 今日明日にでも纏まった額を手に入れないと、結構ヤバい状況ってのは聞いてるよ、レオノーラさんから。


 ……あの人、どこから情報を仕入れているんだろ?

 かなり裏の情報っぽい物まで知ってたし。


「実は私ども、そろそろこの村を離れようかと思っているのです」


「そうなんですか。寂しくなりますね、ヨクさんたちのおかげで村が随分と活気づいていたようですのに」


「ははは……私どもも商売がありますからね」


 だからこそ、何とか損害を少なくして引こうとしているんだろうけど……もう遅いと思うよ?


「そこで相談なのですが、よろしければ私どもの持つ氷牙コウモリの牙の在庫、引き取って頂けませんか?」


 そう来るよね。

 そうなるように頑張ったから。私とレオノーラさんが。


「今は氷牙コウモリの牙、必要ないのですが……」

「そう言わずに、そこをなんとか!」


 半ば拝むように言うヨクに、私は腕を組んで唸る。


「う~ん、そうですねぇ……とりあえず、見せて頂きましょうか」

「解りました!」


 私が“渋々”という様子をハッキリと見せつつ頷くと、ヨクは急かされるように、持っていた革袋を『ドン』とカウンターの上に置いた。


 私はその革袋の中から、一掴みほど氷牙コウモリの牙を取り出すと、それをカウンターの上に並べ、焦らすようにじっくりと、一つずつ検分する。


 そして、その様子をイライラしながら見ていたヨクに対し、私はこれ見よがしにため息をついた。


「うーん、保存状態が良くないですねぇ」


「そ、そんなっ!? 氷牙コウモリの牙は特に処理をしなくても、劣化しない素材のはず!」


 驚きと、困惑、それに怒りを混ぜ合わせたような表情で、額に脂汗を浮かべながら身を乗り出してきたヨクから、私は身体を反らして距離を取る。


「いえいえ、それは違いますよ。確かに氷牙コウモリの牙は()()()()()()素材です」


「なら!!」


「でもそれは、採集者が氷牙コウモリを狩って、錬金術師の所に持ち込むまでの時間程度では、です。そのまま置いておけば、劣化は進みます。つまり、価値はドンドン下がっていくんですよ」


 これはもちろん、嘘()()ない。


 ただ、普通の用途だとあまり影響は無いし、そこまで細かく調べるのは大変なので、おおよその値段で買い取っているだけ。


 ロレアちゃんみたいに、錬金術師以外が店番をしている場合は、それを調べることもできないからね。


「な、ならこれは……?」


「あまり良くないですねぇ。しかもこれだけの量となると、消費するまでにはかなりの時間が必要になります。正直、価値が無くなる物も多いでしょうね」


 ――何の処理もしなければ、ね。


「そ、そんな……」


 ヨクの額に浮かんだ脂汗が流れ始め、顔色も少し悪くなっているご様子。

 くぷぷ、大丈夫ですか?


「まぁ、私も多少は使いますから一〇本程度なら買い取っても良いですが……」

「こ、ここには一万本どころじゃなくあるんだぞ!?」

「そうですねぇ、たくさん買い集められましたねぇ」


 うん、たくさん狩ったなぁ……。

 思わず遠い目をしてしまうほど。


「ふ、ふざけるな!」


「いえ、私に怒鳴られても困るんですが……もちろん、他の町に持ち込まれても良いとは思いますが、これだけの量、買い取れる人はそういないでしょうし、その間も価値はドンドン下がっていきますから……いくらぐらいになるでしょうね」


 言外に、運んでいる間にも価値は下がることを示唆。


 実際の所、誤差かなーって感じなんだけど、買い取れるところが無いのは、たぶん事実。


「うぐぐっ……」

「どうしても、とおっしゃるのなら、全部買い取っても良いですが……」

「ほ、本当か!?」


 もったいを付けていった私の言葉に、ヨクが救われたような表情になる。

 でも、私が救うと思いますか? 盗賊を嗾けられたのに。


「えぇ。ただ、これだけの量だと普通の使い方では使い切れないので、少々効率の悪い使い方でも消費する必要があります。高くは買えませんよ?」


「ううぅ、そ、それでも構わない。買ってくれ!」


「解りました。それでは査定しますから……そうですね、四日後にお越しください」


「……は? 四日後? それじゃ間に合わない!」


 青くなったり、赤くなったり、ヨクの顔色が忙しい。


「と、言われましても。この数の牙、簡単に査定できると思いますか? 常識的に考えて」


「むむむ……!」


 一万本あるとして、一本あたり十秒程度でチェックするとしても、何日かかるやら。

 営業時間内でチェックするなら、三日ぐらいが妥当な線じゃない?

 そういう事をやんわりと伝えれば、ヨクとしても否定はできなかったのだろう。

 ただ『うぐぐ』と唸るだけになってしまった。


「お急ぎでしたら、今すぐ即金で買い取っても構いませんが――」


「た、頼む!」


「はい。ただし、評価額の方は、かなり下がることになりますよ? どんな状態かも判らないまま買うんですから」


「ぐぎぎぎっ! か、構わん! それで買ってくれ!」


「解りました。少々お待ちください」


 ギリギリと砕けそうなほどに歯を食いしばり、絞り出すように言ったヨクの言葉に私は頷き、氷牙コウモリの牙を数えながら木箱に放り込んでいく。


 そして簡単に計算、硬貨をカウンターの上に並べる。


 その少なさにヨクは目を剥いて顎を落としたが、私がニコリと微笑むと、拳を握りしめてブルブルと震わせながら、首を縦に振る。


「それでは、商談成立という事で」

「クソッ!」


 ヨクは悪態をつきつつ、お金をひっつかむと、革袋の中に詰めていく。

 その姿には、最初にこのお店に入ってきた時のような余裕は無い。

 だよねー、サウス・ストラグで待っている人たち、いるもんねぇ。


「ありがとうございましたー。またどうぞー」

「二度と来るか!!」


 笑顔で手を振ってあげた私に対し、返ってきたのはそんな悪態だった。

 酷い人だよね?

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