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[Web版] 新米錬金術師の店舗経営  作者: いつきみずほ
第二章 商売をしよう
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029 追い込み (2)

前回のあらすじ ----------------------------------

打ち合わせのため、レオノーラの店へ。

泊まっていく様に奨められ、フィリオーネの昼食をご馳走になる。

「さて。件の商人の話、しましょうか」


 食事が終わり、フィリオーネさんが店番へと向かったところで、レオノーラさんがそう切り出した。


「はい。お願いします」


「うん。でも、話が長くなりそうだから、何か飲み物でも……サラサ、作り置きのお茶で良い? そのへんのこと、フィーに任せっきりだから」


 今から呼ぶのもね、と言うレオノーラさんに私が頷くと、出てきたのはよく冷えたお茶だった。


 最近、私がよく飲んでいるスヤ茶とは違い、薄茶色の香ばしいお茶。

 飲んだ事のないお茶だったけど、これはこれで良い。


「ふぅ、美味しいです。――やっぱり、冷蔵庫ってあるんですね」


「淹れたのはフィーだけどね。冷蔵庫は、錬金術師の所なら、大抵はあるんじゃない? 上を目指す錬金術師なら必ず作る物だし」


 『サラサもそうでしょ?』と言外に言われ、私は頷く。


「だよね。タイミングが良ければ売るために作れるけど、売れなかったら、自分で使うしか無いしねぇ。サラサも売れなかったんじゃない? あの村だと……」


「はい。売れませんね。なので、最初から諦めて、ウチの台所に合わせて作りました。冷凍庫も一緒に」


「あぁ、セットで作るわよね、あれは。夏場以外はあまり使わないけど」


「ですね。ウチの冷凍庫も――あ、今は氷牙コウモリの果物が入ってますね」


「回収したの!? あー、でも時季的にはちょうど良いのか。サラサ本人が行ったなら、問題なく持ち帰れるでしょうし」


「あそこの洞窟はずっと狩られていなかったので、群の規模がかなり大きかったですからね。回収した果物も、結構な数になりました。――お分けしましょうか?」


「良いの? かなり貴重な代物だけど」


「私自身はあまり興味ありませんし、売り先に困っているので、師匠にお願いしようと思ってたぐらいですから」


 今のところ、冷凍庫に入れたまま、放置状態になってるんだよねぇ。


 私も一度くらい味見してみようかな、とは思っているけど、持ち帰って食べたアンドレさんたちの評価は『美味い……と、思う』、『普通の酒で良いわ』、『高級な味がした』というもの。


 慌てて食べてみようと思う様なものではなかったし、彼らもそれ以上は食べようとせず、売却を依頼されているのだ。


「それなら、少し分けてもらえる? 話のタネに食べてみたいわ」


「解りました。では、今度来る時に持ってきますね。人に預けるのは難しいので、少し先になると思いますが」


「えぇ、構わないわ。次回の仕入れの時とかで」


 そのまま運べば融けてしまうので、私が持ち運ぶしかない。

 必要数と買い取り価格を話し合い、仕切り直して、本題。


「まず、名前はヨク・バール。ここ、サウス・ストラグに店を構えている、まぁまぁの規模の商人だったわ」


 大商人とまでは言えないけれど、それなりには大きい商人。

 それ故に、レオノーラさんも比較的簡単に相手を絞り込めた様だ。


「扱っている商品は錬金術関連の素材や、錬成具アーティファクト錬成薬ポーションなんかみたいなんだけど……」


「素材だけじゃなく、錬成薬ポーションも、ですか?」


「そう。そこが問題なのよね」


 素材に関しては、処理をしなくてもあまり劣化しない物もあるし、錬金術師が保存できる様に処理した物を商人が扱う事もある。


 錬成具アーティファクトも効果が判りやすい物であれば、取り扱う事はあるだろう。


 私が冷却帽子をグレッツさんたちに卸している様に。

 だけど、錬成薬ポーションに関してはちょっと違う。


 見ただけでは効果が判らない上に、使用期限などもあるし、保存状態によってそれは変化する。


 しかも、一般的に錬成薬ポーションを使うのは、購入してしばらく経ってから。


 効果が無かったり、おかしな効果が出たとしても、『あなたの保存の仕方が悪かったのだ』と言われてしまえば、文句も付けづらい。


 それ故に、錬金術師以外から錬成薬ポーションを購入するのはかなりリスクが高く、普通の商人が商品として扱うのはなかなかに難しいのだ。


「販売先も気になりますが、どこから仕入れているんでしょう? 錬金術師でも抱えているんですか?」


「それに近いわね。ヨクからお金を借りている――いえ、ヨクによって借金を背負わされた錬金術師を使っているみたいなのよ。かなり理不尽な状態で」


「背負わされた?」


 気になる言い方に聞き返すと、レオノーラさんは苦い表情の中に怒りを滲ませて頷いた。


「そう。調べてみたんだけど、いずれも陥れられた、って感じなのよね」


「それって、捕まらないんですか?」


「私が調べた範囲では、悪質ではあるけど、ハッキリと違法行為をしているわけじゃないから、難しいわね」


 むむ……それは確かに。

 ウチの村でやっている事もそれに近く、領主に訴えたところでおそらくは無駄。


「ただ、ターゲットになっているの全員若い子ばかりというのが、ね」


「経験の少なさを突かれて、騙された、と?」


「私はそう思ってる。店を構えたばかりだと、お金、無いでしょ? 錬金術ってお金が掛かるから、ちょっとしたミスでも一気にお金が無くなるから……」


「あぁ、それはありますね」


 例えば錬成具アーティファクトの作製を依頼された場合。


 簡単な物なら良いんだけど、ちょっと背伸びをして難しい物の依頼を受けてしまうと……一度作製に失敗したら、とてもマズい。


 お金があれば、再度素材を買い集めて作れば良い。


 その時点で、ほぼ利益は出なくなるけど、注文には応えられるし、自分の労力を除けば、損までは出ない。


 でも、お金が無かったら?


 素材をダメにした上で、注文を断って損失を出すか、どこからかお金を借りて、損失を何とかゼロにするか。


 そして万が一、再度失敗したりすれば、借金だけが残る。


「自分のミスなら、ある程度仕方ないようにも思いますが、仕組まれて、となると……」


 例えばお金の無い時に、タイミング良く必要な素材を、少し安く売りに来る商人がいたとしたら?


 普通は買ってしまうだろう。

 でも、その素材に細工がされていて、失敗しやすくなっていたら?


 もちろん、素材の質をしっかりと見極められない錬金術師が未熟ではあるんだけど……。


「嫌でしょ?」

「嫌ですね」


 面識の無い人たちではあるけど、同じ錬金術師、そして同年代の私としては。


「……あ、もしかして、私、ターゲットになってます?」


 ふと、そんな事を言った私に向けられたのは、レオノーラさんからの少し呆れたような視線だった。


「今気付いたの? なってるわね、確実に。サラサの事を軽く調べたら、どう見てもカモだもの」


 学校卒業したての新米錬金術師。

 田舎の村で、格安の店を手に入れて開業。

 確実に経験は少ない。

 まぁ! なんて騙しやすそうな相手でしょう!

 ――私の事なんですけど。


「けど、今回は完全に相手が悪いわよね。敵対する相手を間違えてるわ」

「えぇ……? それだと、なんだか私が悪い人みたいなんですけど……」

「悪くは無いけど、油断できない相手じゃない」

「そうですか? 私なんて、経験の少ない新米ですよ? ひよっこです」


 まったく心外である。

 けど、レオノーラさんが私に向けるのは、ジト目。


「ひよっこは私の所に根回しに来たりしないわよ。せいぜい自分の住んでいる村まで。対してサラサ、ウチの店は当然として、周囲の町にまで手を伸ばしていたりしない?」


「まさか、まさか。……レオノーラさんの所に大量に流れれば、結果的にそうなるかな、とは思いましたけど」


 あとはちょろっと、グレッツさんにも氷牙コウモリの牙を渡しただけですよ?

 行商に行った先で換金してね、と言付けて。


「そのへんが用意周到なのよね……えぇ、当然、私も流してるわよ。おかげで順調に、この周辺では氷牙コウモリの牙の相場が暴落中」


「それはそれは。買い集めている人は可哀想ですね」


 えぇ、まったく。

 私がニッコリと笑うと、レオノーラさんは首を振って苦笑を浮かべる。


「良く言うわよ。サラサのその笑顔がちょっと怖く感じるわ。……けど、少し前まで牙の相場が上がっていたのって、ヨクのせいみたいだし、同情する気はまったくないんだけど」


「あぁ、そのへんから関与してたんですね」


 そこに私たちが多くの牙――というか、牙を使った錬成具アーティファクトを流したものだから、ウチの村に来たと。


「正直、行動規範の無い商人に、錬金術素材の相場を操作されるのは困るのよね」

「ですよね。利益だけでやられると、困っちゃいますからね」


 錬金術師は勝手に安売りしちゃダメとか、色々制限があるのだから。


 国の政策なのだから、これを盛大に破ったりすると、怖い人たちがやって来ちゃうのだ。


「でしょ? だから、できれば潰したいのよね、このヨク・バール。サラサも協力してくれない?」


「えぇ、かまいませんよ。私にできる事なら」


 悪徳商人、滅ぶべし。

 慈悲は無い。



 その後、私とレオノーラさんは、いくつかのパターンを想定して、ヨクに確実にダメージを与えられる様な方策を共に立てた。


 それぞれのパターンに沿って、それぞれの役割を決め、細かな打ち合わせも行う。


「しかし、さすがですね、レオノーラさん。私が気付かないところもしっかりとフォローしてくれて」


「いえいえ、サラサもなかなかよ? とてもその年齢とは思えないぐらい」


「そうですか? でも、これなら上手くいきそうです」


 現段階でも、私たちの勝ちはほぼ確実。

 その上で、ヨクがどの程度の段階までで潰れるかは、彼の強欲さ次第。

 それがとても良い。


「楽しみですね?」

「ええ、そうね」


 ニッコリと、とても悪い笑みを浮かべるレオノーラさんに、私の方は可愛く笑みを浮かべる。




 ちょうど入ってきたフィリオーネさんが『似たもの同士ね……』と呟いたのは、聞こえなかった事にして……。

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