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[Web版] 新米錬金術師の店舗経営  作者: いつきみずほ
第二章 商売をしよう
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028 追い込み (1)

前回のあらすじ ----------------------------------

他の採集者も雇い、氷牙コウモリの牙を集める。

一定量が溜まったところで終了し、商人への売却を続ける。

 氷牙コウモリの牙、売却作戦については、アイリスさんやロレアちゃんたちに後を任せ、私は一度、サウス・ストラグへと向かった。


 目的はレオノーラさんとの打ち合わせと、足りなくなった素材の仕入れ。


 件の商人がレオノーラさんの所で牙を売却してれば良いんだけど、そうじゃなければ、補填が必要になるからね。


 毎度の如く、身体強化で走り続け、レオノーラさんのお店へ直行する。


「こんにちは~。レオノーラさん」

「あ、サラサ。ひさしぶりー。おかげさまで、稼がせてもらってるよ」


 私を迎えてくれたのは、とても良い笑顔を浮かべているレオノーラさん。


「あ、やっぱりここに来ましたか?」


「ええ。思いっきり買い叩いてやってるわよ。持ち込む度に、少しずつ買い取り価格を下げて」


「それじゃ、ガッポガッポ、ですね?」


 ニコリと笑った私に、レオノーラさんもまた、ニヤリと笑う。


「えぇ、正にガッポガッポね。今じゃ、相場よりもかなり下になっているけど、それでも売るんだから、かなりヤバい状況じゃないかしら?」


「どうなんでしょうね? 私の懸念は、もう一人の錬金術師の所に持ち込むかも、というのがあったんですが……」


「あぁ、アイツのこと? アイツの店はもう無いからね。持ち込もうにも持ち込めないわよ」


「――え? 無くなったんですか?」


「潰れちゃったねぇ。あの村からの素材が入らなくなった事もあるんだろうけど、私も少し手を回して、色々と締めてやったから」


「………」


 再び、ニヤリと笑みを深めるレオノーラさん。

 師匠ほどじゃなくとも、その表情には経験に裏打ちされた凄味が感じられる。


 具体的に何をやったのかは知らないけど、それって、『潰れた』じゃなくて、『潰した』じゃ?


 まぁ、悪質な錬金術師が消えるのは、業界全体からすれば良いことだから、同情もしないけど。


「では、氷牙コウモリの牙は十分に足りている、って事で良いですか?」

「そうね。持ってきてくれたの? わざわざ悪いわね」

「いえ、他にも素材は持ってきてますし、買う物もありましたから」


 協力をお願いしているのだから、このくらいは当然。


 それに、古参の採集者に関しては、私が渡した氷牙コウモリの牙を売りに行ってもらっている関係で、最近は氷牙コウモリを狩りに行っていない。


 その代わりに他の素材を採取してウチに売りに来ているので、それなりに売る物もあるのだ。


 それらを並べて、レオノーラさんと半ば物々交換。

 レオノーラさんは、私が必要な物を常に用意してくれるので、本当に助かっている。


「……と言うか、良く私の欲しいものが揃っていますね?」


 そんな私の言葉に、レオノーラさんは微笑む。


「そりゃね。あの村でそうそう錬成具アーティファクトの注文なんて無いでしょ? それなら、サラサがほしがるのは、錬金術大全の……今なら、四巻から五巻で使う素材。後は村で必要な錬成薬ポーションの素材。その程度じゃない?」


「ご名答です。さすがですね」


 まさか、私が今取り組んでいる巻数まで当てられるとは。


「これでも、サラサの何倍も錬金術師をやってるからね! マスタークラスとは言わないけど、それなりに腕に自信はあるのよ」


「助かります、比較的近くに経験豊富な先輩がいるのは。あの村に行った時は、本当にどうした物かと思っていましたから」


「でも、サラサなら、師匠に相談すれば良いんじゃないの?」


「それはもちろん、相談すれば助けてくれるでしょうが、師匠のお店で修行するのを蹴っているのに、あまり頼りすぎるのは――」


「はぁ!? マスタークラスのお店への就職を蹴ったの!? 本当に?」


 私の台詞を食い気味に、レオノーラさんが声を上げた。


「えぇ、まぁ」


「私なら、卒業した時に声を掛けられたら、絶対、二つ返事で就職したけどねぇ。確実に安泰じゃない」


「私もそれは思いましたけど、そうなるともう、経験を積めなくなるというか……あ、いえ、錬金術師としてはすごく良い経験を積めるとは思うんですけど、人生経験の方が……」


「……何というか、マスタークラスが弟子にする人間は、やっぱりちょっと違うわね」


 レオノーラさんに、呆れたような、それでいて少し畏怖するような視線を向けられた。


 なぜ?


「まぁ、いいわ。それよりサラサ、今日は泊まっていかない? 私の方でもくだんの商人について色々調べてみたんだよね。その事、話しておきたいから」


「あ、そうなんですか? もちろん、断る理由はありませんが……」


「じゃあ、決まり! お昼は、まだ?」


「はい。食べてこようかと思ったんですが、少し中途半端だったので」


 少し考えがあって、今日、村を出たのは早朝ではなく朝。

 そのため、サウス・ストラグに着いたのも、お昼のちょっと前。


 昼食にはまだ早い時間帯で、食堂もあまり開いていなかったため、レオノーラさんへの訪問を優先したのだ。


「そっか。食べに行っても良いんだけど、この時間なら……」


 レオノーラさんは少し考えると、カウンターの後ろの扉を開けて、その奥へと声を掛けた。


「ねぇー、お昼ご飯、三人分ある~?」

「――あるわよー」


 僅かな間を置いて帰ってきた返答に、レオノーラさんはこちらを向いてニコリと笑った。


「そんなわけだから、今日はウチで食べましょ。マスタークラスの従業員ほどじゃないけど、ウチのもそれなりに美味しい料理、作るから」


    ◇    ◇    ◇


 レオノーラさんに連れられて入った店の奥では、レオノーラさんと同じくらいの年齢の女性が一人、食卓に料理を並べていた。


「サラサと申します。よろしくお願いします」


「あぁ、そんなにかしこまらなくて良いわよ。私はフィリオーネ。見ての通り、ノーラ……レオノーラの店の従業員ね。店番とか雑用とか、ま、そのへんの事をしてるわ」


 私が挨拶をすると、女性は軽く手を振って笑うと、軽く応えた。


「ま、座ってちょうだい」


「すみません。突然お邪魔して、ご迷惑じゃなかったですか?」


「大丈夫。ノーラがそれなりに稼いでるから、食べる物に余裕はあるからね。ご馳走というわけにはいかないけど」


 そう言いながらも、食卓にはパンとスープ、鶏肉のソテー、それに卵に野菜を混ぜて焼いた物が並んでいる。


 それは、一般的に言ってご馳走。

 特に卵とか、村ではそうそう手に入らない。


「すごく美味しそうですね!」


「そう? なら良かった。味も気に入ってもらえたら良いんだけど……。冷めないうちに食べましょ。ノーラも座って」


「はいはーい。それじゃいただきましょ」


「はい、いただきます」


 まずは……スープから。

 スプーンで掬って一口。……うん、あっさり系。

 でも、野菜の旨味と干した肉の出汁が出ていて、美味しい。

 パンを一口かじると、次は卵。

 いろんな野菜が刻まれて入っているそれは、結構な高級料理。

 一切れ食べれば、ふんわりと解ける卵と野菜が混ざり合って、これまた美味しい。


 師匠の所のマリアさんがプロの料理人なら、こちらは料理の上手なお母さんみたいな感じ。


「どう? ウチの料理番もなかなかのものでしょ?」


「美味しいです。これだけの料理は、なかなか食べられませんね」


「ありがとう。料理番じゃないけどね。――この子がノーラの言っていた錬金術師なのね。可愛くて良い子じゃない」


「でしょ? これは保護するしかないわよね」


「あれ? 私、保護されてたんですか?」


 私のその言葉に、レオノーラさんは頭を掻いて苦笑を浮かべる。


「いやー、そのまま放り出すのは、なんか不安だったから。変な宿とかに引っかかったりしそうで」


 それで前回、泊めてくれたのかぁ。

 確かに、そういった方面では不案内ではあるけど。


「そういえば、この前はフィリオーネさんにお会いしませんでしたよね?」


「あの時はちょっと用事があって出てたからね。大丈夫だった? 変な物、食べさせられなかった?」


「いえ、大丈夫でしたよ? ……少し、シンプルな食事ではありましたけど」


「やっぱり。ごめんねぇ。ノーラは料理が下手だから」


 息を吐いて首を振るフィリオーネさんに、レオノーラさんは拗ねたように口を尖らせる。


「良いんです~。フィーが料理してくれるから、困りませんから~」


「まったく。錬金術に力を注ぎたいのは解るけど、少しぐらい、他のこともして欲しいんだけど?」


「嫌です。そのためにフィーを雇ってるんだから」


 きっぱりと首を振るレオノーラさんに、フィリオーネさんの眉がピクリと跳ねる。


「……私は別に辞めても良いのよ?」

「いつも助かってます! 捨てないでください!」


 即座にすがりついたレオノーラさんを引き剥がしつつ、フィリオーネさんがため息をついた。


「ごめんなさい。いい年をした先輩の錬金術師がこんなので」


「い、いえ……お二人は長いんですか?」


「残念ながら、長くなってしまったわね」


「うん、フィーとの付き合いは、私が店を構えてしばらくしてだから……一〇年以上?」


「そうなるわね」


 指折り数えて言ったレオノーラさんの言葉に、フィリオーネさんが頷く。


 師匠とマリアさんも長いみたいだし、やっぱり錬金術師のお店の従業員ってそんなものなのかも。


 どうしても専門的知識が必要になるし、それらを覚えた人を手放すのは勿体ないもんねぇ。


 ある程度の錬金術師であれば、高めの給料を払うだけの余裕もあるだろうし、雇われている方も、それ以上の仕事場なんて、そうそう望めない。


「私も店員は雇いましたけど、やっぱり店を構えると雇うものなんですね」


「開店してすぐは、あまり余裕も無いし、良い相手に巡り会うのも難しいけど、可能なら雇いたいわよね。店番をしてくれる人がいないと、錬金術に時間を使えなくなるから」


「ですよね。店番をしていると、昼間は本格的な作業ができませんし、閉店後にやるにしても、家の掃除や食事の準備とかの雑用とかもありますから。仕入れのために、こうしてお店を空ける事も難しいですし」


「そうなのよ。その点、フィーは色々してくれて便利なのよ~」


「最初は店番として雇われたんだけどね。今じゃ、食事の準備や家の掃除、洗濯まで。ノーラ、何にもしないから……」


 フィリオーネさんはそう言って、困った様にため息をつく。


「あはは、助かってます。でも、ま、あんまり相性の良い相手と巡り会うと、それはそれで困るんだけど」


「そうなんですか?」


 相性が良くて、お店が上手く回っているなら良いと思うんだけど……。


「うん。このままで良いかなぁ、とか思っちゃうから」


「その結果、ノーラは結婚もしないでこの歳よ?」


「それはフィーも一緒でしょ!?」


「だからなのよ。サラサちゃんも気を付けてね? 楽だなぁ、とか思い始めたら危ないわ。それは“結婚”が立ち去っていく足音だから」


「ははは……」


 そっちかぁ……既にその足音、聞いてますね。私。


「かと言って、相性悪いと続かないから、ダメなんだけどね~」

「それはあるわよね。どうしても覚えることが多いから、すぐにはものにならないし」


 相性が悪ければ、仕事を覚えて使える従業員になるまで続かない。

 相性が良くて仕事を長く続けられた場合、貴重な従業員になって、手放せなくなる。


「……えっと、どうしようも無いのでは?」


「うん。お店の仕事だけ任せて、家の事は自分でやるって方法もあるけど――」


「たぶん、優秀な錬金術師ほど難しいんじゃない? ノーラなんかも、一度やり始めたら寝食を忘れてやってるから」


「気分が乗ると、どうしてもね~。フィーを雇って、錬金術をする時間が作れたものだから」


「それで、荒れていく家の中に私が耐えきれずに、手を出したんだけどね。今じゃもう、完全に……」


「頼りっきりです。はい」


「はぁ。サラサちゃんも気を付けた方が良いわよ? 結婚したいなら」


「き、肝に銘じます」


 私はまだ大丈夫、だよね?

 若いもん。うん。

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