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[Web版] 新米錬金術師の店舗経営  作者: いつきみずほ
第二章 商売をしよう
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024 商戦 (1)

前回のあらすじ ----------------------------------

サラサが買い取り価格を上げると、商人も対抗して価格を上げてきた。

サラサは氷牙コウモリの牙の供給を増やす事に決める。

 翌日、いくつかの用事を済ませた私は、アイリスさんたちと共に、氷牙コウモリの生息している洞窟へと向かい、謎の覆面新人採集者“シンジーニ”としてデビューした。


 私がやっていると商人にバレるのは、面白くないので。


 洞窟の前にたむろしている採集者の中に、目元以外は布で覆った、とてもアヤシい新人。


 注目されるかと思いきや……案外注目されなかった。

 その理由は、この場所。

 そう、臭い。


 顔を布で覆っているのは私だけじゃなかったし、正体を隠すために着込んだローブもまた、ここではごく普通。


 落下物を避けるために大半の人が選んだのは、布で身体を覆うという方法だった様で、周囲はそんな人ばかり。傘を差している人は誰もいない。


 敢えて言うなら、周囲の人に比べて、私が着ているローブが綺麗で目立つぐらいかな?


「それで、てん――」

「ん、んっ! ゴホン、ゴホン!」


 せっかく変装してきたのに、口を滑らせ掛けたアイリスさんの言葉を、わざとらしい咳で遮る。


「――おっと、シンジーニ。早速入るか?」

「うむ。入ろう」


 重々しく言った私の言葉を聞き、ケイトさんが顔に手をやり、表情を隠す。


 しかし、肩が震えているのがハッキリと見て取れるので、笑いをこらえているのはバレバレだ。


 仕方ないの!

 正体を隠すためなの!

 まったく。アンドレさんたちを見習って欲しいね!

 ――と、思ったら。

 おや? 彼らも笑っていますよ?


 ギルさんたちと肩をたたき合いながら、別の事で笑っている風にしてますけど、絶対違いますよね?


「くっ。行くぞ」


 ここじゃ自由に喋れない。


 早く人が少ない場所へ向かおうと、私がやや早足で洞窟の中に足を踏み入れると、アイリスさんたちもすぐに後ろを付いてきた。


 今回の目的地は、この洞窟の最奥部。

 最も年齢の高い氷牙コウモリが生息しているはずの場所。

 そこを目指す理由は三つ。

 一つ目は他の採集者への影響を少なくするため。


 ほとんどの採集者は、値段が付く五歳以上ギリギリの氷牙コウモリを狙っているという話なので、最奥まで行けば競合する人はいないはず。


 二つ目は資源保護。

 若い氷牙コウモリを狩り尽くしてしまうと、来年以降の採取に影響が出る。

 そして最後は、効率的に商人からお金を回収するため。

 年齢が高いほど牙の質が上がり、買い取り価格が上がるのは以前言った通り。

 そんな氷牙コウモリが存在しているのだから、狩らない理由が無い。


「しかし、店長殿。この洞窟、思ったよりも深いな」

「だから、シンジーニですって」

「もう良いじゃないか、誰もいないんだから」

「まぁ、そうですけど」


 前回、私たちが氷牙コウモリを狩ったあたりを過ぎれば、既に他の採集者の姿は無くなっていた。


 なので、わざわざ正体を隠す必要は無いんだけど……。


「でも、アイリスさんは間違えそうなので、継続で」

「そうね、アイリスは間違えそうだものね」

「む。私はそんなに迂闊じゃないぞ?」


 心外そうな表情を浮かべるアイリスさんだけど、どの口でそう言いますか?


「洞窟に入る前、いきなり間違えそうになった人が何か言ってますよ、ケイトさん」

「えぇ。まったく信用できないわね」


 うなずき合う私たちに、アイリスさんが言葉に詰まる。


「うぐっ! た、確かに、そんな事もあったが――」


「まぁ、良いじゃねぇか。全員が、あー、シンジーニ? そう呼べば。わざわざ変えるのも面倒だろ?」


「だな。俺たちだって間違えるかもしれねぇんだし。なぁ?」


「ああ。誰かいないとも限らないのだから、用心するに越した事は無い」


「そ、そうか。……うん、そうだな」


 アンドレさんたちにもフォローされ、納得した様に頷いたアイリスさんだけど……アンドレさんたち、一度も間違えてないからね?


 年の功と言うほど年は取ってないけど、彼らって色々と抜け目ないというか、安定感のある人たちだから。


「しかし、予想以上に深い洞窟だな、ここは」


「ですね。アンドレさんたちも、奥までは行ってないんですよね?」


「行ってねぇんだよ。アイリスちゃんたちと一緒に仕事する事も多いけど、もっと浅いところまでだぜ?」


「えぇ。前回、シンジーニと来たところよりも浅い場所ね。奥に行くメリットがあまりなかったから」


「死体の持ち出しに、手間が掛かるからな」


 そこがネックなんだよね。

 必要な部分よりも不要な部分が多いという、氷牙コウモリの。


「……そういえば、死体が捨てられたりはしてませんね? マナーが悪い人なら、牙だけ折って、死体を放置したりしそうですけど」


「あぁ、そこは指導したからな、俺たち古参が」


「指導……?」


「物を知らない若者に、ルールを教えてやっただけだ」


 グレイさんは無表情にそんな事を言うけど、その方法が少し気になる。


 ケイトさんたちの方に視線を向けると、アイリスさんは無言で肩をすくめ、ケイトさんは苦笑を浮かべた。


「心配しなくても、死体を捨てていたグループを、三倍ぐらいの人数で囲んで、軽く小突き回した程度よ。怪我はしてない――大した怪我はしてないわ」


「そ、そうですか……」


 むむ……まぁ、臨時採集者である私が何か言うのも違うかな?

 ちょっと暴力的だとは思うけど、素材の採取にはルールがあるのが当然だから。

 例えばキノコ。

 売れる物を見つけたからといって、その場にある物をすべて取り尽くすのはダメ。

 来年以降の事も考えてある程度は残す。

 例えば薬草。

 必要なのが葉っぱなら、根っこは傷つけたりしない様に気を付ける。

 例えば木の葉。

 葉を取るために木を切り倒すなんて言語道断。

 枝を切る時にも、場所を考えて、枯れたりしない様に注意する。

 私はこのあたりの事を学校で習ったけど、普通の採集者は先輩たちから習うらしい。

 優しい先輩なら言葉で、厳しい先輩ならこぶしで。

 今回は……うん、きっと聞き分けの無い後輩だったのだろう。

 アンドレさんたちなら、いきなり拳で指導、なんて……しないよね?


    ◇    ◇    ◇


 前回の場所から、更に歩き続けること一時間ほど。

 周囲の悪臭がやや和らぎ、代わりに別の臭いが漂い始めていた。

 その事はアンドレさんたちも感じ取ったようで、鼻を鳴らして額に皺を寄せる。


「……なんだ、この、微妙に甘ったるいような臭いは」


「最奥部が近いようですね。これは、氷牙コウモリが貯蔵している果物などの臭いです」


 氷牙コウモリが凍らせて持ち帰ってくる果実。

 それらは通常、洞窟の最奥部に貯蔵されている。

 餌の無い時期の保存食として。


 なお、ここで言う最奥部とは、氷牙コウモリが生息しているエリアの中での最奥部であり、必ずしも洞窟自体の最奥部とは限らない。


「おおっ、あれか! 氷牙コウモリが果物を凍らせて貯蔵するという!」

「あれって、一部ではかなりの値段で取引される物なのよね」


 私の話に反応したのはアイリスさんとケイトさん。


 それに対してアンドレさんたちは、その果物が売れる事は初耳だったようで、不思議そうな表情で首を捻った。


「果物を貯蔵するってぇ話は聞いた事はあるが、それが売れるのか?」


「はい。私としては、こんな所で貯蔵されている物を珍重するなんて、と思いますけど、いろんな人がいますからね……」


 極論、こんな洞窟の地面に転がっている物を拾って食べているわけで……うん、あんまり食べたくないよね?


「貴族なんて、珍しければそれで良いのよ」

「いや、だが、凄く美味いって話だぞ?」


 苦笑したケイトさんに対し、アイリスさんの方はむしろ興味深そうな……いや、ハッキリ言えば、自分も食べてみたいと顔に書いてある。


「時季的にはちょうど良い頃ですから、手に入るかもしれませんけど……」


 森で果物が多く手に入るのは、夏の終わりから秋にかけて。

 氷牙コウモリはその頃に貯蔵を行い、冬から初夏、つまり今頃に掛けて消費する。


 この果物が珍重されるのは、単純に凍らせてあるからではなく、この貯蔵期間で果物が熟成されて、お酒のようになっているから、らしい。


 なので、仮に冬に取りに来ても、ほとんど価値はない。


「と、いう事は、今が一番熟成している時、ってわけだな!」

「そういう事です」

「酒か……俺たちもチョイと興味が出てきたな」

「おう。可能なら、食ってみたいな」

「売るのも良いが、味を見てみるのも良いだろう」


 お酒と聞いて盛り上がる男性たち。

 でも、世の中、そんなに甘くない。

 私は彼らに現実をぶつける。


「逆に、腐っている物も多いはずですけど」


「……そうなのか?」


「はい。氷牙コウモリは多少腐っていても食べますからね。そんな中、運良く腐らずに熟成された物が珍重されるのです」


たけぇのには理由があるってか」


「そういう事ですね。――あ、見えてきましたね。あれだと思いますよ」


 私が浮かべた光に照らされたのは、人の背丈ほどもある凍り付いた果物の山。

 そこから漂ってくるのは、甘さを含んだ腐敗臭。


 近くで確認するまでもなく、表面にある果物は明らかに腐っていて、とても食べられる状態ではない。


 この現実は予想外だったのか、興味を持っていた人たちも、少し引いたような表情になる。


「うっ……これはさすがに……」


「ですよね。ですが、これがある以上、ここが生息エリアの一番奥、ですね。洞窟はまだ先はある様ですが」


 氷牙コウモリ生息エリアの最奥部に作られるのが、この貯蔵場所。


 つまり、この周辺にいる氷牙コウモリが、この洞窟で最も年齢が高い氷牙コウモリという事になる。


「ちなみに、回収すべきは表面の果物じゃなくて、あの山の中心部分、らしいですよ。そこなら腐らずに熟成されているとか。ただ、下手に手を出すと――」


「おっ、そうなのか? なら、掘り出してみようぜ!」


 私の説明の途中で、いきなり小山を崩し始めたのはギルさん。

 だが、それは明らかに悪手だった。

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